七絃灌頂血脉──琴の琴ものがたり

国香

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乱声

一拍・幽人敏平(捌)

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 敏平はその後も尼のもとに通い続けた。

 俗人の男が尼と密通していることへの罪悪感は、何故か全くなかった。

 尼の父なる人・覚如(かくにょ)という僧は、なお修行から戻らぬらしい。

「このまま、おもとを連れ去ってしまおうか」

「私を攫うのですか?」

「還俗させたい」

 敏平は本気で、そんな痴夢を見るようになっていた。

 そうやって、一ヶ月は過ごしたか。

 竜巻の発生からも一ヶ月。仙洞御所の後始末も一段落したが、非常な破壊力を持った竜巻だった故に、街中はまだ野分に遭った翌朝のような家ばかりだった。もとの姿に復興するまでには、あと何年も必要だろう。ただ、発生直後の混乱状態からは回復していた。

 一ヶ月も経てば、少しは気も和らぐもので、敏平も院の御前での失敗を、昨日に感じる辛さからは解放されていた。けっこう昔のことに感じられる。きっと、竜巻や尼のことなど、劇的なことが続け様に起こったからだろう。

 なお嵯峨へは帰っていなかった。

 そして、今夜も尼のもとへ忍んで行こうと考えていた時、中宮亮がつつと近寄ってきた。

「ちょっと耳を貸せ」

「はい?」

 中宮亮、傍らまで来る。肌がぴかぴかで艶に美しい。自然にしていても勝手に流し目になるのは、好色者の倣いか。口元を扇で麗しく隠して、そのまま敏平の耳に囁いた。敏平の耳や首筋にかかる息がとろけるように甘やかで、つい尼を思い出す。

「嵯峨の山荘の裏山に、黄棘(こうきょく)の生える幽谷があるという話を聞いたが、本当か?」

「えっ!?」

 敏平、思わず仰け反った。

「んなな、何を……」

「そんなに驚かんでもよかろ?仙洞に置き忘れた文王を、持ち帰ってやったではないか。教えて給れ」

 中宮亮、そう言ってふふっと笑う。ちょっと困ったような表情も紛れているのは、やはりまずい状況にあるからなのだろう。

「聞けば、黄棘と申すは、孕んだ女がこれを食すと堕胎するという。何も聞かずに、黄棘の生える谷まで案内してくれ」

 好色な中宮亮のこと、その美貌と甘い囁きで、恐ろしい相手と密通し、挙げ句に身ごもらせてしまったらしい。

「幽蘭の谷のことを仰せでしょうか?」

「ほう。幽蘭というのか?」

「……亡き姫君はその谷をお気に召していたようですが」

「妹君なる人が。なるほど。で、黄棘は生えているのか?」

「黄棘は仙界に生えるものなのであって、人界(にんがい)のものではないと思いますが……その谷には蘭に似た、いえ、私の目には蘭に見えるのですが、そういう植物は生えております。姫君の祖父君(洞院中納言殿)が、これを黄棘と呼んでおわしましたそうです。姫君はただ単に蘭と仰せでしたが」

「とにかく、私をそこへ連れて行ってくれ」

 媚びるような笑顔で言うが、瞳の奥が真剣だった。中宮亮には珍しいことである。

「余程凄い御方がお相手のようですね」

「何も聞くな。身の破滅だ。私一人が死罪になるくらい構わぬが、父上に迷惑がかかる」

 そういう相手ならば、皇室に縁ある人であろう。帝の妃とか。どこまで好色なのだ、この人は。

 尼を相手に恋する敏平以上に、中宮亮は危険な恋をしているらしい。

「そういえば、近頃、主上の妹宮(懿子内親王)がご懐妊遊ばしましたね」

 ふと、敏平が思い出したように言うと、中宮亮はぎょっとする。が、次の瞬間には、もう敏平を睨めつけていた。

「文王は呉楚派の宝物。帝より下賜されたる名器。それを置き忘れるなど、琴士の風上にも置けぬ奴。他人に知られたら、琴士として不名誉極まりないことよな。まして、灌頂者の失態。末代まで悪し様に語られようぞ。いやいや、露見すれば、罪にも問われる。み国宝を消失させるところだったのだからな」

「わかりました」

 敏平は中宮亮の脅迫に屈した。

「幽蘭の谷にお連れしましょう。何も詮索しませんし、決して他言は致しません。ですが、生えている植物がまこと黄棘かどうか、保証はしませんよ」

 やはり、中宮亮が孕ませた相手というのは、帝の妹宮なのだろう。東宮の女御なる人。好色なのにも程がある。




 その頃、嵯峨の山荘には、六条左大臣殿の子息の一人・権少将師道朝臣(ごんのしょうしょうもろみちあそん)が来ていた。

 師道朝臣は音仏の琵琶の弟子。楽才に恵まれていた。先月の院七十賀では、舞人として舞台に立ち、『青海波』を舞ってもいる。

 今日は嵯峨へ、稽古に訪れているのである。

「人垣に立つ琵琶の奏者はまこと不思議だった。琵琶を立って弾くのには、何か秘密の方法があるのだろう。その法は秘伝か。いったいどうやって持っているのかと、舞いながら気になっていた」

「私は昔、楽所召人でしたが、その頃は一度も『青海波』の人垣に琵琶が立ったことはございませんでした。白河の我が師は、かつて人垣に立ちましたそうな。師の弟子だった公達が今回立たれましたでしょう?師よりその法を伝授されたとか」

「いつかは私も人垣に立ってみたいもの」

「そうですね」

「気になるのはそればかりではない。近頃の我が悩み、聞いて下され」

 師道朝臣は袖を払った。

「狩衣の括に撥が引っかかる。袖は捲って弾く方がよいと言う者も多いが、貴殿は見苦しいとて袖の中に琵琶を入れて弾いておらるるが……私は不器用で、袖を捲らないとよく弾けぬ」

 師道朝臣はそう言って困り果てている。

 師の役を仰せつかっている音仏は、

「僧の私が袖を捲って腕を露わにするのも見苦しかろうと思い。まして、盲人故、己がいかなる姿で弾いているのか、確認できませぬ。弾く姿も大事です。楽の善し悪しに直接関係するわけではありませんが、見た目が悪いと興も醒めます。袖の中に琵琶を差し入れて弾けば、間違いなかろうと、そうしておりますが、楽人だった昔は、私も袖を捲って弾いておりました。お若い公達が狩衣の袖を捲っていても、そう見苦しいことはないでしょう。後ろから見た時の姿にさえ気をつければ、構わないと思います」

と言って、にっこり笑った。

「白河の琵琶聖は何と仰せなので?」

 なお師道朝臣は問うた。

「ただ演奏だけを極上のものにしたければ、袖は捲って、煩わしさを感じないで弾く方がよいと仰せです。いちいち括を気にしていては、気が散ってよい演奏にならないでしょう。ですが、貴人の御前に参って、多勢の中で弾かなければならない時は、弾く姿が美しい方がよいに決まっております。面の優れた清らなる人が、構え方も麗しくあれば、紡ぎ出される音も麗しう感じるものです。姿醜くき人が袖を捲りて肘を見せつつ、頭を縦に振り振り奏でれば、どんなに美しい音色でも、興ざめに感じるものでしょう。見た目も名手の条件。我が師もそのように考えておらるるようです」

 音仏は主筋の弟子にそう説明した。

 師道朝臣は右大将殿の異母弟だ。同腹(はらから)でない兄弟は、余り親しくはないもの。

 師道も母の家で育ったから、兄なる右大将殿とは、叙爵するまでは余り顔を合わせていなかった。清花の姫君とは、一度も会ったことがない。

 継母の二位殿とは、仲が良いとは言えない。

 右大将殿が兵衛や若君を住まわせて、好きに使っているこの山荘も、もとはその母君たる二位殿のものだ。その継母の持ち物であるこの山荘へ、師道が出入りすることになろうとは。

 師道はとにかく楽好きであった。そこはとても清花の姫君に似ている。

 師道、

「聞くところによると、徐氏の輪説(りんぜつ)というのがあって、師の御坊はそれを聴いたことがおありとか?」

と問う。

 徐氏とは、徐季龍という唐人のことである。字(あざな)を季龍というらしいが、彼は南唐琴門の何参の供人として渡来したのであった。琵琶の名手で、実に美しい『緑腰』を弾く人だった。音仏幼き日の憧れ。

 その徐季龍が『楊真操』を弾く時、輪説のような手を弾いたことがあった。

「譜にはないものです。徐老師の新しい手でしょう。徐老師独自のものと思いますが、実に巧みで美しく、素晴らしかったですよ」

 音仏のその言葉に、関心を示す師道。やはり似ている。

「御腹違いとはいえ、やはり亡き姫君の御小兄人(しょうと)であらせられます。楽の才溢れらるるは御血筋でございましょうね」

 やがて稽古も終了し、師道は車宿に行こうと廊を歩いていた。音仏はそれを送りについてきている。

 師道は改めて言った。

「お会いしたことはとうとうなかったが、我が姉君なる人の偉大さ、心根、楽への思いなどが、ここに来ると伝わってくるように思えて。何だか懐かしいような気持ちになる。姫君の魂がその木にも、あの花にも、今吹き抜けて行ったそよ風にも宿っているようだ。姫君は今でもここに住んでおわすのだろう。嫡母(てきぼ)の家ながら、ここに来ると、ここの空気が私の心にぴったりと添うて、浄化してくれる。楽の道を導いてくれる。そんなふうに感じられる。私なんぞが来たら、嫡母や兵衛の君には御目障りだろうけど……」

「なんの。少将の殿(師道)が琵琶を学びたいと望まれた折、私を師にと定められたは大北ノ方(二位殿)その人です。大北ノ方は御身の御事をお認めでいらっしゃいますよ。そうお気兼ねなさいますな」

 音仏はそう言った。それから、やや考えて、そして再び口を開く。

「……ただ、私は盲いております故、譜をもってお教えすることが叶いませぬ。譜は大切です。譜によらず、口伝のみでは誤りも多く伝わりましょう。御身には、そろそろ別の方に師事するべき時かもしれませぬ。どなたがよいか考えておきましょう。とりあえずは、またいらして下さい。七日後に。姫君の御魂宿るこの地で、またご一緒に稽古致しましょう」

「忝ない。おお」

と、師道は西の方を見やって、

「木の間を吹く微風の、何とやさし気なこと。青要殿(西の対)辺りを輝かせる光の、何と美しいこと。姫君の微笑みだろうか」

と言った。

 そして、音仏の手を引いて、西の中門を出て行く。が、車宿の側まで来た時、

「のう、師の御坊。あちらはいつ見ても、ひどい有り様だなあ。ひどく風化して、ここの幽居の麗しさを著しく損じている。あれがなければ、ここの邸の姿は完璧だと思うのだが。何故、取り壊しもせず、あのまま放っておくのであろう。あれは誰の持ち物か?」

と西隣を向いて言った。

 身を澄ますようにして、

「お隣の、庵のことでございましょうや?」

と、音仏は尋ねた。

「そう。それ。誰のもの?」

 音仏は一瞬、顔を強張らせた。が、すぐにさり気なく、

「今は狐狸の住処にて。人の主はおりませぬ」

と答えた。

「そうか」

「主なき故に、他人が勝手に取り壊すわけにもゆきませず、そのままにしてあります。私には見えませぬが、それほどひどい荒れ様ですか?」

「もはや物の形を留めていない」

「それほどまでに……風化してしまいましたか」

「風に吹かれて塵と化す日も遠くはあるまじ。だが、早くそうなってくれた方がよいようにも感じるな。荒れていることよりも、そこの気の流れがあやしく、恐ろしい。塵となって跡形なくなれば、風通しもよくなって、妖気も吹き飛ぼう」

「気、ですか?」

「盲いていても、感じないか?」

「怨念ですか……」

「いったい、以前の主はどんな非業の人だったのだろう?師の御坊、一度、大元帥明王秘法でも行い、その庵を浄化した方がよい。怨霊の気がこちらにまで流れてきて、当家に災い及ぼすやもしれぬ」

 師道が肌で感じたことを述べると、音仏は何故か物も言えず、硬直してしまった。

 どうしたのだろうと思っているところへ、中宮亮と敏平が騎馬でやって来るのが見えた。

「や?敏平と、兄か?」

 その言葉に、音仏も我に返る。

「やあ、珍しい。中宮亮殿がかかる所へ敏平とご一緒にまかられるとは。何事でしょう」

 やがてこちらに到着した中宮亮は、

「これは少将にて候うや」

と、ちょっとまずそうな顔をした。

 この人は清花の姫君とは同年の兄妹。母は姫君とも師道とも違う。

 師道との仲は悪くはないが、よくもなく、右大将殿との仲も似たようなものであった。けれど、二位殿とは中宮亮の方がうまくいっていた。

 手綱を従者の手に委ねながら、中宮亮は、

「いや、なに。辻風の後始末をしているうちに、敏平とは急に親しうなって。敏平の日々の住まいを見てみたいものだと思い、連れてきてもらったのだよ。遊びに来ただけだ」

と、笑顔を作った。

 実に艶なる笑み。好色者の必需品だ。異母弟の清らなる姿とは別の麗しさのある公達である。

 敏平は兄弟を交互に見て、どちらも僅かに右大将殿の面影はあるようだと思った。右大将殿は二人の艶、清らともまた異なる雰囲気を持っている。

 三者三様だが、やはり兄弟なのだ。面差しはどこか似ていると思っていると、音仏が探すような顔をして、

「敏平、ようやく帰って来たのだね?」

と語りかけた。

 敏平、すぐに音仏の前まで進んできて、その手に触れる。

「長らく留守にして、申し訳ありませんでした。ようやく片付いたので戻ってきました。留守中、何か変わったことは?」

「何も。辻風は大変だったろう。ご苦労でした。院の七十御賀で琴を弾くという大役も務めて、さぞ疲れたでしょう」

 音仏は労い、敏平がやっと帰ってきてくれたので、心底ほっとした。今、この山荘で一番頼りになるのは敏平なのだ。

 主君二人は、敏平の院中での散々な様子は聞き知っているから、音仏の言葉に、ちょっと居心地悪そうにした。

「では、私はこれで失礼する。師の御坊、また今度」

と、弟君はそそくさと網代車に入って、出立してしまった。

 兄君の方も、

「敏平、さっそく裏山へ案内してくれよ」

と誘い、連れ立って北の幽谷へ出掛けた。

 ぽつねんと一人残された音仏は、敏平が失敗したのだと察した。

「姫君。敏平は御身の精神を受け継ぐ者ですが、六位も賜りましたなれど、世に出るのはまだ早いようです」

 微風の中に語りかけた。

 門外へ出て、西隣の庵まで探り歩く。

 見えないけれど、やさしい日の光がそこに降り注いでいるのがわかる。

 怨念かと思った。

 かつて。姫君が琵琶の『楊真操』曲の撥音に誘われて、ここまで来てしまった時のことを思い出す。

「三位殿」

 その折の、目の覚めるような美しき公達の姿は。そして、その最期の燃えるような姿は。今でも音仏の脳裏に焼き付いている。

 姫君が恋した韶徳三位殿。

 優しくもの静かで、上品な美しい人。

 あの人が、なお怨んで閻浮を漂い、念を放ち、世を呪っているとは思えない。

「あちらではまだ姫君と逢われていないのですか?」

 胸が痛い。

 その後、師のもとに再び通い、音仏も今では『楊真操』を伝授されている。これを弾く度、姫君の恋心を思い、胸が痛んだ。

 音仏の秘密は音仏の中だけにある。その罪は消えぬ。三位殿がもし呪っているならば、それは音仏に対する恨みに違いない。

「早く姫君と巡り合われませ」
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