上 下
32 / 60
七章「ナラオの日常」

32. 葦多楢尾の話(続編)

しおりを挟む
「お爺ちゃーん、あたしつかれたよ。なんでこんなトリオ漫才みたいなことばっかさせんの?」
「これも小説のネタなんだろ」
「先生、まだ続けるんですか?」
「ご苦労ご苦労、もう好い。丁度そんな訳ねえだろ材料ねたが尽きた処だ。それは兎も角として松男が昨日生まれたと云うのは本当なのか?」
「だから、そんなわけねえだろって!」

 まだやってるよ、このお爺さん。もうしらけてきちゃってるよ、みんな。

「ふぉふぉふぉ。処で松男の好きな子と云うのは、もしやワラビさんか?」
「そっ、それは……」
「えっマジでぇ!」
「そうなの!? でもぼくのお母さんは人妻だよ。ゆうか三十五歳だよ」
「いいや恋に年齢は関係ない。松男頑張れ奪え奪え。吾輩は応援する。奪ってこそ男だ。まつ男であるからと云って待っておる男ではいかん」
「ええーダメだよ、人妻に手だしたらぁ。ねえ松男ホンキなの?」
「あいや、じぶんは、その……」

 ぼくはいやだよ。松男君が新しいお父さんだなんて。ゆうか竹子ちゃん、もっといわないと。好きなんでしょ。

「それよりもお爺ちゃん。エボラでたくさんの人が苦しんでるのに、ジョーダンなんかにしてちゃダメだよ」
「そうだよ。小説のネタでもやり過ぎだよ。深刻な問題なんだし」
「そだね。お笑いなんかにしちゃだめだもんね」
「本当にそう思うか?」
「思う思う。ゼッタイだよ」
「じぶんもそう思うよ」
「ぼくも思います」
「ふむ。そうかそうか」

       ◇ ◇ ◇

 竹子ちゃんのお母さんは、竹子ちゃんをうんで三日後に自殺した。竹子ちゃんのほんとのお父さんはね、だれだかわからないそうだよ。
 うむのをやめようかってね、まよったらしいんだけど、お兄さんから「どんな命も大切にするべきだ。私が父親代わりになってあげるから」っていわれて、それでうむことにしたんだよ。でもね、うんでから「わたしやっぱりどうしても耐えられません」って書きのこして手首を切ったんだって。
 ぼくこの話聞いたとき、今までで一番強くいかりを感じたよ。その相手の男をぼくの魔法でこらしめてやりたいよ。でもその人が、竹子ちゃんのほんとのお父さんなんだよね。なんか複雑な気持ち。
 竹子ちゃんのお母さん、桧希ひのきさんっていうそうだけど、たった十七年しか生きられなくてかわいそすぎるよ。今のぼくたちと三歳しかちがわないんだし。
 それで竹子ちゃんは、従兄いとこの松男君と今は兄妹なんだよ。松男君の方が六か月だけお兄さんだよ。
 松男君のお母さんも、松男君が生まれて四か月くらいして、病気で死んでしまったんだって。簡単な手術のはずだったのに、単純なミスがあったそうだよ。病院ももっとしっかりしてほしいね。
 松男君のその死んだお母さんは、土筆つくしっていう名前なんだけど、ぼくのお父さんの妹なんだよ。ぼくのお母さんとは友だち同士だったんだって。
 松男君たちのお父さんの名前は杉二すぎつぐさんだよ。その人もぼくのお母さんの友だちなんだって。お仕事でいつも遠い海の上だから、松男君たちさびしいね。
 こういう話を竹子ちゃんから聞いて、ぼく胸がきゅーってなっちゃったよ。それで竹子ちゃんとだき合って二人でしばらく泣いてたんだ。


「落花傘先生、こんな感じでどうですか?」
「ふむ。ナラオちゃん好いぞ。感情がこもっておったし、君は声が可愛いからテレビの語り手などをやってはどうだ。顔も可愛いから声優さんも好いな。何とか云うテレビアニメイションの何とか云う娘子の声に似ておる」

 なんとかのなんとかっていわれても、ぼくにはなんとかわかる。
 先生のお気に入りの、あの声優さんだよね。

「えへへへ。ありがと先生。でもぼく将来はお嫁さんになるんだぁ」
「はっはっは。だが吾輩には妻がおるから、あと十年程待って貰いたいなあ」
「十年?」

 先生まだ生きてるのかなあ? ゆうか、もし生きてても、ぼく落花傘先生のお嫁さんにはなんないもん。


しおりを挟む

処理中です...