休憩室の真ん中

seitennosei

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帰り道。
気まづそうにちょっと離れて歩く汐ちゃん。
俺はグッと距離を詰める。
離れていては咄嗟の時に守れないかもしれない。
だけど心配している素振りを見せれば遠慮されてしまう。
「女の子成分摂取させろって言ったろ?もっと近くにいねぇと意味ねぇだろ。」
笑わせるつもりで口にしてみたが、自分で言っていて恥ずかしくなった。
ストーカーより気持ち悪いじゃねぇか。
「高橋さん、キモい。」
容赦ない汐ちゃんの反応。
それでも顔は楽しそうに笑っている。
「はー。仕方ないですねぇ…。」
そう言うと、俺のジャケットの裾を掴み、肩が触れるくらいくっ付いて、見上げてきた。
ああ、ヤバい。
可愛すぎる。
夢であれだけ色々しているのに、現実では洋服越しに体温を感じただけで胸が痛くなる始末。
童貞かよ。
甘い空気に浸っていると思いもよらない言葉をかけられた。
「高橋さん、…ごめんなさい。」
「え?」
「はじめて会った時とか、最初の頃の態度とか…。」
「ああ、なんだ…。」
心を読まれて、突然振られたかと思って焦った。
拒否された訳ではないとわかり、胸を撫で下ろす。
「あん時の俺、馴れ馴れしかったもんな。」
当時を振り返って自然と笑みが零れた。
「違うんです。私が勝手に…、元彼とか揉めた人達と重ねちゃって、八つ当たりしてただけなんです。ごめんなさい。」
立ち止まり、いつもは見せない弱々しい顔で見上げてくる。
「気にしてねぇよ。」
俺も歩みを止め、正面に立つと汐ちゃんの頭に手をポンと乗せる。
「あの時、高橋さんは荷物を拾ってくれたり、嫌な態度とった私を責めたりしなかったのに、私は今までお礼も言っていなくて…。」
泣き出しそうに、声を震わせている。
そんなことを気にしていたのか。
いじらし過ぎる。
あの時の俺がどう感じたのかをしっかりと伝える必要があると思った。
「俺ね、初対面の女の子に冷たくされたの初めてだった。」
目を潤ませて汐ちゃんは悲しそうに下を向いた。
「ごめんなさ…」
「俺さ、汐ちゃんと出会ってなかったら、まだ元カノといい加減に付き合ったままだろうし、一花への気持ちも自覚してねぇだろうし、ユナちゃん口説いたり、今でも平気で女の子傷付けてたろうなって思う。」
黙って下を向いたままの汐ちゃんの両手をとる。
「俺が気付いてねぇだけで、俺に傷付けられて、なんも言わないで離れていった人って沢山いるんだと思うんだよ。汐ちゃんはさ、無視したり離れるんじゃなくて、俺に不快だって意思表示してくれたじゃん?」
「それは…!」
汐ちゃんは一瞬、パッと顔を上げるも、目が合った途端再度下を向いてしまい、呟くように続ける。
「高橋さんじゃなくて、別の人に対しての怒りを八つ当たりでぶつけてただけで…」
「それでも。」
食い気味で強く言う。
「それでも俺は感謝してんだよ。俺みたいな奴に傷付けられた経験のある汐ちゃんが、素直に嫌悪感を表現してくれたお陰で、俺はこのままじゃダメだって思えたんだからさ。」
黙って下を向いているツムジを眺め、汐ちゃんの指を握ったり、自分の指を絡めたりしながら間を繋ぐ。
不意に、その手に力が込もり、握り返された。
「でも、やっぱり、あれは八つ当たりです。高橋さんはあの時から私の過去に会った人達とは違います。」
再び汐ちゃんは顔を上げた。
今度は長く目が合う。
「あの時はごめんなさい。あと、ありがとうございます。」
照れ笑いで顔を綻ばせてお礼を言う汐ちゃん。
気付いたら抱きしめていた。
自分でもビックリしたが、これで確信できた。
俺は汐ちゃんが好きだ。
本当はもっと前からわかっていた。
だけど一花への気持ちが完全に変化する前に、汐ちゃんのことも好きになっていたせいで、なかなか認めることが出来なかった。
美玲を振り回し、散々人を傷付けてきた俺が変わるためには、一花を一途に思い続けなくちゃいけないと自分に課し、気持ちの変化から目を背けていた。
だけどもうはっきりと自覚した。
ついさっきまでは、好きかどうかじゃなくて先ずは信頼関係を築くのが優先だとか、守るって意気込みじゃ拒否られるとか、色々考えていたのに、全て吹き飛んでしまった。
グイッと強く抱き寄せたせいで爪先立ちになっている汐ちゃんに、目頭が熱くなるほど胸が苦しくなる。
些細な仕草まで全てが愛おしい。
「高橋さん?」
苦しそうな声が耳をくすぐる。
「お願いだから、俺に守らせてくれ。」
気持ちが溢れ喉が詰まり、掠れた声で訴える。
「俺が出来ること全部したい。俺に守らせて欲しい。」
返答はない。
ただ、汐ちゃんはモゾモゾと少し身を捩ると、細い両腕で抱き返してきた。
「高橋さん。女の子成分、これじゃ過剰摂取ですよ?」
「ごめん。でも全然足んねぇ。」
更に強く腕に力を込める。
小さくてすっぽりと収まる身体。
俺の鳩尾の辺りに、柔らかい胸が押し潰される感触がした。
甘く鼻腔をくすぐる匂い。
耳に届く呼吸音。
これが、本物の汐ちゃんなんだ。
目覚めた後悲しくなる程に、夢の中でも幸せを感じていたけど、感触も匂いもリアルはそれどころではない。
怖いくらいゾワゾワと背中を駆け上がって来る幸福感に目眩がした。
そして、いつぶりだろうか。
気付いたらアレが半分立ち上がっている。
うそだろ?
治ったかもしれない喜び半分、今かよ!?の焦り半分。
抱きしめる為に少し屈んでいて隙間がある分、バレてはいないと思われる。
兎に角、汐ちゃんと身長差があって良かった。
この後どうしたもんかと、少し冷静になりかけた時、腕の中の汐ちゃんがピクッと身を強ばらせた。
ヤバいバレたか?と覚悟するも、どうも様子が可笑しい。
「汐ちゃん?」
状況を確認しようと身体を離すと、「待って!」と言って、首に腕を回してきた。
一瞬、「ひゃっほう、積極的!」と喜びかけたが、何かから身を隠す様に縋り付いてくるのを見るに、それどころではない。
人通りのほとんど無い道の先から足音が近付いてきていた。
もしかして、付き纏いの張本人か。
汐ちゃんを庇うように、俺も身構えた。
数メートル先に大柄な若い男がいる。
暗くて顔はよく見えない。
こちらの方に歩いてきており、どんどん近付いてくる。
街灯の光が届く範囲に入ってきた瞬間、そいつの顔を確認する。
格好や肌質から若そうなのに、どっしりと構え、妙な落ち着きがある。
襲われたら勝てないだろう。
喧嘩に持ち込まないように話して解決するしかない。
瞬時に色々なことを覚悟した。
ただ俺の心配を他所に、そいつに俺達を見ている様子はなく、真っ直ぐ前を見て歩いている。
そして通り過ぎざま、不快そうにこちらをチラッと見てきたが、そのまま立ち去って行った。
「違った…。」
俺の腕の中からホッとした声が聞こえてきた。
そうか、人違いか。
緊張が解けた途端に脇から汗が吹き出した。
とりあえずの一安心。
それにしても怖かった。
汐ちゃんに何かあったらと考えると心臓が痛くなった。
守り切れるのかと、ほんの一瞬で不安に襲われた。
確実に守るには、情報が必要だ。
万全の用意をしておきたい。
「汐ちゃん。」
肩に手を置いて見詰める。
「何があるのか話してくれ。」
汐ちゃんは困ったように目を逸らした後、ちょっと考えてから、ぽつりぽつりと話し始めた。
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