15 / 50
第2章 お友だちから始めるのでも
2.〈 03 〉
しおりを挟む
トンコから聞いたことだけど、それを改めて猪野さんが説明してくれた。
先週アタシがもらったプログラム〈combine.wps〉は、OSの既定文字コードを前提にしたデモ版だったとのこと。
で、日本語環境の〈Winders〉の場合、既定文字コードは〈Shift-JIS〉になるんだってさ。ところがどすこい、アタシが集めた小説ファイルは〈Unicode〉という文字コードの符号化方法の1つ〈UTF-8〉だったらしい。そやつらに対して〈combine.wps〉が〈Shift-JIS〉で内容を取得してファイルに書き込む処理をしたから、それで化けちゃったの。
そういう説明を受けたところでアタシにはピンとくることもなく「ふうん、そうなの」くらいにしか感じない。はっきりいって、ほとんどチンプンカンプンだったわけよホント。
そんなアタシに、親切丁寧を売りにしているかのような猪野さんが、パソコンを使って具体的に見せてくれるという。アタシは別に見たいわけじゃあないわよ。小説ファイルを復旧してくれたお礼として仕方なく見てあげるの。
で、この人は説明する気満々でテキスト入力アプリの〈Cherry Editor〉とかいうのを既に起動しています。
「では試しに〈UTF-8〉のテキストファイルを1つ作ってみましょう」
そういいながら、パパパパンと軽快にキーボードを叩いています。画面に一瞬だけ〈ししろう〉と表示されて、それが〈獅子郎〉にかわったかと思うと、間髪いれずに「名前をつけて保存」というタイトルの画面が出てくる。
ていうか、獅子郎ってなによ? 笑いを取ろうとしてる? じゃあここは笑って差しあげた方がいいか。
「ぷぷっ、今どき獅子郎なんていたら笑っちゃいますよ。あはは」
「そう、ですね……」
あ、ちょい待ち! アタシ失敗だったかも!?
「えっと、もしかしてもしかすると、あいえ、もしかしなくても?」
「はい。獅子郎は僕の名前です」
「ごめんなさい、すみませんです! 誠に失礼をば致しまして!!」
「お気になさらないでください。よく笑われていますから」
おお、やっぱりこの人は穏やかで優しい男だねえ。吾郎とは大違いだよ。
それはそうと、あの奇妙なユーザー名〈虚史詩〉の謎が解けたわ。自分の名前の読み〈ししろう〉を逆さにして〈うろしし〉にしたんだね。高校時代の猪野さん、やるじゃん!
そんな獅子郎さんの語りが、また静かに始まります。
「僕の母方の祖父は熊吾郎という名前なのですが『息子が生まれたら獅子郎と名づけて、強い男に育てたい』と思っていたそうです。ところが授かったのは女の子でした。その子が成人して間もなく猪野家は婿養子を迎えました。それから2年後に僕が誕生することになります。僕が生まれたとき祖父は大喜びして、僕を獅子郎と名づけてくれました。その翌朝に祖父は雨に濡れた庭石ですべって転び、頭を強く打って他界しました。僕は生まれつき体が弱かったため、祖父の望むような強い男にはなれませんでした。ですがその代わりに勉強は頑張りました。職業を決めるような歳になった僕は迷わず『パワーショベルで便利なプログラムを作って人々の役に立とう』と誓いました。パワーには〈強い力〉という意味もあることですし、それで天国の祖父が少しは喜んでくれるだろうと思いまして……」
「そうだったんですか」
そういう由緒のある大切な名前を笑うだなんて、ちょっと思慮がたりてなかったよ。アタシやっぱり穴に入るべきかしら?
猪野熊吾郎さんの悲しい末路が哀れで、空気も重く湿っぽくなっている。
ここは話題をかえたいところだ。
「えっと、あ、そうだ、さっきのどうやったんですか?」
「さっきのといいますと?」
「どうして『名前をつけて保存』の画面がいきなり出てきたのかなあって」
「ショートカットです。ファイルをセーブしたい場合、アプリの仕様にもよりますが、たいていは〈Ctrl〉キーを押しながら〈s〉を打つことで、このセーブダイアログが表示されます」
そうかショートカットね。まさに近道だ。
「ふうん、そっかあ。アタシそういう機能があるのは知ってましたけど、でもプロの人はそういうのも覚えて、きっちり使いこなしてるんですねえ。すごいなあ~」
「こういう機能は素人でも使っていますよ」
「そうですか……」
ふん、どうせアタシはショートカットすら使えないど素人ですよ。
「えっとそれに、アタシみたいに、名前をつけて保存の画面なんてダサい呼び方しないで、プロはセーブダイアログというところが、これまたスマートですよねえ~」
「プロでも名前をつけて保存の画面と呼ぶ人はいますよ」
「あ、あは……」
ああもう、急に話が噛み合わなくなったよ! どういうこと?
でも苛立っても仕様がないので、そのセーブダイアログとやらを見る。下方にエンコードを選ぶメニューがあって、青色の強調表示になっている。
「ここに着目してください。日本語〈Shift-JIS〉が選ばれているでしょう?」
「そうですね」
そしてまたパッと選択リストが出てきた。スクロールバーが表示されるほどたくさんの項目が縦にズラズラと並んでいる。
日本語〈Shift-JIS〉932 shift_jis
日本語〈JIS〉50220 iso-2022-jp
日本語〈JIS〉50221 csISO2022JP 1byte カナ
日本語〈JIS〉50222 iso-20222-jp 1byte カナ SO/SI
日本語〈EUC〉51932 euc-jp
なんと日本語が5種類もあって、その下にヘブライ語、ギリシャ語、キリル語、中国語などが、これまた数種類ずつある。キリル語ってロシア語のことだっけ?
「今は〈BOMつきUTF-8〉を選び、これでセーブします」
「ボムつき?」
「はい。ボムといいますのは〈Byte Order Mark〉の略です。実際に後で見て頂くことになるのですが、実は〈UTF-8〉のテキストファイルはボムの有無で2種類ありまして、差しあたっては気にしなくても構いません」
「わかりました」
そうこういってるうちにセーブダイアログは消えている。話しながら、獅子郎ファイルが〈a.txt〉という名前で保存されたのだ。
アタシなら、〈熊吾郎お爺ちゃんがくれた僕の大切な名前.txt〉とでもするのだけど、まあよしとしよう、許す。マサコちゃん温厚で寛容!
先週アタシがもらったプログラム〈combine.wps〉は、OSの既定文字コードを前提にしたデモ版だったとのこと。
で、日本語環境の〈Winders〉の場合、既定文字コードは〈Shift-JIS〉になるんだってさ。ところがどすこい、アタシが集めた小説ファイルは〈Unicode〉という文字コードの符号化方法の1つ〈UTF-8〉だったらしい。そやつらに対して〈combine.wps〉が〈Shift-JIS〉で内容を取得してファイルに書き込む処理をしたから、それで化けちゃったの。
そういう説明を受けたところでアタシにはピンとくることもなく「ふうん、そうなの」くらいにしか感じない。はっきりいって、ほとんどチンプンカンプンだったわけよホント。
そんなアタシに、親切丁寧を売りにしているかのような猪野さんが、パソコンを使って具体的に見せてくれるという。アタシは別に見たいわけじゃあないわよ。小説ファイルを復旧してくれたお礼として仕方なく見てあげるの。
で、この人は説明する気満々でテキスト入力アプリの〈Cherry Editor〉とかいうのを既に起動しています。
「では試しに〈UTF-8〉のテキストファイルを1つ作ってみましょう」
そういいながら、パパパパンと軽快にキーボードを叩いています。画面に一瞬だけ〈ししろう〉と表示されて、それが〈獅子郎〉にかわったかと思うと、間髪いれずに「名前をつけて保存」というタイトルの画面が出てくる。
ていうか、獅子郎ってなによ? 笑いを取ろうとしてる? じゃあここは笑って差しあげた方がいいか。
「ぷぷっ、今どき獅子郎なんていたら笑っちゃいますよ。あはは」
「そう、ですね……」
あ、ちょい待ち! アタシ失敗だったかも!?
「えっと、もしかしてもしかすると、あいえ、もしかしなくても?」
「はい。獅子郎は僕の名前です」
「ごめんなさい、すみませんです! 誠に失礼をば致しまして!!」
「お気になさらないでください。よく笑われていますから」
おお、やっぱりこの人は穏やかで優しい男だねえ。吾郎とは大違いだよ。
それはそうと、あの奇妙なユーザー名〈虚史詩〉の謎が解けたわ。自分の名前の読み〈ししろう〉を逆さにして〈うろしし〉にしたんだね。高校時代の猪野さん、やるじゃん!
そんな獅子郎さんの語りが、また静かに始まります。
「僕の母方の祖父は熊吾郎という名前なのですが『息子が生まれたら獅子郎と名づけて、強い男に育てたい』と思っていたそうです。ところが授かったのは女の子でした。その子が成人して間もなく猪野家は婿養子を迎えました。それから2年後に僕が誕生することになります。僕が生まれたとき祖父は大喜びして、僕を獅子郎と名づけてくれました。その翌朝に祖父は雨に濡れた庭石ですべって転び、頭を強く打って他界しました。僕は生まれつき体が弱かったため、祖父の望むような強い男にはなれませんでした。ですがその代わりに勉強は頑張りました。職業を決めるような歳になった僕は迷わず『パワーショベルで便利なプログラムを作って人々の役に立とう』と誓いました。パワーには〈強い力〉という意味もあることですし、それで天国の祖父が少しは喜んでくれるだろうと思いまして……」
「そうだったんですか」
そういう由緒のある大切な名前を笑うだなんて、ちょっと思慮がたりてなかったよ。アタシやっぱり穴に入るべきかしら?
猪野熊吾郎さんの悲しい末路が哀れで、空気も重く湿っぽくなっている。
ここは話題をかえたいところだ。
「えっと、あ、そうだ、さっきのどうやったんですか?」
「さっきのといいますと?」
「どうして『名前をつけて保存』の画面がいきなり出てきたのかなあって」
「ショートカットです。ファイルをセーブしたい場合、アプリの仕様にもよりますが、たいていは〈Ctrl〉キーを押しながら〈s〉を打つことで、このセーブダイアログが表示されます」
そうかショートカットね。まさに近道だ。
「ふうん、そっかあ。アタシそういう機能があるのは知ってましたけど、でもプロの人はそういうのも覚えて、きっちり使いこなしてるんですねえ。すごいなあ~」
「こういう機能は素人でも使っていますよ」
「そうですか……」
ふん、どうせアタシはショートカットすら使えないど素人ですよ。
「えっとそれに、アタシみたいに、名前をつけて保存の画面なんてダサい呼び方しないで、プロはセーブダイアログというところが、これまたスマートですよねえ~」
「プロでも名前をつけて保存の画面と呼ぶ人はいますよ」
「あ、あは……」
ああもう、急に話が噛み合わなくなったよ! どういうこと?
でも苛立っても仕様がないので、そのセーブダイアログとやらを見る。下方にエンコードを選ぶメニューがあって、青色の強調表示になっている。
「ここに着目してください。日本語〈Shift-JIS〉が選ばれているでしょう?」
「そうですね」
そしてまたパッと選択リストが出てきた。スクロールバーが表示されるほどたくさんの項目が縦にズラズラと並んでいる。
日本語〈Shift-JIS〉932 shift_jis
日本語〈JIS〉50220 iso-2022-jp
日本語〈JIS〉50221 csISO2022JP 1byte カナ
日本語〈JIS〉50222 iso-20222-jp 1byte カナ SO/SI
日本語〈EUC〉51932 euc-jp
なんと日本語が5種類もあって、その下にヘブライ語、ギリシャ語、キリル語、中国語などが、これまた数種類ずつある。キリル語ってロシア語のことだっけ?
「今は〈BOMつきUTF-8〉を選び、これでセーブします」
「ボムつき?」
「はい。ボムといいますのは〈Byte Order Mark〉の略です。実際に後で見て頂くことになるのですが、実は〈UTF-8〉のテキストファイルはボムの有無で2種類ありまして、差しあたっては気にしなくても構いません」
「わかりました」
そうこういってるうちにセーブダイアログは消えている。話しながら、獅子郎ファイルが〈a.txt〉という名前で保存されたのだ。
アタシなら、〈熊吾郎お爺ちゃんがくれた僕の大切な名前.txt〉とでもするのだけど、まあよしとしよう、許す。マサコちゃん温厚で寛容!
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
5
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる