とある村での半農半勇てげてげライフ

サチオキ

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間引きの章 ー 一本立て ー

菜の花御膳と思い出話

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 いつもは人もまばらなセイート遺跡群だが、今日は一味違う光景が広がっていた。村人がほぼ総出で集結している。頭には帽子、体にはヤッケと呼ばれる作業用の上着を羽織り、足元はゴム長靴。女性の中には、日焼けを防ぐために目元を除いて顔面のほぼ全てを布で覆っている者もいる。ほとんど覆面姿であるが、それでも互いの認識ができるのは、村人たちが普段から、互いの細かな所作や背格好などに気を配っていることの現れなのかもしれない。

「ああ、そんなことやってたら日が暮れますよ。もっと、こう! こうです!」

 その中に、ボッカらの姿もあった。村人たちに混じって、何かの苗らしき束を小脇に抱え、空いた反対の手でそれを一本ずつ取り出しては、足元に予め掘られた溝に等間隔で置いている。後ろ姿でもそれとわかるほど、ボッカの手際は際立って悪く、彼の担当する溝だけ進みが遅かった。見かねたミャケが近寄り、手本を見せる。

「いちいち手で植えなくていいんです。こうやって、上からぽんぽん投げて、土は足でかけていくんです」

 ミャケは言葉通り、苗を地面に放っては、足で近くの盛り土を崩して、その上に被せていく。苗は斜めに傾いたままだ。

「ずいぶん雑な植え方のように見えるけどなあ。そんなので本当に、春に花が咲くのかい?」

 ボッカは自らの手にある苗をしげしげと見つめた。長さは30センチほどで、根元からはボッカの縮れ髪のような根がひょろひょろと生えている。反対側の末端には萎れかけた葉が1枚ついているのみだ。はっきり言って頼りない。
 これは菜の花の苗である。ハナネの祭りでは、会場となる遺跡群は毎年、満開の菜の花で埋め尽くされる。そのための準備として、村人総出で苗を植えているわけである。
 ボッカは手元の苗を見て思った。畑に植えるより、このまままな板に乗せてザク切りにして、ミソ・スープの具にするのがいいのではないか。いや、塩ゆでして鰹節をかけてお浸しにするのもいいかもしれない。あるいは、刻んで米と一緒に炊き上げて菜飯にするとか。白米に緑の葉が混じって、見た目にも綺麗だろう。そうだ、この前コリ神父に貰った柚子の皮を刻んで乗せたら、見た目も香りも一段とよくなるに違いない。ゴマを振りかけてもいいかもしれない……。

「わはは。手が止まっとるよ」

 うつろな目をして立ち尽くしているボッカの下に、耕運機を押しながら男がやってきた。ボッカに家と畑を貸している、ベテラン農家のサンザである。

「心配せんでも、菜の花は強い植物やかい、ちゃんと育つから安心しないよ。ひと月もすれば、頭も自然と真上に向くわ」

 農業この道50年の大ベテランの言葉は重い。半信半疑だったボッカも言われるままに作業を始めた。それを見たマメシバも、後ろ足を使って近くの畝に土をかける。勢いよく飛んだ土塊が、ミャケの顔面に直撃した。

「こらー! マメ氏!」

 ミャケは最近、マメシバのことをマメ氏と呼ぶ。ミャケはマメシバを叱ったが、その手が菜の花でふさがっているのを見越してか、マメシバは悪びれる様子もなく、むしろ喜んでその場をくるくる回った。ハッ、ハッ、と短い息を吐く様子は、まるでミャケをからかって笑っているかのようだ。
 その時であった。

「お集りの皆様―! お昼の準備ができましたわー! 鬼の窟の前にお集りくださいませー!」

 ミフネの透き通った声が響き渡る。見れば、炊き出し用の大鍋の前で、エプロン姿のミフネが立ってこちらに手を振っている。
 ミフネちゃんの手料理が食べれるぞ、と、サンザを始め作業中だった村人たちが、いそいそと集まっていく。
 ちっ、とミャケの小さい舌打ちが聞こえた。

 *  *  *

 ミフネと役所の生活課職員が作った炊き出しは、偶然にも、ボッカが空想した菜の花づくしのメニューと一致していた。菜飯のおにぎり、菜の花のミソスープ、菜の花のおひたし。ボッカ達は、鬼の窟の外周部分に腰かけて、自分達がさっきまで作業をしていた畑を見渡しながら、それらを食べている。

「相変わらず美味しい所だけ持っていくのが上手いんだから。たまには自分も手を汚しなさいっての」

 土や菜の花の汁で汚れてしまった、手の甲の毛を繕いながら、ミャケは呟いた。

「ずっと前から仲が悪いの? その、差し支えなければ、だけど」

 ボッカは遠慮がちに聞いたが、ミャケはむしろ待ってましたとばかりに話し出した。

「本当に子供のころは、そうでもなかったんです。でも昔、ちょっと事件があって」

 これ見てください、とミャケはボッカに向けて口を開けた。ネコマタ族特有の、鋭い4本の牙が目立つ。しかし、そのうち右の上の牙は、よく見ると半ばほどから色が少し変わっている。

「ここ、一度折れたんです。自転車走らせてる時に転んでしまって」

 ミャケは10年以上前の話をした。まだミフネもミャケも、ガラスのビーズで作ったブローチが似合う子供だった頃の話である。

 ある雨の日に、とあるビーズ作家が一日限定で、セイート村で店を広げると聞き、姉妹はいてもたってもいられず、自転車で向かったという。

 しかし、慌てていたのと、雨で道がぬかるんでいたこと、そして何より、年長のミフネの出すスピードについていこうと必死だったために、ミャケの自転車は曲がり角で盛大に転んでしまったのだ。その時の衝撃で、ミャケの牙は折れてしまった。

 当時、周囲の人間は皆、ミャケ自身を責めた。日ごろの不注意やお転婆ぶりがそうさせたわけであるが、ミャケとしては、ミフネが全く庇ってくれず、安全なところから他人のように見つめているだけなのが、信頼を裏切られたように感じたらしい。

 折れた歯の治療は数か月続いた。ある日、疼く治療跡を抱えながら帰宅したミャケは、姉が何かを机の引き出しに慌てて押し込む姿を目にした。のちにミャケは、その正体をこっそり確かめることとなる。
 それは、二人があの日欲しがっていた、新品のビーズのブローチであった。


 ー 続 ー
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