傾く方へ

seitennosei

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傾く方へ。

洗い流す。

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古びた木造二階建てのアパート。
ぎしぎしと軋む階段を二人で上がって行く。
「ホントここヤバいでしょ?」
数段上を行く木内さんは振り向きながら笑った。
つられて笑いつつも私は心底驚いていた。
オシャレで拘りが強そうな木内さん。
その人が本当にこんな古めかしい場所に住んでいるのか?
「木内さんって、『この人何が収入源なの?』って不思議になるくらいオシャレなマンションに住んでる人みたいなイメージでした。」
「はは。SNSにやたら湧いてる奴等な。アイツらホント何者なんだろうな。」
階段を登りきり、今度は足音が目立つ通路を奥へと進む。
「オシャレ振ってても所詮は雇われ副店長ですよ。立地と部屋数優先したらこれが限界。」
「煌びやかに見える販売員の悲しい実態ですね。」
「そうだよ。」
木内さんは一番奥の部屋の前で立ち止まる。
そして解錠し扉を開くと「ま、中は綺麗にしてるから寛いでよ。」と言い、私を中へ招き入れた。

入ってすぐ玄関の右横にトイレの扉と洗面所が見えた。
「その奥にお風呂。お風呂とトイレだけはリフォームされてて綺麗だから安心して。」
「お邪魔します…。」
パンプスを脱ぎ短い板張りの廊下を進むと、目隠しのロールカーテンが途中まで垂れ下がっていて奥の部屋がどうなっているのかが見えない。
「急いで家出たから…。閉めきれなかったわ。」
木内さんが愚痴りながらカーテンを完全に巻き上げると、そこには10畳程の空間が広がっていた。
正面奥にセミダブルサイズのベッド、その隣にミシンの乗った大きな作業台が並ぶ。
「へー…リビングにベッドですか?」
「はは、そうなんだよ。」
ポケットから出した財布やスマホを作業台に置きながら部屋を見渡して木内さんは笑う。
「寝室と作業場を確保したくて2LDKもあるアパート探したのにさ…、部屋が2つとも和室でさ、この作業台とベッド置くと畳が傷んでダメだった。結局唯一板張りだったここしかデカい家具置けなくてこんな感じになったよ。」
「あはは。意外と計画性ないんですね。」
「計画性あったらこんな人生歩まないだろ。」
二人で笑った。
なんでもない会話の楽しさ。
木内さんの事を知っていく喜び。
それと同時に何も知らなかったんだと思い知らさてもいる。
もっと知りたい。
けど知ってどうなるの?
木内さんとこの先なんてないのに…。
「とりあえず風呂…どうぞ。」
「あ、はい…。ありがとうございます。」
感情が忙しい一日だった。
生理痛なのか頭も痛い。
兎に角お風呂で暖まろう。
そして嫌な感情ごと洗い流してしまおう。
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