休憩室の端っこ

seitennosei

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頬を伝う涙を優しい指先が掬っていく。
その優しい指の持ち主に抱きつき、私はズルズルと色気なく鼻を啜る。
両腕で強く包み込まれ、背中と頭に添えられた手の平の温かさに安心する。
体格差はそんなにないはずなのに、大きな手の平と骨ばった身体に、自分にはない逞しさを見た。
隙間を埋めるように身体を密着させると、まるでパズルのピースが嵌るみたいにしっくりくる。

海くんのため息が首筋を撫でる。
「あー、ダメだ。認めた途端に…好き過ぎる。」
そう苦しそうに呟いて、息苦しくなるくらい腕に力を込めてくる。
「大切にしたいのに、全力でギュッてしたくなる。凄い…怖い。でも、…離したくない。」
掠れた声で絞り出すように囁くから、私まで胸が苦しくなる。
「きっとこうなるって何処かでわかってたから、好きだって思わないようにしてたんだ。多分これから俺凄い気持ち悪くなるよ。今も我慢できなくて一花さんの匂い凄い嗅いでるし…。」
そう言って、私の髪に鼻先を填めて深呼吸している。
確かにすごい変わり様だ。
それでも気持ち悪くなんて思う筈がない。
どれだけ海くんに触れることを切望していたことか。
どれだけ距離を必死で詰めてきたことか。
想いが通じ、尚且つこんなに甘々になったことは嬉しい誤算ではあったが、負の感情なんて生まれようもない。
「気持ち悪く思う訳ないじゃん。海くんは私がどれだけ海くんを好きかわかってないなぁ。」
幸せともどかしさで胸がキュッと詰まり、私もため息を吐きながら海くんの首筋に鼻を擦り付ける。
「はーっ。…俺、高橋くんとか、田島さんのこととか嫌いになりそう…。」
淡白だと思われた海くんが私に執着している。
予想外の発言に笑みが零れる。
「…ふふっ。もしかしてヤキモチ焼いてくれるの?」
「もう一花さんは俺のだから。」
少しづつ緩くなっていた腕に再度力を込め、私を抱き潰す。
力強い抱擁と幸福感で窒息しそうになる。
このまま死んじゃっても良いとさえ思う。
前に常連のマダムが「シャイな男は良いわよ~。心を開かせるまで手の掛かるところも可愛いし、何より心を開いた途端に全部曝け出すようになるのが愛しいのよ~。」と語っていたのを思い出した。
間違えたり遠回りしたこともあったけれど、海くんがこんなに心を開いてくれるなんて、これまで頑張ってきた甲斐があった。
「全部海くんの物だよ。」
両手で海くんの頬を包み、額をコツッと密着させ見詰め合う。
「あー、もう…。我慢しようとしてるのに…。」
海くんは大きくため息を吐くと、ガシッと音がしそうな勢いで私の頭を両手で掴み、唇を食べてきた。
気持ちが通じあってからする初めてのキス。
無理に舌を捩じ込む先程とは違い、はむはむと唇を合わせ、優しく味わうようにゆっくりとしている。
それでも腕で逃げ場を塞がれ、じわじわと征服されていく。
「ふ…ぁ…、ん、海くん…。」
堪らなくなり、合間に名前を呼ぶ。
「…それ、…名前呼ばれるのヤバい…。」
口が離れ、何度目かわからないため息を吐きながら耳元で囁かれる。
「一花さん。…好きだよ。」
その瞬間、鳩尾の辺りからブワッと何かが生まれ、吐息と一緒に口から逃がさないと身体が破裂してしまいそうな程溢れ出てきた。
全身にゾクゾクと鳥肌が立ち、涙目になる。
「…ホントだね。名前呼ばれるのヤバいね…。」
私も自然と背中に回した腕に力がこもる。
「海くん。」
首筋にキスをしながら囁く。
海くんは今までで一番大きなため息を吐き、その後鼻を啜った。
そして潤んだ目で顔を覗き込んでくる。
「一花さん、俺のこと本当に好きなんだね。」
「ふふっ、なにそれ。今更?」
笑う私に釣られて、海くんは優しく微笑んだ。
「ねえ、一花さん。この先また俺が卑屈になっていじけたこと言ったりしたら名前を呼んでくれる?」
「うん。」
「一花さんが呼んでくれるとさ、こんな俺なのに本当に愛されてるんだって思えるんだよ。」
私は愛おしくなり海くんの頭を胸に抱く。
「海くんは自分の良さを知らないんだね。」
髪を解くように撫で、出来るだけ優しい声色で言う。
「私が海くんの良いところ知ってるから大丈夫。これから出てくる良いところも全部見つけるから大丈夫。」
両手で頭を包んでこちらを向かせる。
先程より更に潤んだ瞳で私を捕える。
「目うるうるしてる。可愛い。」
頬が自然と綻ぶ。
「一花さんだってうるうるしてるよ?ほっぺたもピンク色で火照った顔して、最初からずっと可愛いかった。」
自覚がないところを指摘され途端に恥ずかしくなる。
耳まで熱くなり、顔を背けようと横を向くと、手で優しく正面を向かされる。
「隠さないで。」
海くんの目の奥が鈍く光る。
私の挑発に乗ってきた時と同じ、雄の顔をしている。
それにさっきから気になっていたことが一つある。
「海くんさ、結構前からずっとソコ…元気になってない?」
「ソコって?コレのこと?」
私の腰を両手で固定すると、下腹の辺りに硬いモノを押し付け、下から突き上げてきた。
「これに関しては一花さんが悪いよ。泣いて怒ってる時も、優しいこと言ってくれてる時も、首にエロくキスしてくる時も、全部何してても可愛いんだから。」
そのまま腰を持ち上げられ、ゆっくりと布団の上に降ろされる。
「ずっと良い匂いするし、触ると柔らかいし…。」
顔が近付き、チュッと触れるだけのキスをされ、後ろに押し倒される。
「俺にこんなこと教えたのは一花さんなんだから責任取ってね。」
脇腹を撫で上げ、両手がTシャツの中に侵入してくる。
「んっ。…待って、海くん。」
「今名前呼ぶのは逆効果だよ?」
ニッコリと可愛い顔で笑っている。
「一花さんも明日休みだよね?」
「…。それ…何の確認…?」
いつの間にか無邪気な笑顔から、悪い顔に変わっていた。
私の質問には答えないまま悪戯っぽくこちらを見ている。
「ゴムあと5個残ってたね。」
「ねぇ、それ何の確認?」
また顔が近付く。
「もう黙って。」
目を閉じる直前に見た顔は、照明の逆光で暗いはずなのに目がギラギラと光っていた。
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