とある村での半農半勇てげてげライフ

サチオキ

文字の大きさ
4 / 18
種まきの章 ー 落花生と猫娘 ー

オレイユ・ド・ブールドネージュ

しおりを挟む
 やがて母屋の陰から現れたのは、白銀と見紛うばかりの美しい色の、長い髪の女だった。髪だけでなく、肌も透き通るように白い。おまけに瞳は大粒のサファイアをはめ込んで、しかもその後ろから月の光をくぐらせたかのように、静かに、かつどこか挑戦的に輝いている。ようするに、たいそうな美女だ。
「誰が性悪ですって? ミャケちゃん」
「げえっ、姉様……」
 その美女が微笑みながらたしなめると、ミャケは地団駄をやめ、決まり悪そうに手の甲の毛を舐め始めた。
 美女は、ミャケが地面に放り投げた銅の剣を、楚々としたしぐさで拾い上げた。彼女が屈むと、あたりにふわりと花の香りが漂う。傍にいたマメシバが、なんとも心地よさそうに目を閉じ、鼻をピクつかせた。すかさず仰向けに寝転び無防備な腹を見せ、愛撫をねだったマメシバだったが、彼女はそれには目もくれずに立ち上がった。
 マメシバは、無様に仰向けになったまま、くーんとむせび泣いた。

 

「わたくし、セイート・ビレッジ・ニュースの取締役をしております、ミフネと申します。妹を取材によこしたのもわたくしの判断です。先ほどは妹が大変失礼をいたしました。お詫び申し上げます」
「妹? ということは、ミャケさんのお姉さんですか?」
 ええ、と答えながら、ミフネはかぶっていた帽子をとった。帽子の下から、先端が愛らしく折れ曲がった、ピンク色の地肌が薄い白毛にうっすら透けて見える耳が現れた。
 ボッカはその砂糖菓子ブールドネージュのような耳と、ミャケの焼けぼっくいのような煤けた黒い耳とを、交互に見やった。
「ミャケ、自分から取材を申し込んだからには、せめて一日は勇者様に張り付きなさい。貴女も新聞記者の端くれでしょう」
「えー……。お言葉ですけど姉様、この人勇者じゃなくて無職のプー太郎なんですよ。モンスターだって本当に退治できるか怪しいもんですよ」
 口をとがらせるミャケ。ミフネは拾い上げた銅の剣をボッカへ差し出しながら言った。
「では、わたくしから勇者様に、モンスター退治のお願いをいたしましょう。そうすれば、ボッカ様が本当に勇者様なのか、無職のプー様なのかが、はっきりしますものね。ミャケちゃんは、ボッカ様の戦いぶりを取材して、記事にしなさい」
 へーい、と気のない返事をするミャケ。ボッカは剣を受け取りながら微笑んだ。
「わかりました。でも、夕方には帰ります。エサやりが遅れると、またニワトリにつつかれるから」

* * *

 ボッカとミャケ、そして何故かマメシバの三名は、セイート村の中央に位置する高台にある、遺跡群へと向かった。
 村全体を見下ろす位置にあるこの高台一帯は、セイート遺跡群と呼ばれている。広大な草原と田園が広がる中に、およそ300基の土造りの遺跡・祠が点在している。古の時代に、当時権力を振るった一族が埋葬された跡と言われているが、実はそれほど詳しいことはわかっていない。
 ミフネの話では、遺跡群の中でも一際大きい遺跡で、セイート村のランドマーク的存在でもある、通称「鬼のいわや」の中に、モンスターが巣を作りつつあるとのことだった。そのモンスターの退治が、ミフネからの依頼である。
「遺跡の中に巣を作るなんて、たぶん、テゲスズメバチくらいでしょ。ハチの駆除なんて、役所の生活課でもやってるっつーの。勿体ぶって、本当性格悪いんだから」
 ミャケは不満たらたらである。
「きれいで素敵なお姉さんじゃないの。若いのに新聞社の取締役もして、立派だと思うけど」
 ボッカが呑気そうに言うと、ミャケは両手をすくめて大きなため息をついた。答えるのもバカらしいとばかりである。
 気まずい空気を引きずりながら、一行はやがて台地を上り、遺跡群の一つ、鬼の窟へとたどり着いた。
「おー。あれか」
 ボッカがライトで照らした先には、米俵を三つ束ねてぶら下げたような、大きく薄気味の悪い土塊が、暗がりの中から三人を見下ろしていた。土塊は壺のように内部が空洞となっているようだ。壺の口にあたる部分から、ライトに反応してか、カラスほどの大きさの巨大なハチが一匹、ずるっと頭を覗かせた。
「ヒィッ!」
 ハチと目が合ったミャケが、ボッカの後ろにさっと隠れながら言った。
「そ、それで、どうするんですか。殺虫剤とか、何にも持ってきてないみたいですけど。まさか、この弓矢で巣を落とすとか?」
 ボッカは背中に弓と矢を背負っている。
「いや。それは危なそうだな。内部に何匹いるかわからないし、飛び回られると、手がつけられなくなる」
 ガチッ! ガチッ! という、固いものが勢いよく合わさる時の音がする。テゲスズメバチが、万力のようながっちりした大あごを、噛み合わせている音だ。今にも襲い掛かってきそうである。
 驚いて慌てて逃げ出そうとするミャケを制止するように、前に立ちふさがったのはマメシバだ。
「刺激しちゃだめだ。遺跡の出口まで、ゆっくり後ろに下がって」
 口ほどにもなく腰の引けているミャケを挟むようにして、一行は遺跡の出口まで後退した。その様子をうかがい、一匹、また一匹と、ハチが顔を出した。全部で四、五匹はいる。もし不用意に近づいたり、巣を叩き落したりすれば、取り囲まれて袋叩きにされていたかもしれない。
「よし。呪文を使おう」
「おおーっ!? やっと「っぽく」なってきましたね!? 炎の呪文バチバー系? それとも冷気の呪文シシーモ系!?」
 やにわに目を輝かせたミャケの前で、ボッカが何事かをブツブツとつぶやき、両手を広げて前に差し出した。十本の指の先端から、勢いよく迸ったのは……炎でも冷気でもなく、黒煙だった。たちまち遺跡の中に立ち込めた濃厚な煙は、出口から入る光も遮り、内部を完全な暗闇に変えた。その暗闇の中で、視界と呼吸、そして嗅覚を奪われたハチ達が、大パニックになって飛び回る音がする。初めは大型のディーゼルエンジンにもひけを取らないほどの飛翔音であったが、やがて少しずつ静かになった。煙が晴れると、遺跡の中には点々と、腹を見せて小さく縮こまった、変わり果てたハチの姿が残されていた。
「煙の呪文、モクスーモ。僕の十八番」
「地味」

 ―続―
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

貧弱の英雄

カタナヅキ
ファンタジー
この世界では誰もが生まれた時から「異能」と「レベル」呼ばれる能力を身に付けており、人々はレベルを上げて自分の能力を磨き、それに適した職業に就くのが当たり前だった。しかし、山奥で捨てられていたところを狩人に拾われ、後に「ナイ」と名付けられた少年は「貧弱」という異能の中でも異質な能力を身に付けていた。 貧弱の能力の効果は日付が変更される度に強制的にレベルがリセットされてしまい、生まれた時からナイは「レベル1」だった。どれだけ努力してレベルを上げようと日付変わる度にレベル1に戻ってしまい、レベルで上がった分の能力が低下してしまう。 自分の貧弱の技能に悲観する彼だったが、ある時にレベルを上昇させるときに身に付ける「SP」の存在を知る。これを使用すれば「技能」と呼ばれる様々な技術を身に付ける事を知り、レベルが毎日のようにリセットされる事を逆に利用して彼はSPを溜めて数々の技能を身に付け、落ちこぼれと呼んだ者達を見返すため、底辺から成り上がる―― ※修正要請のコメントは対処後に削除します。

二度目の勇者は救わない

銀猫
ファンタジー
 異世界に呼び出された勇者星谷瞬は死闘の果てに世界を救い、召喚した王国に裏切られ殺された。  しかし、殺されたはずの殺されたはずの星谷瞬は、何故か元の世界の自室で目が覚める。  それから一年。人を信じられなくなり、クラスから浮いていた瞬はクラスメイトごと異世界に飛ばされる。飛ばされた先は、かつて瞬が救った200年後の世界だった。  復讐相手もいない世界で思わぬ二度目を得た瞬は、この世界で何を見て何を成すのか?  昔なろうで投稿していたものになります。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる

街風
ファンタジー
「お前を追放する!」 ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。 しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...