恋人はパワーショベルの達人

紅灯空呼

文字の大きさ
16 / 50
第2章 お友だちから始めるのでも

2.〈 04 〉

しおりを挟む
 猪野さんは、お仕事で〈省力化〉を徹底する主義の男なのよ、たぶん。
 要するにデモンストレーション用のファイル名なんてどうでもいいってこと。だからシンプルに〈a.txt〉で十分。そして2人もaから始めるの。うふふ。

「ではなまデータを見ましょう」
「生データ?」

 生ビールみたいな? ――アタシ飲みませんから。苦いのヤダもんね~。

「はい。プログラミングなどに関わらない人たちにとっては、ほとんど馴染みのない言葉かもしれませんね。今の場合は、文字コードのという意味合いになります」
「そういうことですか」

 まあ黙って聞いておく。
 それでパソコンには〈Binaryバイナリー Editorエディター〉という別のアプリが起動してきて、さっきの〈a.txt〉が開かれる。
 ただし〈獅子郎〉という漢字3文字は表示されずに、英数字が2文字でペアを作ってたくさん並んでいる。

 EF BB BF E7 8D 85 E5 AD 90 E9 83 8E

 よくわからないけど、これが〈a.txt〉のなんだね。
 こういう数字とアルファベットのAからFまでを使う表記は見覚えがあるよ。

「猪野さん、これって16進数ってやつですよね?」

 えっへん! 文系専門のアタクシだって、これくらい知ってますとも。

「その通りです。16進ダンプ、あるいはバイトストリームなどともいいます。もしかして、お聞きになられたことがありますか?」

 さすがのアタシもそこまでは知らないです。
 うん、たぶん聞いたこともない……、あ、ちょい待ち! それってお父さんが正男に熱く語っていた攻撃技? 猪野さん今度こそウケ狙い?

「えっとあの、それは『バイトストリーム、アタァーック!』みたいな技?」
「へえ……? あ、もしかして昔のロボットアニメかなにかのネタをいっておられるのでしょうか? でも残念ながら僕はほとんど知りません。申しわけございません」
「あっ、いえいえ、そんなそんな……」

 違ってた! バイトストリーム、要するにバイトの流れね。
 まあどうだっていいわ……。

「大森さんはロボットアニメがお好きなのでしょうか?」
「いえ、別にそういうわけじゃなくて……、あは」
「そうですか」

 うんそうです。ああ、マサコちゃん心が寒いわ……。
 つまんない横槍ばっかり入れて解説を中断させて、こちらの方こそホント申しわけないです。えっと、そもそもなんの説明だったかしら?

 EF BB BF E7 8D 85 E5 AD 90 E9 83 8E

 うんそうそう、獅子郎ファイル〈a.txt〉の生データのことよ。
 これがどうしたっていうのでしょうか、猪野獅子郎先生。

「あの、すみませんでした。どうぞ続けてください」
「承知しました。この先頭にある3バイト〈EF BB BF〉なのですが、これが先ほど話しましたボムです。これを削除すれば〈BOMなしUTF-8〉になります。ではやりますよ?」
「はいはい、どうぞやっちゃってください」

 猪野さんは〈Delete〉キーを使って、容赦なく3連星ボム〈EF BB BF〉を立て続けにバッサバッサと切り捨てちゃった。そしてすぐさま〈Ctrl+s〉でセーブ、からの〈Alt+Tab〉で選手交替!
 ここでチェリーエディター君が再登場してくる。速攻だ! この華麗な連携プレーに、獅子郎〈a.txt〉君もなす術がなぁ~い!!
 おっと、なんだなんだ!? また別の画面が出てきて、黄色い3角の中のビックリマークが「外部でファイルが変更されています。読み直しますか?」ですって。

「このチェリーエディター君、開いているファイルの変化にちゃんと気づいたんだ。これもすごいですねえ~」
「うるさいですね」
「えっ、うるさい!? ごめんなさい、すみません、余計なことばかり……」
「ああ、いえいえ違いますよ。大森さんがうるさいのではなく、このエディターのことです。今の場合、変更したことを僕たちは承知しておりましたから『わざわざ通知してくださらなくても、わかっております』という意味で、そのようにいったのです」
「ふぇ~、そういう意味ですか~」

 アタシ、怒られちゃったのかと思ったよ。

「このファイル変更通知機能は無効に設定することもできますが、逆に通知が便利な場合も、ときにはあるのです。それはいつか? 今でしょう!」
「は?」

 あれ!? ここって笑うところ? どうしよ、笑おうか、やめとこうか?
 こんなアタシの健気な戸惑いにも気づかず、猪野さんはチェリーエディターの画面を指差している。

「大森さん、右下隅をご覧ください。今はまだ〈BOMつきUTF-8〉と表示されています。そこをよく見ていてくださいよ」
「はい」

 猪野さんがビックリマーク画面についてる〈はい〉をクリックした。

「あっ、かわった!」

 なんとチェリーエディターの右下隅が〈BOMなしUTF-8〉に変化したのです。でも、それでいてテキストは〈獅子郎〉という漢字3文字のまま。
 冷静に考えれば特別におもしろいことでもないけれど、ほんのチョッピリ感動したかも。こんなの見るのは初めてだったから……。
 そして今度はバイナリーエディターの方に視線を移す。先頭の3バイトが削除されたから、残っているのは9バイト。

 E7 8D 85 E5 AD 90 E9 83 8E

 これが〈獅子郎〉という3文字のデータなんだね。
 ということは……、ああ、これはピンときちゃったかも!

「もしかして〈UTF-8〉のファイルは、3バイトずつのコードを使って1文字を表わしてるんじゃないでしょうか? 違います?」
「その推測は間違いではありません。今試しております〈獅子郎〉の場合ですと、各文字の〈UTF-8〉コードはそれぞれ3バイトずつになります。しかし半角の英数字やいくつかの半角記号など、それらは〈ASCIIアスキー文字〉と呼ぶのですが、どれも1文字が1バイトです。そして1文字2バイトのものもあります。例えばギリシャ文字の〈α〉や〈β〉などがそうです。さらには最大で6バイトまでの文字もあり得るのです」
「へえぇ~、そうなんですか~。あ、でもなんだか複雑ですね?」
「そうですね」

 う~む、恐るべきかな〈UTF-8〉さん。こんな厄介者、アタシなんぞが扱うべきじゃあなかったのね~。
 ていうか、猪野さんの説明は丁寧過ぎて長いよ。そろそろ飽きてきちゃうかも。
 でも今さら「もういいです」なんていえないし、退屈でも聞かねばならぬ。マサコちゃん気分アンニュイ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

🥕おしどり夫婦として12年間の結婚生活を過ごしてきたが一波乱あり、妻は夫を誰かに譲りたくなるのだった。

設楽理沙
ライト文芸
 ☘ 累計ポイント/ 190万pt 超えました。ありがとうございます。 ―― 備忘録 ――    第8回ライト文芸大賞では大賞2位ではじまり2位で終了。  最高 57,392 pt      〃     24h/pt-1位ではじまり2位で終了。  最高 89,034 pt                    ◇ ◇ ◇ ◇ 紳士的でいつだって私や私の両親にやさしくしてくれる 素敵な旦那さま・・だと思ってきたのに。 隠された夫の一面を知った日から、眞奈の苦悩が 始まる。 苦しくて、悲しくてもののすごく惨めで・・ 消えてしまいたいと思う眞奈は小さな子供のように 大きな声で泣いた。 泣きながらも、よろけながらも、気がつけば 大地をしっかりと踏みしめていた。 そう、立ち止まってなんていられない。 ☆-★-☆-★+☆-★-☆-★+☆-★-☆-★ 2025.4.19☑~

処理中です...