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オヤジの背中【じんわり】【家族】【少し不思議】【小人】
しおりを挟む「ただいまー」
「お帰り。お父さんはもうご飯食べて夜勤に行ったけど、アンタどうする?」
「……まだいい」
中学から帰宅した早苗は、抱えていた大荷物を二階の自室で下ろした。家庭科の課題であるスカートを仕上げるために、裁縫箱や布を持ち帰ってきたのだ。
提出期限は来週だが、まだ型紙を切り取っただけのお粗末な進行状況である。
料理と同じで、レシピ通りに作れば簡単だと友人は言う。
しかし、母親譲りの不器用さに加え、風邪を引いて学校を二週間休んで授業に遅れてしまったことも、早苗のやる気の萎えに拍車を掛けていた。
「とりあえず、着替えよ……痛っ!」
制服のスカートのポケットを探る早苗の指を、何かがちくりと刺す。
恐る恐る取り出したハンカチには、頭が赤、青、黄色、緑、ピンク色をした古ぼけた五本の待針が包まれていた。
家庭科室清掃の時に拾い、教師に届けるのを忘れていたのだ。
それらは、家庭科教師の巨大な針山――通称地獄の針山で、落とし主も現れることなく錆びる運命にあった。次の授業の時にでも渡せばいいと、とりあえず早苗は裁縫箱を開けて拾った待針を自分の針山に突き刺しておいた。
*
その晩、早苗は不思議な夢を見た。床の上、適当に型紙を載せたままの布の周囲を小さな影が取り巻き、なぜか野太い男達の声のヒソヒソ話が聞こえるのだ。
『布の縦と横が逆だ』
『こんな型紙の置き方じゃ身ごろが二枚取れねぇ。危うく布が無駄になるところだ』
『裁断の前で良かった』
次の朝、微妙に睡眠不足を覚えて起きた早苗の目の前には、丁寧に中表に折られ、待ち針で型紙を留められた布があった。実線と縫い代の部分へ丁寧にチャコペンシルで印が付けられていて、もちろんそれは早苗の仕事ではなかった。
だが、異変はそれだけに留まらない。
次もその次の朝もひとりでに作業が進み、布が裁断され、しつけ糸で仮縫いされ、あとはミシン掛けを待つばかりの状態となっていったのである。
*
ひとりでに仕上がるスカートの謎を探るため、早苗は徹夜で見張ることにした。
母親の夜なべの成果だと思いたいが、雑巾ひとつまともに縫えないのにスカートなど仕立てられるはずがない。
それに、母親は慣れないパートで疲れ果て、毎晩熟睡しているはずだった。
布団の中で半分寝ていた早苗は、勉強机のライトの眩しさに目を覚ました。
布団の隙間から覗き見ると、なんとそこには赤、青、黄色、緑、ピンクの作業着姿の小人達がいたのだ。なぜか全員裸足である。
『今日から縫い始める。ミシンは性に合わねぇ、手縫いできっちりやってくれ』
『『『『うぃー』』』』
しかも、女性や子供でも良さそうなものだが、纏め役の赤い小人も一斉に仮縫い済の布へ取り付いた小人達も、なぜか六十絡みの中年男性の姿をしていたのだ。
(何でみんなオッサンなの?)
そのうちに、ミシン顔負けの細かさで縫っていた青いオッサン小人が作業の手を止めた。そして仲間達から離れた暗がりで橙色の光を放つ。交代で休憩を取るらしい。
オッサン小人達がなぜ自分の課題を仕上げているのかは不明だが、さも旨そうに紫煙を燻らすオッサン小人の丸めた背中を見ていると、ふと早苗は父親のことを思い出した。ちなみにヘビースモーカーだった父親は、仕事を変えてから禁煙している。
父親は今夜も夜勤だ。以前はぱりっとしたスーツ姿で会社に通っていたが、リストラされてからビル管理の職に就き、作業服で出勤するようになった。
母親がパートに出始めたのも、その頃からである。
(――私だって、もう子供じゃないのに)
中学生だからまだ働くことはできないが、早苗だって携帯電話や小遣いの自主返納ぐらい考えていた。それなのに、苦しい家計のことを何一つ言わない両親の気遣いが、むしろ口惜しい。その上、見ず知らずのオッサン小人達に苦手な課題まで手伝われては立つ瀬がないと、文句のひとつも言ってやりたかった。
けれど、どうも勝手にやり甲斐を感じているようにも見える。
好きでやっているオッサン小人達とはいえ、夜なべで仕事をさせておいて自分は高いびきというのも気が引けた。ふと早苗の脳裏に、小人達の裸足の姿が浮かぶ。
おもちゃ屋で、人形用の五色の靴を捜してプレゼントしたら喜ぶだろうか。
そう思いながら、早苗はいつの間にか眠りに落ちていた。
*
数日後、課題提出期限の最終日。
早苗は家庭科教師との遣り取りで疲労困憊して家に戻った。
靴をあげた次の日から、オッサン小人達が忽然と姿を消してしまったのだ。
のちに早苗は、家事を手伝う小人に贈り物をすると、喜んで姿を消すという西洋のお伽話を知ることになるのだが、もはやあとの祭りである。
仕方なく引き継いだベルトの始末が、雑巾以下の酷い出来だった。
オッサン小人達の手仕事との落差を不信がる家庭科教師にやり直しの再提出を迫られたが、押し問答の末に拒み切った。
これが早苗の実力なのであって、これ以上どうにも出来ない。
(大体、オッサン達の仕事に敵うわけないじゃん)
疲れ果てた早苗は、肩を落として玄関ドアを開ける。すると、上がり框に腰を下ろし、背中を丸めて靴を履いている父親と、ばったり出くわした。
一瞬、戸惑う早苗に、父親が一言。
「あまり夜遅くまで無理をするな。お前は母さんに似て、不器用なんだから」
昼夜逆転の生活となり、顔を合わすことも殆どない父親だった。
なぜか胸が一杯になった早苗は、精一杯の思いを込めて、
「いってらっしゃい」
横をすり抜ける瞬間、父親が目を細めているように見えたのは気のせいだろうか。
この後、オッサン小人達が早苗の前に姿を現すことは二度となかった。
だが、五本の古ぼけた待針は、家庭科教師の地獄の針山でなく早苗の裁縫箱の片隅で、今も仲良く並んでいる。
――了――
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