恋人はパワーショベルの達人

紅灯空呼

文字の大きさ
10 / 50
第1章 パワーショベルウィザード

1.〈 07 〉

しおりを挟む
 正男の部屋に入った。灯りはついてるけど、ここの殿はベッドに寝転がっている。

「アンタ寝てんの?」
「休憩中」
「そういえば、ご飯の時間ちょっと長くなかった? 遠くまで行ってたの?」
「焼肉食ってから、カラオケ行ったんだよ」
「は? お父さんと?」
「そうだけど、悪いかよ?」

 いや悪くはないんだけど、男2人で楽しいか? しかも相手は30歳以上離れたオジサンなんだよ。

「それで盛りあがったの?」
「そこそこな」
「ふうん……」

 ロボットアニメの主題歌とか熱唱してたのかしら?
 こいつって絶対お父さんに影響されてるわ。だから工学部を目指してんのよ。もちろん「父親の背中を見て育つ」というのはわかるけど、こいつの場合は「父親の好むアニメを見て育つ」みたいな感じなのよね。

「アンタお父さんの勤めてる工業大にすればいいのに。近いんだし、そんでお父さんと仲よくロボット作ればいいじゃん? 2次に国語ないし、今のアンタなら楽々受かるでしょうよ」
「楽々ってことはねえよ、工学部の偏差値ランク4位だぜ。それにもう願書出願期間は過ぎてるし、前からオレは航空宇宙工学科に決めてたんだ。それは父さんの大学にはないからな」
「航空宇宙!? アンタまさか宇宙船の設計とかしたいの?」
「まあな。どうだ、カッコいいだろ?」
「別に」

 そうだったのか。アタシはてっきり、こいつもお父さんと同じ機械工学博士になりたいんだと思ってたよ。

「アンタもしかしてUFOが攻めてくるとか本気で思ってる?」
「そういう危機もあるかもしれないぞ」
「バカじゃないの。日本政府だって、今後やってくるとしても、今からなにか対策しておくつもりはないらしいよ?」
「そうなのか? でもアメリカはそうじゃないだろ?」
「あちらさんは、向かってくる敵はなんでも相手にするわよ。でもUFO相手に戦うとか、そんなのマンガや小説や映画やらの中のことよ」

 それで全米を感動させたいだけなの。そういうのあったでしょ、最後は核兵器使って打ち勝つとか。

「そんなことわかってるさ。オレが開発したい宇宙船は別に戦闘用じゃない」
「うん、それならいいけど……、あ、そんなことよりも、アンタ受験勉強は? 3週間後に2次でしょ?」
「いわれなくてもオレは計画的にやってるよ。実は今日でやっと35か年の過去問、全部やり遂げたんだぜ。もうすんげぇ疲れたわ~」
「過去問やってお疲れじゃダメダメ!」
「はぁ?」

 こいつは去年、志望校別2次試験過去問題集『茶本』の現代文、古典、数学、英語、物理、化学をすべて買い揃えた。それらを新しい年度から遡って進めていたけど、どれも半分くらいで試験日を迎えた。
 それで今年〈全問補完計画〉を企てて、残ってた分をどうにか消化したようだ。まあ本番の3週間前に終わらせたという、そのガムシャラさだけは青二才の象徴として認めてやることにしよう、許す。
 でもね、例えば現代文の評論なんて、35年も前の時代遅れになったのを読んでるようじゃダメなの。じゃあ、いつのを読む? ――ここ数年のでしょ!

「過去問やってもダメなら、このオレにどうしろってんだ!!」
「浪人、吠えるでない。そしてお姉ちゃんの言葉をよくお聞きなさい。評論文なんてのは最近のを読まないといけないよ。だから過去問でも直近5年分くらいをもう1度やってみて、ちゃんと自力で正答できるか確かめなさい。あと出題数トップクラスの著者が書いた最近の文章も読みなよ。もちろん新聞も」
「あのなあ姉ちゃん、オレは予備校に通ってるんだ。そんなアドバイス、そこの先生から聞いて知ってるよ。これからの3週間でそういうことをビシッとやるんだ」

 こいつ知ってやがったか。それならいいけど……。

「あと姉ちゃんは国語の先生だからって偉そうなんだよ。さほど大きくも有名でもない近所の学習塾で、小中学生に教えてるだけだろ?」
「そうよ、悪いかよ?」
「いやあ悪かねえけど、オレ今年は手応え感じてんだ。この前の共通テストはちょっとあれだったけど、オレって2次で挽回するタイプだから、まだ十分逆転の可能性があるんだ。だから姉ちゃんも心配しないで、温かく見守っていてくれ。な?」
「べ、別にアタシ、アンタのこと心配してやってるわけじゃあないわよ」

 バカ正男のくせに! 昨日だって、古文の問題で苦戦してるみたいだったし、わからないところ教えてやろうと思ってたのに……。
 でもまあ、本人が自信あるならいいか、許す。

「じゃあしっかりやりな。それと、カゼひかないようにしなきゃ。ほら寝るんならちゃんとお布団に入りなって。そのまま寝ちゃったら、起きたとき喉痛かったり、熱出てたりするんだよ?」
「わかってるよ。もうすぐ起きて勉強再開するんだ」
「そう、じゃあね」
「ちょい待ち!」
「は、古文の質問?」
「違うよ。姉ちゃんそのプリン食ったろ?」

 あ、忘れてた! 空容器を置いたままだ。ていうか、プリンじゃないけど。

「アタシ食べてないよ。食べたのはババロアだもんね~」
「どっちでもいいだろ! ていうか小学生か! オレがいいたいのは、食ったら容器をちゃんと自分の部屋のゴミバケツに入れろってことなんだよ」
「わかったわよ。あっ、ゴミバケツ!? そうよゴミバケツだよっ!」

 大急ぎでパソコンを起動させる。ワインダーズOSには〈ゴミバケツ〉の機能があるんだった。初心者でも知ってるそれを忘れていた。ていうか、今まで存在は知ってても使ったことないわ。
 このアタシの突然の行動に正男も驚き、ベッドから飛び出てきた。

「姉ちゃん、どうした!?」
「マサオちゃん、アンタ偉い!」
「は?」

 ログインして、デスクトップ画面の〈ゴミバケツ〉をダブルクリックする。

「あれ……!?」

 空っぽだ。ファイルなんて1つもない。すうーっと全身の力が抜ける。

「なんだ? なにか必要なファイル、間違って削除したのか?」
「小説ファイル、デジタルフォトフレームのメモリカードに入れてたやつ……」
「ああそういうことか。姉ちゃん知らないんだな。普通リムーバブルメディアのファイルは、削除しても〈ゴミバケツ〉に入らないんだよ」
「えっ、そうなの?」
「そうだよ、だから空なんだろ?」

 1度輝いた希望の光がもうない。ものの40秒で消えちゃった……。

「マサオちゃん、お姉ちゃん寝るわ」
「おお、お休み」
「アンタも睡眠と水分と糖分はしっかり取りなよ。そして点数も……」
「わ、わかったよ」

 アタシはババロアの空容器を持って自分の部屋に戻り、それを〈100均〉の部屋用ゴミバケツに捨てた。
 それからパジャマになってお布団に潜り込んだ。すぐ眠りについた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

🥕おしどり夫婦として12年間の結婚生活を過ごしてきたが一波乱あり、妻は夫を誰かに譲りたくなるのだった。

設楽理沙
ライト文芸
 ☘ 累計ポイント/ 190万pt 超えました。ありがとうございます。 ―― 備忘録 ――    第8回ライト文芸大賞では大賞2位ではじまり2位で終了。  最高 57,392 pt      〃     24h/pt-1位ではじまり2位で終了。  最高 89,034 pt                    ◇ ◇ ◇ ◇ 紳士的でいつだって私や私の両親にやさしくしてくれる 素敵な旦那さま・・だと思ってきたのに。 隠された夫の一面を知った日から、眞奈の苦悩が 始まる。 苦しくて、悲しくてもののすごく惨めで・・ 消えてしまいたいと思う眞奈は小さな子供のように 大きな声で泣いた。 泣きながらも、よろけながらも、気がつけば 大地をしっかりと踏みしめていた。 そう、立ち止まってなんていられない。 ☆-★-☆-★+☆-★-☆-★+☆-★-☆-★ 2025.4.19☑~

処理中です...