傾く方へ

seitennosei

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傾く方へ。

物理的な熱だけの交換。

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ボロいアパートの前に佇む。
みーがこんな所に住んでいるなんて少し前まで知らなかった。
私は自分のテリトリーに他人を入れる事はしないけれど、みーだけは特別で。
本当の私を見せる事が出来るし理解してもらいたいと思っている。
だから会うのはいつも私の家で、それは愛情表現として当然みーにも伝わっているって勝手に思い込んでいた。
きっとみーは自分の家にも私を招きたかったんだと今なら分かる。
私のテリトリーに踏み込んで私を理解しようとしてくれていた様に、私にも踏み込んで来て欲しかったのだろうし、理解して欲しかったのだろう。
私は自己開示している事に満足していて、本当の意味でみーと向き合った事がないんだと今更に思い知った。
みーは私を見てくれていたのに。
失いたくないのなら向き合わなければ…。
階段を上がりみーの部屋の前に立つ。
一度深呼吸。
そしてコンコンッとノックをする。
少しの間を開けて「…はい。」と、落ち着いているみーの声。
「みー、私…。」
応えると直ぐに解錠の音が聞こえ続けて扉が開いた。
「凛子…。どうぞ。」
「お邪魔します。」
玄関に足を踏み入れ感じる違和感。
どうぞ。お邪魔します。だって…。
きっとユリがここに住んでいた時は「おかえり」と「ただいま」でお互いを迎え合っていたんだろうな。
嫉妬と言うよりも、やっぱり私だけが誰かと幸せになるなんて出来ないんだと突き付けられているみたいで悲しかった。
不穏な空気に二人とも暗くなる。
こんなの、ああ私達上手くいってないよねって、嫌でも自覚してしまう。
先に部屋に戻ったみーはベッドに腰掛けた。
続いて部屋に入った私もその横に座る。
「みー。ユリ、横浜に行っちゃったよ。」
「…あー、うん…。」
「知ってたんだ…?」
「…うん。」
「どうするの?」
「どうするって…」
みーは情けない顔で私を見た。
そして「どうもしないよ。俺は凛子の彼氏なんだから。」と弱く笑顔を見せてくる。
やつれた顔。
クマが酷くて、頬が痩けていて。
まるで覇気がない。
心にもない事を言っちゃって…。
いよいよみーともダメなんだと思うと胸が痛む。
いや。
もうとっくにダメだったんだろうな。
でも嫌だな。
みーは失いたくないな。
どうにか出来ないかな。
私はみーの手を握ってしっかりと目を合わせた。
「じゃあ、私達ちゃんとしよう?今まで滅茶苦茶した分、私みーの為にちゃんとするから。」
「…。」
「みー?」
「ごめん。」
突然の謝罪。
ああ、やっぱりダメか。
そう思い、終わる事を覚悟したけれど、次に私の耳に飛び込んできたのは想像を絶する言葉だった。
「俺、あの子をレイプした。」
頭の中が真っ白になった。


「なんで!?」
気が付くと私はみーの胸ぐらを掴んでいた。
そしてあらん限りの声で叫ぶ。
「なんでよ!?」
「…。」
「なんでユリに酷い事したの!?」
私は混乱していた。
だって、みーとユリってお互い思い合ってるんじゃないの?
レイプってどういう事?
ユリがみーを嫌がったの?
みーがユリに乱暴な事したの?
そのどれも全く想像がつかない。
だけど、私はユリに泣いて欲しくなくて。
きっとユリが居なくなったのは私のせいだし、どの口が言ってんだって話なんだけど。
ユリがこれ以上傷付くのは嫌なんだ。
自分でも分からないけれど、みーに怒りをぶつけずにはいられない。
「可笑しいじゃん!ユリとみーって両思いじゃないの?なんでそんな事になったの?」
「分からない…。俺はあの子の事何も知らない。いつも受け入れてくれてたけど、最後の日はなんかずっと泣いてて…。めちゃくちゃ怒ってたし。なのに俺…。子供出来ちゃえば良いと思って…」
「中に出したの?」
コクンと頷くみー。
その頬を振りかぶってぶん殴った。
ゴッと鈍い音がしてみーはベッドに倒れ込む。
初めて人を殴った。
手が痛い。
だけどそれでも怒りが治まらなくて私は叫んだ。
「合意もなく!?嫌がるユリの中に出したって事!?」
「…うん。」
「そんなっ…。」
声が震える。
ボタボタと涙が自分の腿に落ちた。
子供をつくるなんて。
それはそんな一時の感情で犯していい罪じゃない。
不意にママに振り回された子供時代が蘇り悲しくなる。
みーがそんな事をするなんて…。
きっと全部私のせいだ。
私のせいでユリとみーは出会って。
私が振り回したせいで二人は可笑しくなった。
どうしよう。
どうやって償おう。
嗚咽しながら纏まらない頭で考えているとみーが唸る様に吐き出した。
「凛子はさ…。俺の事好きじゃないよな?」
「…は?」
「前から思ってたけど…。凛子はさ。ユリが好きなんだよ。」
「…っ。」
言葉が出なかった。
突っ伏してこちらを見ないまま淡々と話し出したみーを呆然と見る。
「ユリの彼氏だったから岡田君にちょっかいかけて、今度は俺がユリと仲良くなったから、また俺に執着し始めたんだろ?」
「ちがっ…」
「違わないよ。セックス中たまに呼ぶ『みのるさん』って誰だよ。俺じゃないんだよな?」
「ちがうっ!みーの事だよ?」
「良いよもう。『みのるさん』の代わりでもユリを好きでも。」
「みー…。」
「そのかわり今まで通りでいよう?向き合うとかちゃんとするとか要らないから。今まで通りお互いに好き勝手して一緒に適当に生きてこう?俺も凛子もそういう人間じゃん?」
背筋が凍りつく。
目の前のみーは私の知っているみーじゃなくなっていた。
余りの不気味さに全身から冷や汗が吹き出す。
だけどここまでみーを壊したのは私で…。
私はまた決定的に壊してから自分の誤ちに気が付くんだ。
「あの子を傷付けたんだから、俺達だけ向き合ってちゃんとするとか許されないよ。俺達はずっと一緒に利用し合ってれば良いよな?」
「…。」
嫌だ。
私はきちんと愛されたい。
こんなみーなら要らないと、瞬間的に思ってしまった。
だけどそんな事はとても言えない。
ボロボロになりながら自暴自棄になっているみーの姿が、ママにもパパにも捨てられた時の自分と重なって置いて帰れなかった。
みーの上体を抱え上げ胸に抱く。
「分かった。一緒に地獄に落ちようね。」
まるで逃げ出したくなる自分に言い聞かせる様に口にしてみたけれど、全く心がこもらなくて自分で笑いそうになった。
みーも大人しく抱かれてはいるけれど、抱き返してきたり肯定の返事をする事はなくて。
その後私たちは全く心を通わせないまま、ただ物理的に熱だけ交換した。
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