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第Ⅰ章 明暗分かれる姉妹 ~The Doppelgangers~
#17 闇の逃避行 その4
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倒れるダスクの手を取り、私は祈る。
神に、ではない。
明確に誰かをイメージした訳ではなく、強いて言うなら運命に、或いは自分自身に祈った。
「お願い……!」
最初の時も、先程も、瞬間移動は私が危機を感じた時に起きた。
だが、今度は自分の意志で起こすのだ。
やり方など分からないので、ただ強く念じるだけ。
「撃て!」
ゼルレーク聖騎士団長の号令で、聖水の矢が群鳥の如く飛んで来る。
無慈悲に押し寄せる死の軍勢を真っ直ぐ睨み付け──それが、テレビのチャンネルを切り替えた時のように、ヒュンと唐突に掻き消えた。
「え……っ」
本当に一瞬の出来事だった。
サウレリオン大聖堂の広々とした廊下で戦っていたはずなのに、もうその景色はどこにも無い。
それどころか屋内ですらなく、四方に壁は無く、足元には良く手入れされた芝生、そして見上げた先にあるのは天井ではなく夜空。
殺伐としたムードの直後だからか、夜の冷たく静かな空気と、煌めく星と、そして輝く満月が途方も無く美しく感じられた。
「成功、したのね……」
瞬間移動──本当にできた。
やはり私の能力だったのだ。
「こ、これは、一体……ここは……!?」
手を繋いだままのダスクが、信じられないとばかりにキョロキョロと辺りを見回す。
触れていれば一緒に瞬間移動できる、という確信があった訳ではなく、安易な思い付きでやった単なる賭けだったが、運命は私たちに味方してくれたようだ。
「大丈夫ですか?」
「あ、ああ……」
私の手を借りて、ダスクがゆっくりと立ち上がる。
向こうに見える、光り輝く記念塔の近くにある巨大で壮麗な建物が、今まで居た大聖堂と思われる。
今の瞬間移動で大聖堂からの脱出には成功したものの、残念ながらサウレス=サンジョーレ曙光島から脱出できた訳ではなさそうだ。
「カグヤ、君は一体何者なんだ……? 一直線の高速移動ならまだしも、壁に隔てられた先に転移するなど、どんな魔術師にも不可能のはず。それとも今の時代では可能なのか?」
「それは……分かりません」
ダスクが処刑されてから現在までどのくらいの年月が経過したのかなど知る由も無いが、あの聖騎士たちの反応を見る限りでは、彼のその常識は変わっていないのではないかと思う。
「それに今、ほんの一瞬だったが、君から確かに魔力の波動を感じた。つまりあれは君が起こした魔法現象であり、魔力が皆無というのは嘘だったことになる」
「私の魔法……」
ここまで来れば私もそれを信じざるを得ないが、しかしそうなると、魔力鑑定の際に水晶が全く反応しなかったのは何故なのか、という疑問が残る。
「おい、貴様らは何者だ! 侵入者か!」
すぐ近くの見張り塔から、聖騎士がこちらを見て怒鳴る。
「逃げるぞ」
「はい……」
ここはまだ敵地の真っ只中、逃避行は続いている。
次の問題は、向こうに見える五十メートルはある外壁を突破すること。
私が客室から消えたことで、聖騎士団は私を絶対に島外へ逃がさないよう、真っ先に外壁の門の警備を強化したと思われ、ここから見える門には十人もの聖騎士が詰めていた。
聖水攻撃の傷が癒えない今のダスクでは、一度に十人を相手取るのは楽な作業ではなく、再び聖水を受けてしまえば、例え門を突破したとしてもその後に差し支える。
外壁を突破する、最も安全な手段は──
「今の瞬間移動、また使えるか……?」
「やってみます」
壁を通り抜けられることは既に証明済み。
ダスクの手を取って、再び念じてみるが──
「……何も起きない。まだ制御できていないのか? それとも魔力切れか?」
数秒待ってみても、変化は無し。
「す、すみません……」
「力を完全に制御できていないのは俺も同じだ。気にするな」
聖騎士たちを圧倒していた戦い振りからはとてもそうは思えないが、まだヴァンパイアとしてのポテンシャルを完全に引き出せていない、とダスクは感じているらしい。
「仕方無い。ここはシンプルなやり方でいこう」
そう言うなり、ダスクの力強い両腕がヒョイと私を抱き上げた。
「きゃっ……!?」
今の私の体勢は、俗に「お姫様抱っこ」と呼ばれるもので、まだ何も知らない幼児期に親にされた経験を除けば、誰かにこんなことをされたのは初めてだ。
「掴まっていろ」
「は、はい……」
言われ、ダスクの首に手を回してしがみ付く。
こんな時だと言うのに、恐怖や緊張とは違う、決して不快ではない鼓動を心臓が奏でていた。
助走を付けたダスクが垂直な壁面を、タタタタタッ、と鋭く一気に駆け上がる。
ヴァンパイアの人間離れした脚力あってこその芸当だが、それでも外壁は高く、勢いだけで登り切ることはできなかった。
「お、落ちます……!」
「大丈夫だ」
ダスクの方もそれは最初から分かっていたようで、落下が始まる前に足先を壁面にズガンと突き刺した。
ピッケルを壁面に突き立ててクライミングする登山家のように、足先を刺しては抜いてを繰り返し、壁を歩いて登っていく。
先程の聖水攻撃でコンディションは万全とは言い難いはずなのに、ヴァンパイアの能力は本当に凄まじい。
「でも、逃げてどこに行きましょう。当てはあるのですか?」
この世界とウルヴァルゼ帝国の事情も常識も全く知らない私だが、少なくはない聖騎士を返り討ちにしてしまい、絶大な権威を持つ栄耀教会を完全に敵に回してしまった私たちに、親切にも手を貸してくれる者が居るとは到底思えない。
「ある訳が無いだろう。ひとまず太陽から隠れられる場所を探して休む。最終的に目指すのは国外だ。ラッセウム帝国辺りが妥当かもな」
「亡命、ですか……。ですが、栄耀教会もそれを読んで手を打つのでは?」
「だろうな。しかし他に道は無い」
異世界に召喚されて、或いは墓所から蘇って、まだ二十四時間と経っていないというのに、私たちの前途は真っ暗だ。
しかし、それでも私たちには窮地を切り抜ける力があり、そして独りではない。
暗中には違い無いが、それでも月や星は確かに輝いている。
希望が無い訳ではないのだ。
神に、ではない。
明確に誰かをイメージした訳ではなく、強いて言うなら運命に、或いは自分自身に祈った。
「お願い……!」
最初の時も、先程も、瞬間移動は私が危機を感じた時に起きた。
だが、今度は自分の意志で起こすのだ。
やり方など分からないので、ただ強く念じるだけ。
「撃て!」
ゼルレーク聖騎士団長の号令で、聖水の矢が群鳥の如く飛んで来る。
無慈悲に押し寄せる死の軍勢を真っ直ぐ睨み付け──それが、テレビのチャンネルを切り替えた時のように、ヒュンと唐突に掻き消えた。
「え……っ」
本当に一瞬の出来事だった。
サウレリオン大聖堂の広々とした廊下で戦っていたはずなのに、もうその景色はどこにも無い。
それどころか屋内ですらなく、四方に壁は無く、足元には良く手入れされた芝生、そして見上げた先にあるのは天井ではなく夜空。
殺伐としたムードの直後だからか、夜の冷たく静かな空気と、煌めく星と、そして輝く満月が途方も無く美しく感じられた。
「成功、したのね……」
瞬間移動──本当にできた。
やはり私の能力だったのだ。
「こ、これは、一体……ここは……!?」
手を繋いだままのダスクが、信じられないとばかりにキョロキョロと辺りを見回す。
触れていれば一緒に瞬間移動できる、という確信があった訳ではなく、安易な思い付きでやった単なる賭けだったが、運命は私たちに味方してくれたようだ。
「大丈夫ですか?」
「あ、ああ……」
私の手を借りて、ダスクがゆっくりと立ち上がる。
向こうに見える、光り輝く記念塔の近くにある巨大で壮麗な建物が、今まで居た大聖堂と思われる。
今の瞬間移動で大聖堂からの脱出には成功したものの、残念ながらサウレス=サンジョーレ曙光島から脱出できた訳ではなさそうだ。
「カグヤ、君は一体何者なんだ……? 一直線の高速移動ならまだしも、壁に隔てられた先に転移するなど、どんな魔術師にも不可能のはず。それとも今の時代では可能なのか?」
「それは……分かりません」
ダスクが処刑されてから現在までどのくらいの年月が経過したのかなど知る由も無いが、あの聖騎士たちの反応を見る限りでは、彼のその常識は変わっていないのではないかと思う。
「それに今、ほんの一瞬だったが、君から確かに魔力の波動を感じた。つまりあれは君が起こした魔法現象であり、魔力が皆無というのは嘘だったことになる」
「私の魔法……」
ここまで来れば私もそれを信じざるを得ないが、しかしそうなると、魔力鑑定の際に水晶が全く反応しなかったのは何故なのか、という疑問が残る。
「おい、貴様らは何者だ! 侵入者か!」
すぐ近くの見張り塔から、聖騎士がこちらを見て怒鳴る。
「逃げるぞ」
「はい……」
ここはまだ敵地の真っ只中、逃避行は続いている。
次の問題は、向こうに見える五十メートルはある外壁を突破すること。
私が客室から消えたことで、聖騎士団は私を絶対に島外へ逃がさないよう、真っ先に外壁の門の警備を強化したと思われ、ここから見える門には十人もの聖騎士が詰めていた。
聖水攻撃の傷が癒えない今のダスクでは、一度に十人を相手取るのは楽な作業ではなく、再び聖水を受けてしまえば、例え門を突破したとしてもその後に差し支える。
外壁を突破する、最も安全な手段は──
「今の瞬間移動、また使えるか……?」
「やってみます」
壁を通り抜けられることは既に証明済み。
ダスクの手を取って、再び念じてみるが──
「……何も起きない。まだ制御できていないのか? それとも魔力切れか?」
数秒待ってみても、変化は無し。
「す、すみません……」
「力を完全に制御できていないのは俺も同じだ。気にするな」
聖騎士たちを圧倒していた戦い振りからはとてもそうは思えないが、まだヴァンパイアとしてのポテンシャルを完全に引き出せていない、とダスクは感じているらしい。
「仕方無い。ここはシンプルなやり方でいこう」
そう言うなり、ダスクの力強い両腕がヒョイと私を抱き上げた。
「きゃっ……!?」
今の私の体勢は、俗に「お姫様抱っこ」と呼ばれるもので、まだ何も知らない幼児期に親にされた経験を除けば、誰かにこんなことをされたのは初めてだ。
「掴まっていろ」
「は、はい……」
言われ、ダスクの首に手を回してしがみ付く。
こんな時だと言うのに、恐怖や緊張とは違う、決して不快ではない鼓動を心臓が奏でていた。
助走を付けたダスクが垂直な壁面を、タタタタタッ、と鋭く一気に駆け上がる。
ヴァンパイアの人間離れした脚力あってこその芸当だが、それでも外壁は高く、勢いだけで登り切ることはできなかった。
「お、落ちます……!」
「大丈夫だ」
ダスクの方もそれは最初から分かっていたようで、落下が始まる前に足先を壁面にズガンと突き刺した。
ピッケルを壁面に突き立ててクライミングする登山家のように、足先を刺しては抜いてを繰り返し、壁を歩いて登っていく。
先程の聖水攻撃でコンディションは万全とは言い難いはずなのに、ヴァンパイアの能力は本当に凄まじい。
「でも、逃げてどこに行きましょう。当てはあるのですか?」
この世界とウルヴァルゼ帝国の事情も常識も全く知らない私だが、少なくはない聖騎士を返り討ちにしてしまい、絶大な権威を持つ栄耀教会を完全に敵に回してしまった私たちに、親切にも手を貸してくれる者が居るとは到底思えない。
「ある訳が無いだろう。ひとまず太陽から隠れられる場所を探して休む。最終的に目指すのは国外だ。ラッセウム帝国辺りが妥当かもな」
「亡命、ですか……。ですが、栄耀教会もそれを読んで手を打つのでは?」
「だろうな。しかし他に道は無い」
異世界に召喚されて、或いは墓所から蘇って、まだ二十四時間と経っていないというのに、私たちの前途は真っ暗だ。
しかし、それでも私たちには窮地を切り抜ける力があり、そして独りではない。
暗中には違い無いが、それでも月や星は確かに輝いている。
希望が無い訳ではないのだ。
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