休憩室の真ん中

seitennosei

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平日22時過ぎの休憩室。
30分程前に上がり、着替えを済ませた俺は、何となく一人缶コーヒーを飲みながらダラダラしていた。
「お疲れ様です。」
「おー、おつかれー。」
休憩室に入ってきたのは汐ちゃんだった。
チラッと俺を見ながら横を通り過ぎ、奥のロッカーから私服を取り出している。
椅子に腰掛けたまま振り返って、その後ろ姿を盗み見る。
「ちっちぇー身体だな…。」
ぼそっと呟いたのが聞こえたのか、急に汐ちゃんは振り向いた。
「何ですか?」
「…。いや?別に…。」
下手くそか。
絶対別にじゃねぇって思われていることだろう。
汐ちゃんはロッカーを閉め、着替えを抱えて立ち上がるとこちらを向いた。
「高橋さんがデリカシーのない人だってことはもう知っているので、何言われても驚きませんから。なんて言ったのか言ってください。」
涼しい顔でサラッと酷いことを言う。
でもこういうズケズケ言ってくれる感じは嫌いじゃない。
それに嫌われている状態からはじまっているから、よっぽどの事がない限り、これ以上嫌われ様もない。
その分俺も本音が言い易い。
「汐ちゃん、身長いくつ?」
「…。150cmくらい?…です…。」
「ふっ。」
「何笑ってるんですか?気持ち悪い…。」
何でも言えって言った割に、答えにくそうにしていたのが可愛いくて、思わず笑ってしまった。
「今の言い方、絶対150ないでしょ?」
揶揄うように突っ込む。
「あ、ありますよ!調子の良い時は150cmあります!」
「あはは。何だよ、調子の良い時って。」
久しぶりに腹から声を出して笑った気がする。
「ほんっと、汐ちゃんは可愛いなー。」
やべぇ。
あまりにも楽しかったから、ついついポロッと口から出てしまった。
また怒られる。そう覚悟していると、真顔の汐ちゃんがゆっくりとこちらへ歩いてきた。
俺の横まで来た所で立ち止まる。
至近距離から見下げられ、ドキリと心臓が鳴った。
真顔で見下したまま口を開く汐ちゃん。
「この前の仕返しのつもりですか?」
途端に先日の痴態を思い出す。
この休憩室で、離れた場所に座りながら目を合わせて、大勢の人の中で二人にしかわからないコミュニケーションをとったあの時のこと。
俺は汐ちゃんに無声でからかわれたんだった。
顔が熱くなる。
思い出し、狼狽える俺の様子に気分を良くしたのか、汐ちゃんはニヤリと笑う。
「高橋さん。弱みを握っているのは私なんですよ?私に勝てるなんて思わないで下さいね?」
ゾクゾクと何かが背中を駆け登っていく。
150cm未満の子供みたいな女の子に脅されて、胸が苦しくなる。
弱みがどうとか関係なく、俺はこの子には敵わないと思いしらされる。
放心している俺をそのままに、汐ちゃんは更衣室の中に入って行った。
暫く呆然と更衣室のカーテンを眺めているともう一人休憩室に入ってきた。
「お疲れ様です。」
「おー、海。お疲れ。」
濱田さんに頼まれ、少し残業をしていた海がやっと上がって来た。
会えると嬉しい反面、一花への気持ちを自覚して以降、一方的に若干の気まづさを感じている。
そんな俺に気付くことなく、海は屈託なく接してくる。
「高橋くん、まだ居たんだね。丁度良かった!服の事で相談があってさー。」
海はロッカーに着替えを取りに行きながら口を開いた。
そして素早く着替えを引っ掴むと、今度は小走りで更衣室に向かった。
「すぐ着替えるからちょっと待ってて!」
俺は嫌な予感がして声をかける。
「ちょっと、海!更衣室使用ちゅ…」
「え?何?」
「おい、バカ!開けるな!」
そう言い終わる前にシャッと小気味いい音をたててカーテンが開かれた。
俺は咄嗟に顔を逸らし、壁を見る。
「!?」
「あ、汐。」
「お兄ぃ!てめぇ!」
「ごめん。」
「死ね!」
バチンッと音がした後、またカーテンが閉じられた音がした。
きっともう顔を戻しても問題ないのだろうが、気を落ち着かせるために暫く壁を眺めることにした。
「高橋さん!」
更衣室の中から汐ちゃんが叫ぶ。
「何?」
俺も大声で応える。
「今、何か見ましたか?」
「なんにも見てない!ホント大丈夫!」
食い気味に返す。
後ろめたくて冷汗が出る。
本当は一瞬だけど見た。
下は着替えが済んでショートパンツらしき物を履いていたが、上はブラだけだった。
てか、おっぱいがデカかった。
シンプルで飾りっけのない、淡い水色のブラ。
ブラのサイズ自体かなり大きそうなのに、くい込んで収まりきらなかったおっぱいがポヨンとはみ出し、ブラの上に乗っていた。
何だ、あの破壊力は。
正直驚いた。
あんな子供みたいな見た目なのに。
いつもトップスはダボッとした物を着ていることが多かったから、意識したことがなかった。
身体の全てのパーツが小さくて細いのに、おっぱいだけ次元が違う。
興味深い情報ってのは、ほんの一瞬見ただけでもここまで脳にインプットされるのか。
人間って凄い。
俺が人間の潜在力について考えていると、海がしょんぼりと項垂れながら俺の隣の椅子に座った。
「久しぶりに汐に怒られた…。」
見ると左頬が赤くなっている。
「お前ら兄妹、ほんとおっちょこちょいだな。」
込み上げる笑いに堪えきれなくなる。
「ふはっ。ホントお前、基本的にしっかりしてるのに、急にやらかすの何なの?俺使用中だって声掛けたのにさー。」
「だって、高橋くんと早く話したくて…。」
赤い頬を擦りながら上目遣いに海が言った。
この兄妹、ホント何なの?
急に可愛くなるのもやめて欲しい。
シャッとカーテンを開け、しっかりと着替え終えた汐ちゃんが出てきた。
怒りが収まらない表情で海を睨んでいる。
「お兄、ほんっと信じらんない。私だから良かったけどさ。」
「面目ない…。」
足早にロッカーへ向かいながら続ける。
「ホント!気をつけてよ!」
「はい…。」
どっちが上かわかんねぇな。
しょんぼりしている海と、プリプリ怒っている汐ちゃんを見て、また笑えてきた。
「ちょっと、いつまで笑ってるんですか?」
汐ちゃんの怒りの矛先が俺に向く。
「ごめんごめん。ジュース奢るから、今から一緒に海のファッションチェックしようぜ。」
そう言って、入口近くの自販機前に立ち、汐ちゃんに向かって手招きをする。
「…良いですけど…。」
ジュースに釣られたことが恥ずかしいのか、急にしおらしくはにかみながらこちらに向かって来る。
小さな身体でテクテク歩いて来るのがまた可愛い。
フリルのあるふんわりとしたブラウスを揺らしている姿の中に、一瞬先程の下着姿が重なる。
「高橋さん。…どこ見てるんですか?」
目の前まで来た汐ちゃんが訝しげに言う。
気付いたら胸元を凝視していた。
「いやいやいや!今日もオシャレだなーと思って見てただけ!ブラウスをね!」
完全に疑った目で見つめられる。
女の子ってわかるって言うもんな。
男の視線。
「ふーん…。じゃあ良いですけど。」
汐ちゃんは全然良くない感じでそう言った後、ボソッと呟く。
「…いやらしい。」
その言葉を聞いた瞬間、これ以上汐ちゃんに嫌われたくないと思った。
その一心で慌てて口走る。
「いやらしい目でなんて見てねぇから!汐ちゃん確かに可愛いけど、かなりのロリっ子だし!海の妹だし、そういう目で見ねぇから!」
一瞬、汐ちゃんの表情が曇る。
そしてボソッと何かしらを呟いた。
「え?」
「それは良かった。って言ったんです。私だって高橋さんなんてそういう目で見ないですし。丁度良かったです。」
汐ちゃんを安心させたくて言ったことなのに、何だか怒らせてしまった。
「何ボーッとしてるんですか。早く奢って下さいよ。」
汐ちゃんはいつもの調子を取り戻し、ミルクティーのボタンを押しながら見上げてきた。
俺は急いでポケットから小銭を出すと、自販機に投入する。
ガコンと出てきたミルクティーを取り出し、海の向かい側に着席する汐ちゃん。
本当はさっきの呟き、少し聞こえていた。
聞き間違いでなければだけど「一花さんみたく大人っぽくないから?」て呟いていたように聞こえた。
ただ汐ちゃんが一花に張り合う意味がわからなくて聞き返してしまったけど、次に彼女が口にした言葉は全く別の物だったから、それ以上確認の仕様がなくなってしまった。
一花みたいに大人っぽくねぇ…。
身体が小さいのがコンプレックスなのか。
幼い雰囲気がコンプレックスなのか。
そのどちらも魅力の一つだと俺は思うけど、汐ちゃんにとってはそうでないのか。
それとも他に一花になりたい理由でもあるのだろうか。
一花になれば手に入る物があるとか…。
例えば…。
海…とか?
もしかして、汐ちゃんって海が一花の物になってしまったから落ち込んでいるのか?
俺は1つの結論に達してしまった。
汐ちゃんはブラコンである。
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