闇の聖女は夜輝く(魔力皆無で『聖女』認定されず命を狙われた彼女は、真の力で厄災と教団に立ち向かう)

尾久沖ちひろ

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第Ⅰ章 明暗分かれる姉妹 ~The Doppelgangers~

#7 断罪の刃

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「さぁて、狩りを始めるか。ジタバタするなよ」


 私の反応を楽しむように剣を見せ付けながら、ザッキスがにじり寄る。
 聖騎士という清廉せいれんな肩書きには似つかわしくない、どす黒く腐った眼差し。
 例えるならば、眼前のカエルをどうなぶろうか思案する蛇、と言った所か。


 死ぬこと自体は怖くない。
 どうせあの世界で、私の人生は最初から終わっていたのだ。
 仮に死刑になったとしても、仕方の無いことと諦めてもいた。
 だが、死刑になることと、訳も分からず集団で暴力を振るわれて殺されることでは、全く意味が異なる。


 恐怖が体を動かした。
 ザッキスの顔面を狙って椅子の残骸を投げ付けるが、ひょいと避けられてしまった。


「ほらほら、ちゃんと狙って投げなよ」


 窮地に追い遣られた弱者が見せる必死の抵抗を易々と挫いて心を折る、その過程をザッキスは楽しんでいる。
 殺される恐怖よりも嫌悪の方が徐々に増してきたが、椅子の残骸はもう無くなってしまった。


「どうした、もう終わりか? もう少し頑張ってくれないと張り合いが──」


 手首を掴まれてぐいと引っ張られた瞬間、反射的にもう一方の手でベッドの横にあったポットを掴み、狙いを定めて叩き付けた。


「ぶが……ッ!?」


 もう抵抗は無いものと油断し切っていたザッキスの不快な顔面へ、陶製のポットが直撃、破片と共に中に入っていた湯が弾ける。


「ぐぁなああああああッ、あ、熱いィ……ッ!!」


 熱湯と呼べるほどではないが、顔面に浴びせられれば軽い火傷を負って怯む程度には、湯の温度は高かった。
 だが、当然ながらその程度で彼が倒れるはずも無く、むしろ火に油だった。


「き、貴様……このザッキスに向かって、よくも……よくもやってくれたなあ……ッ!!」


 他人を蔑み侮辱することを好む者は、自分がそれをされると烈火の如く怒る。


「いい気になるなよな、このアバズレがッ!!」


 顔を凶悪に歪めたザッキスが私の黒髪を無造作に掴み、そのまま絨毯の上に引き倒した。
 女相手でも手加減や容赦が全く無い。


「微塵の魔力も持たない虫ケラの分際で、この私の顔に火傷を負わせるとは……身の程知らずの痴れ者がッ!」


 倒れ込んだ私の腹に、甲冑の足が蹴りを入れる。
 突き破られるのではないかという、容赦の無い痛みと衝撃に絶叫、過去の体験が頭と体にフラッシュバックした。


「貴様をぶち殺した後の汚い死体は、バラバラに刻んで野犬に喰わせてやる! 犬のクソになって蝿と永遠にたわむれてろッ!」


 端麗な容姿と聖騎士の身分には到底相応しくない下品な罵倒と、何度目かも分からない蹴りを浴びせられた所で、ザッキスの肩を掴んで制止する者が居た。


「ザッキス殿、やり過ぎです。討つべき相手だとしても、丸腰の女性に対して侮辱や過剰な暴力を加えるなど、誇り高き聖騎士の振る舞いではない……!」


 無抵抗のままなぶられる私を見かねたラウルが声を荒らげたが、ザッキスは鬱陶うっとうしそうにフンと鼻を鳴らして、


「おいおいラウル君、一体何を言ってるのかな? 実の両親と神に仕える者を手に掛けた極悪人だぞ。そんなやからには徹底的に、無慈悲に制裁を加えてこそ真の聖騎士じゃないか?」


 同年代の聖騎士でも、ラウルとザッキスは真逆の人間性を持つようだ。
 だが、こうして暗殺の現場に来ている以上、ラウルに助けを求めても無駄だろう。


 私の味方はどこにも居ない。
 前の世界でも、この世界でも。


「もういい、ザッキス君。早く終わらせたまえ」


 溜め息混じりにゼルレーク聖騎士団長が命じるが、勿論私への気遣いではなく、単にこれ以上余計な時間を掛けてはいられないというだけのようだ。


「承知しました、閣下」


 隠し通路があるこの部屋に案内した時点で、彼らが私を処分する気でいたのは間違い無い。
 それに、この聖騎士たちは私が元の世界で犯した罪をテルサから聞かされて知っている。


 だとすると、これは彼女の意向なのだろうか。
 私のことが赦せなくて、殺害するよう依頼したのだろうか。
 それとも、私の存在をうとましく思った栄耀教会が勝手にやったことなのだろうか。


 倒れた私の体を踏み付けて逃げられないよう固定、ザッキスが剣を掲げる。


「悪く思うなよ。これが報いだ」
「報い……」


 確かに私は三人の命を奪ってしまった。
 否、それ以前の出来事を考えれば四人になるのだろう。
 私にも言い分はあるが、私の行為が四人もの命を奪ってしまった、その事実に変わりは無い。


 この世の全ては因果応報。
 命には命を以て報いるのが自然な道理。


 それでも──
 それでも、せめて──


 せめて一日だけでも、身も心も自由になりたかった。
 束縛も恐怖も無く、平穏に生きたかった。
 奪われること無く、静かに生きたかった。


 誰かに愛されたかった。
 誰かを愛したかった。
 人並みの幸せを手に入れたかった。


 私のような呪われた女には、それすらも傲慢だと、強欲だと、運命は言っているのか。
 テルサが言った通り、世界を渡れど、罪は永久に消えないと言うのか。
 闇に生き、闇に死ねと言うのか。


 その通りだと言わんばかりに、夜空の満月が、流れる雲に覆われていく様子が見えた。


 あれは私だ。
 私の命の輝きも、ああやって今から消されてしまうのだ。


 月明かりが消えて、室内は闇に閉ざされた。
 絶望の闇だ。


「──死ね」


 私もまぶたを閉じた直後、断罪の刃が振り下ろされる音が、鼓膜を小さく打った。
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