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第3章 ホントの恋愛に向かって
3.〈 02 〉
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めったに見ることのできないトンコの興奮状態は「京極さんには後でメールに添付してお送りさせて頂きましょう」ということで収まった。猪野さんがそういったのだ。
18歳以上対象の初エッチシーンつき完結版『人気だす草なぎ君!』の、世界に2人とない読者になれないのはチョッピリ残念だけれど、小説好きの同人として認めざるを得ない。だから許す。
「それから大森さん、そのUSBメモリには自家製ババロアのレシピを書いたファイルも入れてあります。もし興味がおありでしたら、ぜひご参考になさってください」
「猪野さんって、スイーツ作りもされるんですか?」
「いいえ。僕ではありません」
「えっ、もしかして彼女さん?」
ウソ、やだやだ、それってマジなの!?
「僕の妹が書いたものです」
「あ、妹さん……、そうですか、ふぅ~」
「妹は大森さんを絶賛しておりますよ。とても美しい人だと」
「えっ、アタシのこと知ってるの?」
「はい。最初にお会いした喫茶店で」
誰? 他のテーブルから覗いてたのかしら? まったくスケベエだわねえ。
それしか考えられないよ。アタシとトンコ以外に、実はもう1人女が同席してたとか、それこそホラーだもん。
「先々週ですよね?」
「はい。大森さんが覚えておられないのもムリはありません。注文の際に言葉を交わされただけですし。妹はあそこでアルバイトをしておりまして、あの日が最後の勤務だったのです」
ああ、水持ってきた店員か。顔見てないよ。なんだか地味な声の女だ、くらいの記憶しか残ってないわ。
「そうでしたか。でも最後の勤務って、じゃあ辞められたんですか?」
「はい。就職活動に専念するそうです」
「ああ、大学3年生なんですね?」
「いいえ、短大の1年です」
「そうですか……」
19歳かよ! じゃあ正男と同じね。どうでもいいけど。
しっかし、就活の話題が出るとは、イヤな記憶を呼び覚ましてくれたものよ。アタシの黒い3連敗。
3社とも面接官が女で、アタシの美貌に嫉妬して落としやがったのよ。あれがみんな男だったら、アタシは全社内定で白い3連勝だったのに!
「でもどうしてババロアのレシピを?」
「僕がここのババロアの話をしましたら、妹のやつ『お兄様のババロアは、私がお作りして差しあげますのに』などと申しまして、すぐに挑戦を始めました。そして妹が1晩かけて作りましたババロアを、僕は1口食べただけで感動しました。ここでは大きな声でいえませんが、ここのババロアよりも3倍おいしいのです。身内贔屓と思われるかもしれませんが、ことババロアの味においては僕も一家言ありましてね。保証できますよ、そのレシピに関しては」
「へえ~、そうなんですね。それじゃあアタシも挑戦してみます」
そこまでババロアに熱心な兄妹が、この世界にいるだなんて、アタシの人生23年半で初めて知ったわ。
あ、ちょい待ち! あのとき猪野さんが出て行った後のアタシとトンコのみっともないやり取り、その妹さんが聞いてたってことだよ!?
アタシのこと「顔とスタイルと声は超絶美しいけれど、でも性格は少しだけブスってるわ」なんて思ってやしないだろうか?
あちゃー、お父さんのいう通り、くれぐれも発言には気をつけないとね~。
「それともう1つあります。大森さんがパワーショベルに興味をお持ちになってくださるかと思いまして、このような本をご用意しております」
おっと、なんだなんだ、猪野さんのアタッシュケースからB5版サイズくらいの厚い本が出てきたよ!?
書名が『改訂新版〈Winders PowerShovel〉上級マニュアル、バージョン7対応』で、しかも〈猪野獅子郎 著〉だって!
「その本、猪野さんが書かれたんですか?」
「はい」
「システム管理者・プログラマー必携! 作業を自動化できるので仕事がはかどるカッコ明日からあなたも定時退社で夜を満喫、雨林院出版」
受け取って思わず宣伝文と出版社名を読みあげてしまったわ。
そして裏返す。わあ本体価格8400円! どんだけ稼いどるんじゃ!?
裏向きにしたままでは不作法かと思って、表側に直してからテーブルに置いた。イヤミをいうくらいは許す、アタシをな。
「猪野さん、大儲けですね?」
「いいえ、それほどでも……」
「正子それは失礼よ。こういう本は専門書に属するのだから、大勢の人が買うわけじゃないの。それに、ここまでの分量を執筆されるのにどれだけのご苦労があったことか」
トンコめ、いつもの真面目営業人に戻りやがった。
でもこんな高い本をご用意されても、アタシは困るんだけど。
「あの猪野さん、アタシお金が、ちょっとその……」
「いえいえ、これは進呈させて頂くつもりで持ってきたのです」
「えっ、無料?」
「もちろんです」
やったぁー、こんなに高い本が無料なんだって。すっご~い!
ていうか、アタシこんなの読むのだろうかカッコ反語、いや読むまい。
「それでは僕はこの辺で失礼させて頂きます」
「えっ、もう帰るんですか?」
「はい。次の案件のプロジェクト開始が当初は3月15日の予定だったのですが、2週間前倒しで3月1日になりましてね、それで急に忙しくなりましたもので。休日にもう少しこの近辺を散策しておきたかったのですが、その時間もなくなり残念です。渡米の準備を優先して行わなければならないのです」
「渡米?」
「そうよ。猪野さんの次のお仕事先はNY市にある会社なの」
ウソ、それじゃあ猪野さんはアメリカへ行っちゃうんだ!
「それで猪野さん、いつ戻ってくるんですか?」
「10月末頃の予定です。その帰り道にハワイへ寄りまして、挙式と新婚旅行を同時にすませるつもりにしております」
「挙式と新婚旅行って、そんな……」
「猪野さんの次の案件は、恋人のプログラマー女性とご一緒にお仕事されるのよ。それを無事終えると、お2人はめでたくゴールインなの。猪野さん、ご婚約おめでとうございます」
「どうもありがとうございます」
「正子、あなたもお祝いの言葉を述べないと」
「えっ、あ……、うん」
ウソじゃないの、婚約者がいるだなんてこと。
「どうしたの? そんな顔してたら悪いでしょう?」
「あ、アタシ平気よ。あの猪野さん、おめでと……、ございます」
「どうもありがとうございます。わずか数時間でしたが、お話をさせて頂くことができまして、とても楽しかったです。なにしろ大森さんは僕の小説の1番の読者さんなのですから。わっははは~」
アタシまるでバカじゃないの。
ホント超おバカな女だわ。なに勝手に、猪野さんには彼女なんていないって決めつけてんのよ。
18歳以上対象の初エッチシーンつき完結版『人気だす草なぎ君!』の、世界に2人とない読者になれないのはチョッピリ残念だけれど、小説好きの同人として認めざるを得ない。だから許す。
「それから大森さん、そのUSBメモリには自家製ババロアのレシピを書いたファイルも入れてあります。もし興味がおありでしたら、ぜひご参考になさってください」
「猪野さんって、スイーツ作りもされるんですか?」
「いいえ。僕ではありません」
「えっ、もしかして彼女さん?」
ウソ、やだやだ、それってマジなの!?
「僕の妹が書いたものです」
「あ、妹さん……、そうですか、ふぅ~」
「妹は大森さんを絶賛しておりますよ。とても美しい人だと」
「えっ、アタシのこと知ってるの?」
「はい。最初にお会いした喫茶店で」
誰? 他のテーブルから覗いてたのかしら? まったくスケベエだわねえ。
それしか考えられないよ。アタシとトンコ以外に、実はもう1人女が同席してたとか、それこそホラーだもん。
「先々週ですよね?」
「はい。大森さんが覚えておられないのもムリはありません。注文の際に言葉を交わされただけですし。妹はあそこでアルバイトをしておりまして、あの日が最後の勤務だったのです」
ああ、水持ってきた店員か。顔見てないよ。なんだか地味な声の女だ、くらいの記憶しか残ってないわ。
「そうでしたか。でも最後の勤務って、じゃあ辞められたんですか?」
「はい。就職活動に専念するそうです」
「ああ、大学3年生なんですね?」
「いいえ、短大の1年です」
「そうですか……」
19歳かよ! じゃあ正男と同じね。どうでもいいけど。
しっかし、就活の話題が出るとは、イヤな記憶を呼び覚ましてくれたものよ。アタシの黒い3連敗。
3社とも面接官が女で、アタシの美貌に嫉妬して落としやがったのよ。あれがみんな男だったら、アタシは全社内定で白い3連勝だったのに!
「でもどうしてババロアのレシピを?」
「僕がここのババロアの話をしましたら、妹のやつ『お兄様のババロアは、私がお作りして差しあげますのに』などと申しまして、すぐに挑戦を始めました。そして妹が1晩かけて作りましたババロアを、僕は1口食べただけで感動しました。ここでは大きな声でいえませんが、ここのババロアよりも3倍おいしいのです。身内贔屓と思われるかもしれませんが、ことババロアの味においては僕も一家言ありましてね。保証できますよ、そのレシピに関しては」
「へえ~、そうなんですね。それじゃあアタシも挑戦してみます」
そこまでババロアに熱心な兄妹が、この世界にいるだなんて、アタシの人生23年半で初めて知ったわ。
あ、ちょい待ち! あのとき猪野さんが出て行った後のアタシとトンコのみっともないやり取り、その妹さんが聞いてたってことだよ!?
アタシのこと「顔とスタイルと声は超絶美しいけれど、でも性格は少しだけブスってるわ」なんて思ってやしないだろうか?
あちゃー、お父さんのいう通り、くれぐれも発言には気をつけないとね~。
「それともう1つあります。大森さんがパワーショベルに興味をお持ちになってくださるかと思いまして、このような本をご用意しております」
おっと、なんだなんだ、猪野さんのアタッシュケースからB5版サイズくらいの厚い本が出てきたよ!?
書名が『改訂新版〈Winders PowerShovel〉上級マニュアル、バージョン7対応』で、しかも〈猪野獅子郎 著〉だって!
「その本、猪野さんが書かれたんですか?」
「はい」
「システム管理者・プログラマー必携! 作業を自動化できるので仕事がはかどるカッコ明日からあなたも定時退社で夜を満喫、雨林院出版」
受け取って思わず宣伝文と出版社名を読みあげてしまったわ。
そして裏返す。わあ本体価格8400円! どんだけ稼いどるんじゃ!?
裏向きにしたままでは不作法かと思って、表側に直してからテーブルに置いた。イヤミをいうくらいは許す、アタシをな。
「猪野さん、大儲けですね?」
「いいえ、それほどでも……」
「正子それは失礼よ。こういう本は専門書に属するのだから、大勢の人が買うわけじゃないの。それに、ここまでの分量を執筆されるのにどれだけのご苦労があったことか」
トンコめ、いつもの真面目営業人に戻りやがった。
でもこんな高い本をご用意されても、アタシは困るんだけど。
「あの猪野さん、アタシお金が、ちょっとその……」
「いえいえ、これは進呈させて頂くつもりで持ってきたのです」
「えっ、無料?」
「もちろんです」
やったぁー、こんなに高い本が無料なんだって。すっご~い!
ていうか、アタシこんなの読むのだろうかカッコ反語、いや読むまい。
「それでは僕はこの辺で失礼させて頂きます」
「えっ、もう帰るんですか?」
「はい。次の案件のプロジェクト開始が当初は3月15日の予定だったのですが、2週間前倒しで3月1日になりましてね、それで急に忙しくなりましたもので。休日にもう少しこの近辺を散策しておきたかったのですが、その時間もなくなり残念です。渡米の準備を優先して行わなければならないのです」
「渡米?」
「そうよ。猪野さんの次のお仕事先はNY市にある会社なの」
ウソ、それじゃあ猪野さんはアメリカへ行っちゃうんだ!
「それで猪野さん、いつ戻ってくるんですか?」
「10月末頃の予定です。その帰り道にハワイへ寄りまして、挙式と新婚旅行を同時にすませるつもりにしております」
「挙式と新婚旅行って、そんな……」
「猪野さんの次の案件は、恋人のプログラマー女性とご一緒にお仕事されるのよ。それを無事終えると、お2人はめでたくゴールインなの。猪野さん、ご婚約おめでとうございます」
「どうもありがとうございます」
「正子、あなたもお祝いの言葉を述べないと」
「えっ、あ……、うん」
ウソじゃないの、婚約者がいるだなんてこと。
「どうしたの? そんな顔してたら悪いでしょう?」
「あ、アタシ平気よ。あの猪野さん、おめでと……、ございます」
「どうもありがとうございます。わずか数時間でしたが、お話をさせて頂くことができまして、とても楽しかったです。なにしろ大森さんは僕の小説の1番の読者さんなのですから。わっははは~」
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