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正声
十七拍・鳳勢(弐)
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中秋節が過ぎると、姫君の体調はより回復してきた。そうなると、専ら気になるのは琴道のことである。
中秋節に南唐琴門会合し、何参の南風、姫君の威神、兼保の師襄、蔭元朝臣の月琴が一つ所に集まって、その音の美しさを改めて実感すると、どうしても舜琴と龍舌がないことが惜しまれた。その二張はどこへ行ってしまったのかと、皆嘆いたのだった。
龍舌は実は密かに姫君が持っているのだが、それを明らかにすると、女房の讃岐の身が危険に晒されるから、おくびにも出せない。
だが、舜琴を惜しむ気持ちは、姫君も同じだった。
いや。舜琴のみではない。鳳勢、文王などの呉楚派の名器や洛神図、譜や楽書が数多没収されてしまったことは、残念でならない。
姫君は取り戻せるなら取り戻したかった。
その意を汲んで、兄君の宰相中将殿は、ある時帝に訴えた。
そんな彼に、帝は実に嫌そうな顔をした。
「おことは以前にもそれを言うたな。くどいぞ。朕は誰にも下賜する心づもりはない。あれらは国の宝や」
「……」
どうにも帝は、清花の姫君へ下さろうという気がないらしい。
仕方がないと、そこで宰相中将殿は作戦を変更した。真っ向から行っても駄目ならば、外野の力を借りて攻める。
「宮のお口添えを給わりたく、頼周、お願いに参りました」
と、中宮を訪ねたのだった。中宮からも帝にお願いして欲しいと、頼んだのである。
中宮は頷いて、
「私も、姫君が持ってこそ価値のある品々だと思っております。弾きこなす力のある者もないのに、宮中に置いても仕方がない。琴は弾くためのものなのであって、飾って眺めるためのものではありません。きっと説得致しましょう」
と、言ってくれたのだった。
「おそれいります」
中将殿が深々と頭を下げると、中宮は首を横に振った。
「実は、近頃気になることを耳にしたものですから。何でも、鳳勢がその音勢を失いつつあるとか。楽器は上手によって、常に奏でられていないと、ひどい音になって終いには使い物にならなくなってしまう。鳳勢にその危機が訪れているらしいので、案じられて」
だから、中宮は自ら進んで、帝のお渡りの時に言ったのだった。
それとなく鳳勢の噂を口にし、一時清花の姫君に預け下されてはどうかと。
宰相中将殿のしつこさには、帝も癇癪さえ起こしかけたが、中宮にまで言われては閉口する。さすがに中宮に当たり散らすわけにもゆかず、ぐっと苛立ちを堪えていた。
「頼周め。宮に根回ししやったな」
中宮を前にして、そう中将殿を罵ったが、それ以上は言わない。
「どうぞ鳳勢を──」
「わかっておる」
棟成の娘が入内したならば、いくらでも与えようものを──帝は胸の中でそう言った。中宮にはとても言えないが。
「したが、近頃鳳勢は音が鳴らなくなったとかいうのは、まことか?まことか否か、確かめてみなくてはなるまい。せっかく下賜しても、音が鳴らないのでは──」
早速蔵人に命じて、鳳勢の琴を取り寄せた。
「大学助を呼べ」
大学助はまだ弱冠ながら、大納言家の子息であり、刃物の如き切れ者と評判である。八歳の時には既に侍従であった。
殿上の間に参って、ひれ伏した大学助の前に鳳勢が置かれる。
「こなたには琴の心得あるとか聞いておる。ひとつそれで弾いて聴かせよ」
「はっ」
とは答えたものの、帝の御前で奏でられるほどの腕はない。
目の前の琴には梅花断も見えるから、余程古い名品であるに違いない。見たこともないような宝物を触るだけでも恐ろしいのに、ましてや帝の御前である。
大学助は何度も唾を飲み下した。目はきょろきょろ泳いでいる。
「どうした?何か弾いてみよ。こなたも大学寮の風流(すき)の習いで、嗜んでおるのであろ?大学寮の中でも、殊にも熱心であるとか聞いた」
帝がそう言って急かす。
大学助も覚悟を決め、やっと絃に手をかけた。
丁度よい力加減で弾いてみる、が……
「どうした、どうした」
一向に音が鳴らないのだ。すかっすかっと、情けない、絃と指の擦れ合う音ばかりが聞こえてくる。
大学助はわっと泣き出しそうになった。辛くも堪え、耳の根まで真っ赤になりながら、恥に堪えている。
気の毒に思い、蔵人が、
「主上。噂はどうやら誠にございますな。鳳勢が鳴らなくなったというのは、真実のこと」
と言った。
帝は首を傾げ、
「あやしや。琴が鳴らなくなるなどということがあるのか。こは一体如何なることぞ」
と訝る。
すると、打ちひしがれていた大学助が、
「名手なれば弾きこなせるかもしれませぬ。これは見たこともない名品。余程な才子でなければ、弾くことはできぬものかと」
と、自分位の者では、とても手に負えない名器だと述べた。
帝は思案して、
「されば、琴の灌頂授けられし者に試してみよう」
と言った。
「蔭元を呼べ」
「それにございまするが」
大学助は少々不都合そうな顔をした。
「蔭元はこなたの縁者だの」
南唐派の蔭元朝臣は、母がこの大学助の伯母にあたる。
「最近ちっとも見かけぬが、また不出仕か?琴ばかり弾いて、困った奴よ。いかに五琴仙とはいえ」
「いえ。蔭元朝臣は病にて、ずっと伏せっております」
「なに、病?音楽家特有の気の病というやつではないのか。一日くらい引っ張り出したとて、死ぬわけもない。蔭元を連れて来い」
「ところが、まことの病にて、しかも重く、動くこともままなりませぬ。いつも床に横になったまま。しばらく琴も弾いてはおりませぬようで」
「そんなに悪いのか」
「はい……」
「なれば、仕方がない」
「主上」
蔵人が声をかける。
「いま一人の五琴仙、兼保を召し出されてはいかがにございましょう?かの管絃者、陪従(べいじゅう)でございましたね」
「ふうむ。兼保な。そうしよう。すぐ使いを遣れ」
「ははっ」
こうして、南唐派の兼保が召されることになったのだった。
兼保の住まいの賀茂へ使いを遣わした。ところが、兼保はもうずっと不在であるという。改めて使者は双の岡へまかったが、兼保の返事はつれない。
「今、蔭元朝臣が篤しく、今日や明日やの大事なる時にて……参内している間に逝かれては一生の不覚。せっかくだが、参るわけにはゆきませぬ」
使者は驚いて、何があろうと帝の命に背くことはできないと言ったが、
「後でこちらから使いを参らせましょう故、ひとまずお帰りを」
と言う。
埒があかぬので使者は帰ったが、その後も帝の再三のお召しにも応じる様子はない。
帝からの何度目かのお召しの後で、ようやく兼保は使者を一人、遣わしたのであった。
頭の弁が兼保の使いというのに面会すると、それは弟子の円慶法橋であった。もとは興福寺にいたとかいう数寄法師である。
「師は今、ご危篤の蔭元朝臣の傍らにおりまして、友の看取りをせぬわけにはゆかぬと、涙ながらに申しております。いかに帝のお召しとはいえ、参るわけにはゆかぬと」
「それはまずかろうよ」
頭の弁は不安を色にも見せて、憂えて言う。
「いかに蔭元朝臣の大事とはいえ……」
「そこは師も覚悟を決めております。仰せに従わず、参内せぬからには、極刑も致し方なしと腹を決めておりました。それでも、たとい首斬られても、蔭元朝臣のいまわの際を看取らいではと」
「しかしの」
そういう問題ではないのだと言いたげな頭の弁の愁眉である。
「それ故、この円慶めを代わりに遣わしたわけでございます」
法橋は頭の弁の心の内など察しもせずに、そう言った。
この円慶法橋とて南唐派の五琴仙。灌頂を授けられ、血脉を許された正真正銘、琴の名手である。
「拙僧とても同じ琴人として、尊敬している蔭元朝臣の最期に、阿弥陀仏の念仏を唱えてあげられないのは余りに口惜しいことです。されど、帝のお召し。師・兼保の思いを汲んで、こうして代わりに参りましたる次第です」
そう言うと、左の袂の中をもぞもぞと探り当てて、一通の書簡を、右手の爪だけ長い不均等な両手で捧げ持って、頭の弁に差し出した。
「師・兼保よりの書簡です。頭の弁の卿には、何卒お目を通して頂きたい」
頭の弁は一通り読んで、
「なるほど、兼保の君の心はわかった。また、参らぬからとて、帝への二心なきことも。忠義の証にご坊を遣わされたことも」
そうは答えたが、頭の弁の頬から、恐怖の色は消えていない。
周りの蔵人達の顔も同様に、わななきを隠しきれないでいる。
「まあ、とりあえず帝に申し上げるから、ご坊はしばらくこちらにこのままお控えあれ」
頭の弁はそう言い残すと、勇気を振り絞って清涼殿へ向かった。
円慶法橋と共にその場に残された蔵人の面々は、ただおろおろと顔見合わせる。
「大丈夫であろうか。ご無事に戻られるであろうか……」
「おそろしや。我等とて、巻き添え食らうやもしれぬぞ」
円慶法橋は驚いて、
「いったい何をそんなに怯えておわすのか?」
と問う。
「ご坊のせいですぞ」
と、中の一人がそう答えた。
「何故に?」
「主上は兼保の君をお召しになったのに、兼保の君は主上の御意を無視して、主上よりも友を選んだ。そして代役をよこした。いかにご坊が兼保の君にひけをとらぬ名手とて、主上の御意は兼保の君。主上のお召しなれば、己が瀕死の状態でも参らねばならぬに。代役とは不忠にもほどがある。主上のお怒りのほど、計り知ることもできませぬぞ。兼保の君の身一つばかりか、ご坊は言うまでもなきこと、周囲の我等にまで累が及びましょう。頭の弁の卿のことも、怒りにまかせてその場で斬っておしまいになるかもしれぬ!」
と、声を押し殺して、だが殺気を含んだように責め立てる。
だが、そんな小心な蔵人どもの案じ顔へ、
「あはははは」
と、法橋は大口開いて笑ってみせた。
蔵人どもが驚いたのは言うまでもない。
「なあに、そうご案じ召さるな」
爪の長い右手に閉じた扇を持ち、その扇を口にあてて笑っているが、法橋の馬鹿でかい口は、それより外にはみ出している。
だが、この磊落法橋の短絡的な思考は存外中っていたらしく、やがて無事な姿で頭の弁は戻ってきた。
「帝はすぐに清涼殿の庭の御前に参れと仰せられた……」
やや放心したような表情の頭の弁へ、法橋は、
「で、頭の弁の卿には、帝の逆鱗に触れましたか?」
と言って、そこら辺の蔵人どもを見回し、
「いや」
と頭の弁が答えると、馬鹿にしたように、
「それ、ご覧なさい。帝はこんなことでご乱心召さるような暗主にはおわさぬ」
と言って、おおどかに笑った。
皆この法橋の、ものおじしないというか、少し馬鹿なのか、ともかくその豪快さに呆れた。
中秋節に南唐琴門会合し、何参の南風、姫君の威神、兼保の師襄、蔭元朝臣の月琴が一つ所に集まって、その音の美しさを改めて実感すると、どうしても舜琴と龍舌がないことが惜しまれた。その二張はどこへ行ってしまったのかと、皆嘆いたのだった。
龍舌は実は密かに姫君が持っているのだが、それを明らかにすると、女房の讃岐の身が危険に晒されるから、おくびにも出せない。
だが、舜琴を惜しむ気持ちは、姫君も同じだった。
いや。舜琴のみではない。鳳勢、文王などの呉楚派の名器や洛神図、譜や楽書が数多没収されてしまったことは、残念でならない。
姫君は取り戻せるなら取り戻したかった。
その意を汲んで、兄君の宰相中将殿は、ある時帝に訴えた。
そんな彼に、帝は実に嫌そうな顔をした。
「おことは以前にもそれを言うたな。くどいぞ。朕は誰にも下賜する心づもりはない。あれらは国の宝や」
「……」
どうにも帝は、清花の姫君へ下さろうという気がないらしい。
仕方がないと、そこで宰相中将殿は作戦を変更した。真っ向から行っても駄目ならば、外野の力を借りて攻める。
「宮のお口添えを給わりたく、頼周、お願いに参りました」
と、中宮を訪ねたのだった。中宮からも帝にお願いして欲しいと、頼んだのである。
中宮は頷いて、
「私も、姫君が持ってこそ価値のある品々だと思っております。弾きこなす力のある者もないのに、宮中に置いても仕方がない。琴は弾くためのものなのであって、飾って眺めるためのものではありません。きっと説得致しましょう」
と、言ってくれたのだった。
「おそれいります」
中将殿が深々と頭を下げると、中宮は首を横に振った。
「実は、近頃気になることを耳にしたものですから。何でも、鳳勢がその音勢を失いつつあるとか。楽器は上手によって、常に奏でられていないと、ひどい音になって終いには使い物にならなくなってしまう。鳳勢にその危機が訪れているらしいので、案じられて」
だから、中宮は自ら進んで、帝のお渡りの時に言ったのだった。
それとなく鳳勢の噂を口にし、一時清花の姫君に預け下されてはどうかと。
宰相中将殿のしつこさには、帝も癇癪さえ起こしかけたが、中宮にまで言われては閉口する。さすがに中宮に当たり散らすわけにもゆかず、ぐっと苛立ちを堪えていた。
「頼周め。宮に根回ししやったな」
中宮を前にして、そう中将殿を罵ったが、それ以上は言わない。
「どうぞ鳳勢を──」
「わかっておる」
棟成の娘が入内したならば、いくらでも与えようものを──帝は胸の中でそう言った。中宮にはとても言えないが。
「したが、近頃鳳勢は音が鳴らなくなったとかいうのは、まことか?まことか否か、確かめてみなくてはなるまい。せっかく下賜しても、音が鳴らないのでは──」
早速蔵人に命じて、鳳勢の琴を取り寄せた。
「大学助を呼べ」
大学助はまだ弱冠ながら、大納言家の子息であり、刃物の如き切れ者と評判である。八歳の時には既に侍従であった。
殿上の間に参って、ひれ伏した大学助の前に鳳勢が置かれる。
「こなたには琴の心得あるとか聞いておる。ひとつそれで弾いて聴かせよ」
「はっ」
とは答えたものの、帝の御前で奏でられるほどの腕はない。
目の前の琴には梅花断も見えるから、余程古い名品であるに違いない。見たこともないような宝物を触るだけでも恐ろしいのに、ましてや帝の御前である。
大学助は何度も唾を飲み下した。目はきょろきょろ泳いでいる。
「どうした?何か弾いてみよ。こなたも大学寮の風流(すき)の習いで、嗜んでおるのであろ?大学寮の中でも、殊にも熱心であるとか聞いた」
帝がそう言って急かす。
大学助も覚悟を決め、やっと絃に手をかけた。
丁度よい力加減で弾いてみる、が……
「どうした、どうした」
一向に音が鳴らないのだ。すかっすかっと、情けない、絃と指の擦れ合う音ばかりが聞こえてくる。
大学助はわっと泣き出しそうになった。辛くも堪え、耳の根まで真っ赤になりながら、恥に堪えている。
気の毒に思い、蔵人が、
「主上。噂はどうやら誠にございますな。鳳勢が鳴らなくなったというのは、真実のこと」
と言った。
帝は首を傾げ、
「あやしや。琴が鳴らなくなるなどということがあるのか。こは一体如何なることぞ」
と訝る。
すると、打ちひしがれていた大学助が、
「名手なれば弾きこなせるかもしれませぬ。これは見たこともない名品。余程な才子でなければ、弾くことはできぬものかと」
と、自分位の者では、とても手に負えない名器だと述べた。
帝は思案して、
「されば、琴の灌頂授けられし者に試してみよう」
と言った。
「蔭元を呼べ」
「それにございまするが」
大学助は少々不都合そうな顔をした。
「蔭元はこなたの縁者だの」
南唐派の蔭元朝臣は、母がこの大学助の伯母にあたる。
「最近ちっとも見かけぬが、また不出仕か?琴ばかり弾いて、困った奴よ。いかに五琴仙とはいえ」
「いえ。蔭元朝臣は病にて、ずっと伏せっております」
「なに、病?音楽家特有の気の病というやつではないのか。一日くらい引っ張り出したとて、死ぬわけもない。蔭元を連れて来い」
「ところが、まことの病にて、しかも重く、動くこともままなりませぬ。いつも床に横になったまま。しばらく琴も弾いてはおりませぬようで」
「そんなに悪いのか」
「はい……」
「なれば、仕方がない」
「主上」
蔵人が声をかける。
「いま一人の五琴仙、兼保を召し出されてはいかがにございましょう?かの管絃者、陪従(べいじゅう)でございましたね」
「ふうむ。兼保な。そうしよう。すぐ使いを遣れ」
「ははっ」
こうして、南唐派の兼保が召されることになったのだった。
兼保の住まいの賀茂へ使いを遣わした。ところが、兼保はもうずっと不在であるという。改めて使者は双の岡へまかったが、兼保の返事はつれない。
「今、蔭元朝臣が篤しく、今日や明日やの大事なる時にて……参内している間に逝かれては一生の不覚。せっかくだが、参るわけにはゆきませぬ」
使者は驚いて、何があろうと帝の命に背くことはできないと言ったが、
「後でこちらから使いを参らせましょう故、ひとまずお帰りを」
と言う。
埒があかぬので使者は帰ったが、その後も帝の再三のお召しにも応じる様子はない。
帝からの何度目かのお召しの後で、ようやく兼保は使者を一人、遣わしたのであった。
頭の弁が兼保の使いというのに面会すると、それは弟子の円慶法橋であった。もとは興福寺にいたとかいう数寄法師である。
「師は今、ご危篤の蔭元朝臣の傍らにおりまして、友の看取りをせぬわけにはゆかぬと、涙ながらに申しております。いかに帝のお召しとはいえ、参るわけにはゆかぬと」
「それはまずかろうよ」
頭の弁は不安を色にも見せて、憂えて言う。
「いかに蔭元朝臣の大事とはいえ……」
「そこは師も覚悟を決めております。仰せに従わず、参内せぬからには、極刑も致し方なしと腹を決めておりました。それでも、たとい首斬られても、蔭元朝臣のいまわの際を看取らいではと」
「しかしの」
そういう問題ではないのだと言いたげな頭の弁の愁眉である。
「それ故、この円慶めを代わりに遣わしたわけでございます」
法橋は頭の弁の心の内など察しもせずに、そう言った。
この円慶法橋とて南唐派の五琴仙。灌頂を授けられ、血脉を許された正真正銘、琴の名手である。
「拙僧とても同じ琴人として、尊敬している蔭元朝臣の最期に、阿弥陀仏の念仏を唱えてあげられないのは余りに口惜しいことです。されど、帝のお召し。師・兼保の思いを汲んで、こうして代わりに参りましたる次第です」
そう言うと、左の袂の中をもぞもぞと探り当てて、一通の書簡を、右手の爪だけ長い不均等な両手で捧げ持って、頭の弁に差し出した。
「師・兼保よりの書簡です。頭の弁の卿には、何卒お目を通して頂きたい」
頭の弁は一通り読んで、
「なるほど、兼保の君の心はわかった。また、参らぬからとて、帝への二心なきことも。忠義の証にご坊を遣わされたことも」
そうは答えたが、頭の弁の頬から、恐怖の色は消えていない。
周りの蔵人達の顔も同様に、わななきを隠しきれないでいる。
「まあ、とりあえず帝に申し上げるから、ご坊はしばらくこちらにこのままお控えあれ」
頭の弁はそう言い残すと、勇気を振り絞って清涼殿へ向かった。
円慶法橋と共にその場に残された蔵人の面々は、ただおろおろと顔見合わせる。
「大丈夫であろうか。ご無事に戻られるであろうか……」
「おそろしや。我等とて、巻き添え食らうやもしれぬぞ」
円慶法橋は驚いて、
「いったい何をそんなに怯えておわすのか?」
と問う。
「ご坊のせいですぞ」
と、中の一人がそう答えた。
「何故に?」
「主上は兼保の君をお召しになったのに、兼保の君は主上の御意を無視して、主上よりも友を選んだ。そして代役をよこした。いかにご坊が兼保の君にひけをとらぬ名手とて、主上の御意は兼保の君。主上のお召しなれば、己が瀕死の状態でも参らねばならぬに。代役とは不忠にもほどがある。主上のお怒りのほど、計り知ることもできませぬぞ。兼保の君の身一つばかりか、ご坊は言うまでもなきこと、周囲の我等にまで累が及びましょう。頭の弁の卿のことも、怒りにまかせてその場で斬っておしまいになるかもしれぬ!」
と、声を押し殺して、だが殺気を含んだように責め立てる。
だが、そんな小心な蔵人どもの案じ顔へ、
「あはははは」
と、法橋は大口開いて笑ってみせた。
蔵人どもが驚いたのは言うまでもない。
「なあに、そうご案じ召さるな」
爪の長い右手に閉じた扇を持ち、その扇を口にあてて笑っているが、法橋の馬鹿でかい口は、それより外にはみ出している。
だが、この磊落法橋の短絡的な思考は存外中っていたらしく、やがて無事な姿で頭の弁は戻ってきた。
「帝はすぐに清涼殿の庭の御前に参れと仰せられた……」
やや放心したような表情の頭の弁へ、法橋は、
「で、頭の弁の卿には、帝の逆鱗に触れましたか?」
と言って、そこら辺の蔵人どもを見回し、
「いや」
と頭の弁が答えると、馬鹿にしたように、
「それ、ご覧なさい。帝はこんなことでご乱心召さるような暗主にはおわさぬ」
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