とある村での半農半勇てげてげライフ

サチオキ

文字の大きさ
2 / 18
種まきの章 ー 落花生と猫娘 ー

目玉焼きとミソ・スープとテンガロンハット(猫耳を添えて)

しおりを挟む
 精米したばかりの米を炊いた飯に、茄子のミソ・スープ。そして、たった今命がけで採取した産みたてタマゴを焼いた目玉焼きに、塩茹でした落花生を潰しマヨネーズと和えたもの。これが、男とマメシバの今朝の朝食である。
「いただきます」
 男は手を合わせると、まず、箸で目玉焼きの黄身を割った。肉厚で濃い色をした黄身の中身が、藍色の陶器の皿の上にトロリと流れ出る。それを、白身の切れ端で拭うようにしながら、白い飯の上を経由して口に運んだ。
「うまい」
 一声漏らした後、今度は落花生とマヨネーズの和え物に箸を伸ばした。粘り気のあるそれを、たっぷりと掬い上げ、口に運ぶ。香ばしい落花生の香りに、マヨネーズのコクと酸味。思いつきで作った副菜であったが、その味は格別であった。
「よきかな」
 しかしまだ終わりではない。今度は、残っている黄身の片割れに、その和え物をしこたま乗せた。追加で黒胡椒をミルで挽いてふりかけ、慎重に箸で掬い上げて口まで運ぶ。口の中で動く舌を追いかけ、新鮮な黄身と落花生とが絡み合う。マヨネーズの酸味と黒胡椒のスパイシーさが働き、濃厚な味でありながらくどくない。
 こうして朝食を食事として扱うようになったのは、この農村に越してきてからのことだ。それまでの朝食といえば、勤務先の近くの便利屋コンビニで買ったハンバーガーを水で流し込むか、ゼリー状の栄養食品(噂では、バイオカプセルの中で培養したスライムの細胞を使っているとか……)を一気飲みするだけのものだった。食事というより、栄養摂取というのが相応しかった。自分が摂取しているものが果たしてゼリーなのかスライムなのか、そんなことより8分後に出てしまう電車エレキテル・ビークルに間に合うかが大事だった。自分のことを置いて、社会の波にうまく乗ることばかり考えているうちに、自分の輪郭が曖昧になっていた。まさにそう、個を持たず周囲を這いずることしかできない、スライムと同じだった。
 男は以降は無言で箸を動かした。最後にミソ・スープを飲み干し、具の茄子を噛みしめて、本日の朝食を〆た。ため息に続けて、男は独言ひとりごちた。
「会心の一撃」
 ほぼ同時に、マメシバも満足げにゲップを漏らした。
 その時だった。リビングのすぐ隣にある玄関口から、元気のいい声がした。
「ごめんください! 勇者さんに会いに来ました!」
 甲高く張りのある声が、家じゅうにこだまする。朝食を平らげ、さあひと眠りとばかりに床に寝そべったマメシバが、その声に何事かと起き直り、耳をぐるんぐるんと動かした。そして、ワフッ、と唸った。これは、マメシバが何かを警戒している時に出す声である。
 

 何事かと男が玄関へ向かうと、そこには小柄で色黒の若い女が立っていた。赤のチェックのシャツに黒のミニスカート、ショートブーツにテンガロンハット。このまま馬に乗って荒野を冒険できそうないでたちである。
「ええっと、どちら様で?」
 男が珍客に目を丸くしていると、女は特徴的な丸い目をくりくりとさせて答えた。
「私、ミャケって言います。セイート・ビレッジ・ニュースの記者やってます。だけど、もうすぐやめるつもりです」
「ええっ?」
 セイート・ビレッジ、つまりセイート村というのは、男が住んでいるこの村の名前である。そして、その村内だけで週に一度発行されている地方紙が、セイート・ビレッジ・ニュースだ。男も購読者の一人である。ついでにマメシバも、ほぼ毎日、あることで世話になっている。
「都会から来た勇者さんの生活ぶりを、取材してこいって言われてきました。でも私、取材じゃなくて、弟子入りしたいんです!」
 ミャケと名乗った女は、かぶっていたテンガロンハットを勢いよく脱ぎながら、再び頭を下げた。ハットの下から、黒いふさふさの毛に覆われた、三角の耳がひょこんと現れた。純粋な人間とは違う耳だ。人口の1割を占める、半人半猫の少数種族、ネコマタ族の特徴である。
 大きく丸い目を、ますます見開いて見つめるミャケを前に、男は首の後ろをぽりぽりと搔いた。リビングでは相変わらず、マメシバがワフワフ唸っている。
「まあ、とりあえず中で。ちょっと、頭の中が渋滞しかけてるので、ゆっくり話を聞かせてください」
 言い終わる前から、ミャケはすでにブーツを脱いでいた。

― 続 ―
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

貧弱の英雄

カタナヅキ
ファンタジー
この世界では誰もが生まれた時から「異能」と「レベル」呼ばれる能力を身に付けており、人々はレベルを上げて自分の能力を磨き、それに適した職業に就くのが当たり前だった。しかし、山奥で捨てられていたところを狩人に拾われ、後に「ナイ」と名付けられた少年は「貧弱」という異能の中でも異質な能力を身に付けていた。 貧弱の能力の効果は日付が変更される度に強制的にレベルがリセットされてしまい、生まれた時からナイは「レベル1」だった。どれだけ努力してレベルを上げようと日付変わる度にレベル1に戻ってしまい、レベルで上がった分の能力が低下してしまう。 自分の貧弱の技能に悲観する彼だったが、ある時にレベルを上昇させるときに身に付ける「SP」の存在を知る。これを使用すれば「技能」と呼ばれる様々な技術を身に付ける事を知り、レベルが毎日のようにリセットされる事を逆に利用して彼はSPを溜めて数々の技能を身に付け、落ちこぼれと呼んだ者達を見返すため、底辺から成り上がる―― ※修正要請のコメントは対処後に削除します。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

悪役皇子、ざまぁされたので反省する ~ 馬鹿は死ななきゃ治らないって… 一度、死んだからな、同じ轍(てつ)は踏まんよ ~

shiba
ファンタジー
魂だけの存在となり、邯鄲(かんたん)の夢にて 無名の英雄 愛を知らぬ商人 気狂いの賢者など 様々な英霊達の人生を追体験した凡愚な皇子は自身の無能さを痛感する。 それゆえに悪徳貴族の嫡男に生まれ変わった後、謎の強迫観念に背中を押されるまま 幼い頃から努力を積み上げていた彼は、図らずも超越者への道を歩み出す。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

二度目の勇者は救わない

銀猫
ファンタジー
 異世界に呼び出された勇者星谷瞬は死闘の果てに世界を救い、召喚した王国に裏切られ殺された。  しかし、殺されたはずの殺されたはずの星谷瞬は、何故か元の世界の自室で目が覚める。  それから一年。人を信じられなくなり、クラスから浮いていた瞬はクラスメイトごと異世界に飛ばされる。飛ばされた先は、かつて瞬が救った200年後の世界だった。  復讐相手もいない世界で思わぬ二度目を得た瞬は、この世界で何を見て何を成すのか?  昔なろうで投稿していたものになります。

処理中です...