木曜日のスイッチ

seitennosei

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木曜日のスイッチ。

最期の団欒。

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団欒を見つめる。
何度見ても胸が鳴る。
いくら見ていても飽きない。
明日から冬休みだ。
また2週間ほどこの絵を見られなくなってしまう。
目に焼付るつもりで見つめ続ける。
「おー、細谷!」
集中している背中に声を掛けられ振り返ると通り掛かった麻生先生だった。
「ああ、麻生先生。こんにちは。」
「おお。」
いつもの様に隣に並んできた。
麻生先生もここの常連でよく一緒になる。
今日も団欒の話になるのかな?
そう思いながらボヤっと絵を眺めていると思い掛けない言葉が耳に飛び込んできた。
「その絵な購入される事になったんだよ。」
「え?」
一瞬意味が分からなかった。
というよりも脳みそが理解を拒んでいる感じがして…。
購入される?
それは誰かの物になっちゃうって事なのだろうか。
「嫌です。」
「あはは。気持ちは分かるけどなー、山崎先生が決めた事だからな…。」
泣きそうだ。
受け入れられない。
そもそも、売り物だったの!?
いくらで誰が買うのか知らないけど、私だって欲しいのに。
狡いよ…。
目に見えて落ち込んでいる私に麻生先生は優しく提案してくれる。
「山崎先生の許可は得てるから…。写メりなさい。」
「写メ?」
「あー、最近の子は写メとか言わないのか…。えっとスマホで撮っておきなさい。細谷なら悪用しないって分かってるから好きに撮って良いよって山崎先生も言ってたから。な?」
 山崎先生の作品が購入できたなんて…。
もっと先生と話せる内にそういう事確認しておけば良かった。
入学式や団欒以外の絵も見せてもらえば良かった。
そうすれば手元に先生の絵を置いておけたのに。
いつでも先生の絵を眺める事が出来たのに。
私は渋々とスマホを取り出し最期になるであろう『団欒』を画像に残した。


終業式。
丁度木曜日だったので、授業は無いが出勤した。
職員玄関。
数ヶ月振りに壁から外し団欒を手に取る。
彩度が低く、全体的にくすんだ色。
やっぱり俺には立花亜樹のような鮮やかな作品は作れないのだろうな。
他人の作品を見る時は、好みとは別に優劣なく平等に評価分析が出来る。
だが、自分の作品となると途端にそうはいかない。
欠点ばかりが目について、もっと描けたはずだと思ってしまう。
満足なんて出来ない。
しかしこれを良いと言って購入してくれる人がいた。
そして細谷咲はまた絵の中に閉じ込められている本当の俺を見付けてくれていた事も知れた。
ジワジワと幸福感に全身が包まれていく。
もうそれで十分だ。
俺がこれ以上何かを望むのは贅沢だ。
早く『団欒』を包んで木内先生に渡さないと。

その後『団欒』と引き換えに木内先生から受け取った封筒は分厚く、確認すると五万円分の商品券が入っていた。
恐縮し返そうとするも頑なに受け取っては貰えなかったので諦めて有難く頂戴する事にした。
その商品券は今後の制作費として画材屋さんで使おうと思う。
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