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種まきの章 ー 落花生と猫娘 ー

本日のメイン ― 鮮度抜群ぴちぴち素材のコンフィ ―

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 一行は、まだ煙の臭いのする遺跡の中へ、再度足を踏み入れた。点々と散らばるテゲスズメバチ達は、まだかろうじて息があるらしく、アイスピックのような大きく鋭い毒針を、腹から出してはしまうのを繰り返している。
 ボッカは、その毒針の付け根のあたり目掛けて、手に持った剣を振り下ろしていった。比較的やわらかいハチの腹部が、ボッカの剣によって切り落とされ、ハチ達は毒針を残して絶命していった。その毒針を、ボッカは拾い集めていく。
「矢尻に使えないかと思ってね」
 毒針を集め終えると、今度はハチの亡骸を寄せ集め、ロープで数珠繋ぎにしていく。もう動かなくなった大あごの前で、マメシバがワフッ、と鳴いた。
「テゲスズメバチを酒に漬けると、滋養強壮にいい薬になるって、サンザさんから聞いたから」
 さっきまでより生き生きと作業をするボッカに、冷静さを取り戻したミャケが冷やかすように言った。
「なんだか貧乏くさいですね。依頼を達成したんだから、姉様から報酬貰えるでしょ?」
「確かにね。でも、普通ならギルドから支給される装備品なんかも、僕の場合は自前で用意しないといけないから、収入の途は多いに越したことはないんだ。それに、モンスターといっても、命だから。できるだけ無駄にはしたくない」
「ふーん……」
 命の価値を持ち出されちゃあね……と少しきまり悪そうにしながら、ミャケはマメシバの横っ腹を指でつついた。マメシバはそれに構わず、しきりにワフワフ鳴いている。
 ハチの亡骸を括り終え、丸まった背中を伸ばして立ち上がったボッカは、鳴き続けるマメシバの声に眉をひそめた。そして、天井にぶら下がったままのハチの巣を見上げる。主を明け渡したハチの砦は、口惜し気にその大きな出入口を広げている。
 マメシバはまだ鳴き続けている。
「嫌な予感がする」
「えっ?」
「そういえばあの巣、この時期のテゲスズメバチの巣にしては、サイズが妙に小さい。まるでつい最近、急ごしらえで作ったかのようだ。そもそも、本来テゲスズメバチは天井よりも、地中に巣を作ることを好むはずだ」
「ど、どういうことですか。怖がらせないでくださいよ」
 ボッカは眼鏡をかけなおすと、一度はしまった腰の剣を抜き、背中に背負っていた革の盾のバックルを左腕に通した。そして、ワフワフ吠えるマメシバの隣に並び立つ。
「もしかすると、ハチなりに何か事情があって、急遽天井に引っ越したのかもしれない。例えば、外敵に襲われて、それから逃――」
 ボッカが言い終わるより先に、マメシバが自身の体の向きを反転させた。その視線の先を追いボッカも振り返る。
 瞬間、黒い塊がボッカとマメシバの間を飛びぬけていった。
「ヒィィィーーーッ!」
 ミャケが、沸騰したヤカンのような悲鳴を上げ、尻もちをついた。ご自慢の手の甲の毛が見事に逆立ち、力んだ両手の指先からはかわいらしい小爪が飛び出している。
 細長く(細い、と言っても人の胴体くらいの周囲はあるが)、扁平な形。鉄鋼を思わせる黒い金属光沢を帯びた表面。そして何より特徴的なのは、その両側に無数に生えた短く赤い触手のようなものと、テゲスズメバチのそれが可愛らしく思えるほど、発達した大あご。その全てを波立たせながら、地面を這い、一行の方に向けて上体をもたげた。起こした上体だけで熊ほどの高さがある、巨大なムカデの怪物だ。
「ヤマタオオムカデだ。テゲスズメバチ達はこいつに地中から追われたんだな」
 大ムカデは、ハチの亡骸の一つに向かって、むしゃぶりつかんとばかりに飛びついた。狙われたハチは瞬く間に全身を噛みちぎられ、バラバラにされてしまった。ブチュブチュと、ハチの腹部の中身をすする音が聞こえる。柔らかい中身を吸われたハチの体が、ぺしゃんこに潰れていく様子は、まるでゼリー状の栄養ドリンクのようだと、ボッカは思った。



「危ない!」
 当面の腹ごしらえを済ませた大ムカデは、へたり込んだまま身動きが取れないでいるミャケに次の狙いを定め、大あごを広げて襲い掛かった。咄嗟に、ボッカは左腕につけていた革の盾を、その大あごの間に押し込んだ。木材にイノシシの革を五枚貼り付けただけの、粗末な手製の盾が、バックルからもぎ取られバリバリとかみ砕かれていく。自分の胴体が同じように真っ二つにされる光景を想像し、ミャケはついに白目を剥いて失神した。
 盾の材料であった革と木くずとが、大あごの根元に楔のように食い込んだために、大ムカデの動きがやや悪くなった。その隙に、頭部目掛けて銅の剣を振り下ろしたボッカだったが、鋼鉄のように固い表皮に弾かれ、小さな傷をつけることしかできなかった。
「これはダメだ。マメシバ、あとは頼んだよ」
 大ムカデに向かって唸り続けていたマメシバだったが、ボッカがそう言って腰の麻袋に手を入れたのを見ると、やにわに尻尾を振り出した。ボッカは一つの赤く透き通った種のようなものを取り出して、マメシバの口元に持っていった。
 マメシバがそれをすぐさま口に入れ、かみ砕いて飲み込んだのを確認すると、ボッカは気を失ったミャケを背負い、マメシバを残して遺跡の出口へと走り去った。
 革の盾の残骸を忌々しげに吐き出したヤマタオオムカデは、目の前に生意気にも立ちふさがる犬を、一撃のもとに打ち倒さんと飛び掛かった。
 それを軽やかなサイドステップで身かわすと、マメシバは後ろ足のつま先で、何度も地面をひっかき始めた。シャッ、シャーッ、と、マメシバの爪が地面と擦れる音がする。音は始めは遅く、徐々に早くなる。それにつれて、マメシバの呼吸が猛烈に激しくなり始めた。まるで蒸気機関車のように、鼻の穴から白い蒸気が噴き出す。比喩ではなく、現実に、である。
「ガウガウ、バウーッ!!」
 マメシバが一際大きく吠えた瞬間、その口から、紅蓮の炎があふれ出た。同時に鼻の二つの穴から蒸気が吹き上がる。再び突進してきた大ムカデをかわし、逆にその頭上に飛び乗ると、炎を帯びた口を大きく開けて噛みついた。大ムカデは苦し気にのたうち回るが、マメシバはバウーと唸り決して離さない。
「はっ!? えっ、えっ!?」
 マメシバの唸り声と、大ムカデの巨体が地面を打つ音に、ようやく目を覚ましたミャケ。口から炎を出しながら、大ムカデ相手に見事なロデオを披露するマメシバの姿を、驚きの目で見つめる。
向火葵ファイアフラワーの種を食べさせたんだ。たとえ表皮が固くても、熱は防げない」
 ボッカの言葉通り、大ムカデの頭部から白い煙が上り始めると、その動きがみるみる弱弱しくなっていった。やがてその巨体が痙攣を始め、小さく縮こまって動かなくなった。
 ボッカはミャケを背中から下ろすと、麻袋からまた別の種を一粒取り出した。
「よしマメシバ、もういいよ。おいで」
 ふふんと鼻を鳴らし、得意げに走り寄るマメシバ。まだ残り火の残る口元に、ボッカは取り出した種を与えた。
 それは落花生だった。

 ―続―
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