28 / 60
六章「シマの御主人様」
28. 縞栗鼠シマの話(転)
しおりを挟む
御主人様が「さよならシマ」と言ったあと、拙僧は天国と言う場所ではなく、冥王星へと旅だった。
そこでまず冥王星語を習得してから、とある術者の弟子にしてもらい修行を始めた。その頃から拙僧は、拙僧のことを拙僧と呼ぶようになった。
冥王星語での一人称単数は、日本語で言う所の「自分」か「某」か「拙僧」か、その三つしかなかった。修行僧となったから当然、拙僧は「拙僧」を選んだのだ。
拙僧は修行に明け暮れた。約六年が過ぎた頃、拙僧はまた車にはねられた。
今度は天王星へと旅だった。そこから地球へ帰れることを知った拙僧はすぐにでも御主人様の元へ帰りたいと思った。
「おいシマ」
「なんだもぉ!」
「天王星は必要なのか?」
「必要だもぉ!」
「天王星なんか要らないと云っている輩は多いがなあ」
「そんなこと知るかもぉ! 少なくとも拙僧は天王星は大切だと思ってるのぢぁ!」
「そうか判った。早く続きを離せ。すぐ話が逸れる」
「それは先生がとめるからもぉ!! いちいち腹の立つジジイぢぁ」
「ふぉふぉふぉ」
「みゃあ拙僧は大人にゃから耐えてやって『主人様の元へ帰りたいと思った』のとこからやり直すのぢぁ」
「ああそうしてくれ」
拙僧はすぐにでも御主人様の元へ帰りたいと思った。
だけど地球に帰るには、何か一つ地球の言語を習得せねばならないと言う厳しい掟があった。なぜなら冥王星語や天王星語を話してしまうと、宇宙人だと思われて大騒ぎになるからだ。
言うまでもなく拙僧は日本語を選択した。日本語教室の講師は変な訛りがあったため、拙僧の話し方がネイティブ日本人とは少しだけ異なってしまうようになるのだ。へぼ講師め。
それから一年後に、日本語一級に合格した拙僧はやっと地球に帰ることができたのだ。ただし元の姿ではなく縞栗鼠として。
アツオさんが、バスケットに入れられた拙僧を家に連れ帰ってくれた。
『開けてごらん』
『わあリスだあ!』
『かわいいー』
御主人様もキノコさんも大喜びだった。
『そっくりだろう。覚えてるかいシマのこと?』
拙僧の毛模様が、かつて猫だったときの模様とそっくりだったのだ。
『うんぼくちょっとだけ覚えてるよ。あっそうだ、この子もシマにしよう!』
『そうね。二代目になるわね』
このあと御主人様と二人きりになれたので、拙僧は恐る恐る口を開いた。少し補足しておくと、この時点で拙僧は拙僧のことを匹ではなく、人だと自認するようになったのだ。
『久しぶりもぉ。七年ぶりぢぁ!』
『しゃべれるの!? もしかしてシマなの?』
御主人様はとても驚いた。しかも拙僧のことを拙僧だと見抜いてくれたのだ。
『そうもぉ。拙僧は冥王星で修行したもぉ。その後、天王星へ行き、そこからまた地球に戻してもらったのぢぁ』
『ふうん。それでネコだったときのことはちゃんと覚えてるの?』
『覚えてるもぉ。普通は前世の記憶は全部消去されるはずだけど、システムトラブルで拙僧の記憶は残ったままになったもぉ』
『へぇーすごいね。しすてむとらぶるってなかなかやるじゃん!』
このとき御主人様は、システムトラブルの意味をよくわかっていないみたいだった。
『でもそのおかげでこうして御主人様に再会できたもぉ』
『ご主人さま?』
『そうぢぁ。拙僧は御主人様の使い魔なもぉ。御主人様は魔法少女なもぉ』
『へえぼくの秘密を知ってるんだあ』
『落花傘先生がそう言う設定にしておけって言ったもぉ』
『ふうんそうだったんだあ。これからもよろしくね。シマ』
『よろしくもぉ、御主人様!』
こうして拙僧は御主人様の使い魔になったのだ。
それから二年と二百九十四日後、つまり今年、先々月の話なのだけど、御主人様は残念ながら同じ二年四組の宿敵・嗅分芳子との戦いに敗れてしまった。芳子も魔法少女だったのだ。その事件は先生も短編小説『尻実検』に書いたから知っているだろ。
それで御主人様の日本救済計画が狂ってしまったので、その計画を変更して強硬手段に打って出ることになった。御主人様が退院した翌日、新ガス社の本社工場まで連れて行ってもらい、その内部に拙僧がただ一人で乗り込んだのだ。
工場内に入ると鼠どもがいて、拙僧の行く手を阻んだ。だけど、そんなことで拙僧は怯まなかった。向日葵の種が詰まった頬からいくつか取り出して食わせてやったら、簡単に言うことを聞きやがった。ちょろいやつらだ。ちょろチューめ。
鼠たちの道案内で、拙僧は迷うことなく偽ウィータの悪ガス管がある所にたどり着くことができた。
そしてその悪ガス管を、拙僧の自慢の歯で三本だけ噛み切ってやった。ガス管がゴム製だったからこそ、それが可能だったのだ。まあガス管と言うよりガスホースと言うべきなのだけど。
逃げた逃げた走りに走った。何しろ悪ガスを嗅ぐと、いくら厳しい修行に耐えた拙僧と言えども、そのうちに精神がやられてしまうのだから。特に人間なんかがそれを嗅ぐと、いかれてしまってふにゃふにゃになるのだ。勃起しなくなるのだ。
言うまでもなく新ガス本社は大混乱となった。それでやっと捜査のメスが入り、邪悪な陰謀は打ち砕かれたのだ。
「まったく日本の役人どもときたら、いつもいつも大事故が起きてからでしか動き出さないなもぉ。誰が税金払ってやってると思ってんだもぉって、ああ拙僧は一円も払ってなきゃったもぉ、みゃんごみゃんごもぉ」
まあとにかくそれによって日本は救われたと言うことだ。拙僧のおかげなのだ。
うおっほんぢぁ!
では、ここまで学習したことを年表にしてまとめておくから、ちゃんと帳面に写すことぢぁ。
大学入学共通テストの現代社会で出題するからしっかり覚えるようになもぉ!
「ははははもぉ、年表にすると言ったのは口から出任せだもぉ。拙僧は字が書けないのだからぢぁ。んなもんだからにゃ、共通テストにだって、たぶん出ないにゃもぉ。これで拙僧の話は終わりなもぉ」
「うんうん、有り難い有り難い。ぐすっ」
「あれ、先生なんで泣いてるもぉ?」
「べ、別に吾輩は泣いてないんだからねっ。ごみが目に入っただけよ!」
よくわからないけど、この変態ジジイ作家、拙僧の話に感動したらしいもぉ。
しかもそれをアニメイションか何かの美少女ツンデレキャラっぽく物真似で表現しているようなもぉ。
はっきり言ってバカっぽいし滅茶苦茶きもいもぉ。
と言うか、そのツインテールのカツラは一体どこから持ってきたのぢぁ?
「あほらしいので拙僧はもう家に帰って、御主人様と遊ぶのぢぁ。諸君、最後まで読んでくれて有り難うもぉ!」
そこでまず冥王星語を習得してから、とある術者の弟子にしてもらい修行を始めた。その頃から拙僧は、拙僧のことを拙僧と呼ぶようになった。
冥王星語での一人称単数は、日本語で言う所の「自分」か「某」か「拙僧」か、その三つしかなかった。修行僧となったから当然、拙僧は「拙僧」を選んだのだ。
拙僧は修行に明け暮れた。約六年が過ぎた頃、拙僧はまた車にはねられた。
今度は天王星へと旅だった。そこから地球へ帰れることを知った拙僧はすぐにでも御主人様の元へ帰りたいと思った。
「おいシマ」
「なんだもぉ!」
「天王星は必要なのか?」
「必要だもぉ!」
「天王星なんか要らないと云っている輩は多いがなあ」
「そんなこと知るかもぉ! 少なくとも拙僧は天王星は大切だと思ってるのぢぁ!」
「そうか判った。早く続きを離せ。すぐ話が逸れる」
「それは先生がとめるからもぉ!! いちいち腹の立つジジイぢぁ」
「ふぉふぉふぉ」
「みゃあ拙僧は大人にゃから耐えてやって『主人様の元へ帰りたいと思った』のとこからやり直すのぢぁ」
「ああそうしてくれ」
拙僧はすぐにでも御主人様の元へ帰りたいと思った。
だけど地球に帰るには、何か一つ地球の言語を習得せねばならないと言う厳しい掟があった。なぜなら冥王星語や天王星語を話してしまうと、宇宙人だと思われて大騒ぎになるからだ。
言うまでもなく拙僧は日本語を選択した。日本語教室の講師は変な訛りがあったため、拙僧の話し方がネイティブ日本人とは少しだけ異なってしまうようになるのだ。へぼ講師め。
それから一年後に、日本語一級に合格した拙僧はやっと地球に帰ることができたのだ。ただし元の姿ではなく縞栗鼠として。
アツオさんが、バスケットに入れられた拙僧を家に連れ帰ってくれた。
『開けてごらん』
『わあリスだあ!』
『かわいいー』
御主人様もキノコさんも大喜びだった。
『そっくりだろう。覚えてるかいシマのこと?』
拙僧の毛模様が、かつて猫だったときの模様とそっくりだったのだ。
『うんぼくちょっとだけ覚えてるよ。あっそうだ、この子もシマにしよう!』
『そうね。二代目になるわね』
このあと御主人様と二人きりになれたので、拙僧は恐る恐る口を開いた。少し補足しておくと、この時点で拙僧は拙僧のことを匹ではなく、人だと自認するようになったのだ。
『久しぶりもぉ。七年ぶりぢぁ!』
『しゃべれるの!? もしかしてシマなの?』
御主人様はとても驚いた。しかも拙僧のことを拙僧だと見抜いてくれたのだ。
『そうもぉ。拙僧は冥王星で修行したもぉ。その後、天王星へ行き、そこからまた地球に戻してもらったのぢぁ』
『ふうん。それでネコだったときのことはちゃんと覚えてるの?』
『覚えてるもぉ。普通は前世の記憶は全部消去されるはずだけど、システムトラブルで拙僧の記憶は残ったままになったもぉ』
『へぇーすごいね。しすてむとらぶるってなかなかやるじゃん!』
このとき御主人様は、システムトラブルの意味をよくわかっていないみたいだった。
『でもそのおかげでこうして御主人様に再会できたもぉ』
『ご主人さま?』
『そうぢぁ。拙僧は御主人様の使い魔なもぉ。御主人様は魔法少女なもぉ』
『へえぼくの秘密を知ってるんだあ』
『落花傘先生がそう言う設定にしておけって言ったもぉ』
『ふうんそうだったんだあ。これからもよろしくね。シマ』
『よろしくもぉ、御主人様!』
こうして拙僧は御主人様の使い魔になったのだ。
それから二年と二百九十四日後、つまり今年、先々月の話なのだけど、御主人様は残念ながら同じ二年四組の宿敵・嗅分芳子との戦いに敗れてしまった。芳子も魔法少女だったのだ。その事件は先生も短編小説『尻実検』に書いたから知っているだろ。
それで御主人様の日本救済計画が狂ってしまったので、その計画を変更して強硬手段に打って出ることになった。御主人様が退院した翌日、新ガス社の本社工場まで連れて行ってもらい、その内部に拙僧がただ一人で乗り込んだのだ。
工場内に入ると鼠どもがいて、拙僧の行く手を阻んだ。だけど、そんなことで拙僧は怯まなかった。向日葵の種が詰まった頬からいくつか取り出して食わせてやったら、簡単に言うことを聞きやがった。ちょろいやつらだ。ちょろチューめ。
鼠たちの道案内で、拙僧は迷うことなく偽ウィータの悪ガス管がある所にたどり着くことができた。
そしてその悪ガス管を、拙僧の自慢の歯で三本だけ噛み切ってやった。ガス管がゴム製だったからこそ、それが可能だったのだ。まあガス管と言うよりガスホースと言うべきなのだけど。
逃げた逃げた走りに走った。何しろ悪ガスを嗅ぐと、いくら厳しい修行に耐えた拙僧と言えども、そのうちに精神がやられてしまうのだから。特に人間なんかがそれを嗅ぐと、いかれてしまってふにゃふにゃになるのだ。勃起しなくなるのだ。
言うまでもなく新ガス本社は大混乱となった。それでやっと捜査のメスが入り、邪悪な陰謀は打ち砕かれたのだ。
「まったく日本の役人どもときたら、いつもいつも大事故が起きてからでしか動き出さないなもぉ。誰が税金払ってやってると思ってんだもぉって、ああ拙僧は一円も払ってなきゃったもぉ、みゃんごみゃんごもぉ」
まあとにかくそれによって日本は救われたと言うことだ。拙僧のおかげなのだ。
うおっほんぢぁ!
では、ここまで学習したことを年表にしてまとめておくから、ちゃんと帳面に写すことぢぁ。
大学入学共通テストの現代社会で出題するからしっかり覚えるようになもぉ!
「ははははもぉ、年表にすると言ったのは口から出任せだもぉ。拙僧は字が書けないのだからぢぁ。んなもんだからにゃ、共通テストにだって、たぶん出ないにゃもぉ。これで拙僧の話は終わりなもぉ」
「うんうん、有り難い有り難い。ぐすっ」
「あれ、先生なんで泣いてるもぉ?」
「べ、別に吾輩は泣いてないんだからねっ。ごみが目に入っただけよ!」
よくわからないけど、この変態ジジイ作家、拙僧の話に感動したらしいもぉ。
しかもそれをアニメイションか何かの美少女ツンデレキャラっぽく物真似で表現しているようなもぉ。
はっきり言ってバカっぽいし滅茶苦茶きもいもぉ。
と言うか、そのツインテールのカツラは一体どこから持ってきたのぢぁ?
「あほらしいので拙僧はもう家に帰って、御主人様と遊ぶのぢぁ。諸君、最後まで読んでくれて有り難うもぉ!」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
王国の女王即位を巡るレイラとカンナの双子王女姉妹バトル
ヒロワークス
ファンタジー
豊かな大国アピル国の国王は、自らの跡継ぎに悩んでいた。長男がおらず、2人の双子姉妹しかいないからだ。
しかも、その双子姉妹レイラとカンナは、2人とも王妃の美貌を引き継ぎ、学問にも武術にも優れている。
甲乙つけがたい実力を持つ2人に、国王は、相談してどちらが女王になるか決めるよう命じる。
2人の相談は決裂し、体を使った激しいバトルで決着を図ろうとするのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
