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第Ⅱ章 暗黒に生まれし者達 ~Out of Heaven~
#45 瘴気満ちる暗黒の地
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「お待たせしました」
メイド服から着替え、サリーと共に地下の客室に戻ると、既に皆が集まっていた。
ダスク、ジェフ、エレノア──この場に居ないのはオズガルドだけだが、それにも理由がある。
「丁度今、お爺ちゃんと通じている。全員、僕に触れて」
言われ、皆でジェフに触れる。
調教術師であるジェフは、使役する生物を通じて映像や音声を認識できる訳だが、そのジェフに触れていれば、彼の魔力を介して他人でも同じように視聴覚を共有し、会話も可能なのだ。
〈皆、聞こえるかな?〉
眼を閉じると、そこに浮かび上がるのはオズガルドの顔。
声もはっきりと鼓膜を震わせ、ガタガタという振動音や車輪の音が聞こえることから、今は馬車の中のようだ。
「大丈夫。ここに居る全員に聞こえてるよ、お爺ちゃん」
〈宜しい。あともう少し声を抑えてくれ。盗み見が発覚しては大問題だからな〉
以前、オズガルドとジェフは一匹のトカゲを聖騎士に取り付けることで、『招聖の儀』とその後の魔力鑑定の様子を盗み見ていた訳だが、今やっているのはそれと同じだ。
ジェフのトカゲをオズガルドが持ち歩き、その様子を遠く離れた私たちに見せている。
「あの……これから何か始まるのですか? 大旦那様は今どちらに……?」
サリーだけは、今日のイベントについて聞かされていないようだった。
「オズは宮廷魔術団を率いて、栄耀教会の演習に同行しています」
「栄耀教会の演習に? 何故ですか?」
オズガルド率いる宮廷魔術団は、予てより栄耀教会とは仲が悪いはずなのに、何故行動を共にしているのか分からず、サリーの頭に疑問符が浮かぶ。
「この帝都から最も近い、地脈から大量の瘴気が滲出している土地に赴き、私の妹──『聖女』テルサが実際に瘴気を浄化してみせるそうです」
三百年前に召喚された初代『聖女』と同じく、『邪神の息吹』の発端となっている瘴気を浄化して貰う目的で、私とテルサはこの世界に召喚された。
召喚が成功したあの日以来、テルサの身柄は栄耀教会によって、皇族ですら面会が叶わないほどに固くガードされ、その動向や暮らし振りは外部には一切伝わってはこなかったが、私のようにこの世界の知識や魔法の修得に励んでいたに違い無い。
肝心の瘴気の浄化についても、こうして公開の機会を設けたということは、既に実証が済んでいると考えるべきだ。
「同行しているのは宮廷魔術団だけじゃないよ。皇族の方々や評議会議員、帝国騎士団の幹部、他にも大手の商人や有名な冒険者ギルドとかも同行してる。そうした有力者たちに彼女の力をお披露目するのが、今回の目的なんだ」
「要するに、栄耀教会の力が今後一層強大になることを強く印象付け、各方面に恭順を促すためのデモンストレーションという訳か」
テルサの力が本物だと知れ渡れば、栄耀教会に正面から異を唱えられる者は居なくなる。
「だが『招聖の儀』の時は、オズガルドはラモン教皇によって追い返されたんだろう? よく同行が叶ったな」
「ええ。前回同様、宮廷魔術団を除け者にするつもりだったようですが、今回は私からレヴィア皇后様に働き掛けたお陰で、立ち会いを認めさせることができました」
フフフ、とエレノアが勝利の笑みを浮かべる。
そのような根回しを依頼でき、こうして引き受けて貰えたということは、エレノアとレヴィア皇后はかなり親密な間柄のようだ。
やがてオズガルドを乗せた馬車が止まり、一行は目的地へと到着したようだ。
「何でしょうか、この景色は……」
トカゲを通して見えてくる光景は、私の想像を超えていた。
夕暮れ時とは全く異なる、まるで天が血に染まったかのような、禍々しく赤黒い風景。
かつては緑生い茂る広大な森林であったと推測されるその場所は、葉が抜け落ちて枯れ果てた木々が、さながら墓標の如く立ち並ぶだけの土地だった。
ひび割れた地面からは、どす黒い煙か蒸気、とでも言えばいいのか、得体の知れない物質が絶えず噴き出て辺りに拡散しており、その量があまりにも多いため、まだ昼間であるにも拘わらず、その一帯だけがまるで太陽を拒むかのような闇に呑まれてしまっていた。
あれが『邪神の息吹』の原因となっている高濃度の闇属性魔素──瘴気と考えて間違い無さそうだ。
「大量の瘴気が作り出す景色だ。大気も水も土も汚染された現世の地獄、あらゆる生命が朽ち果てた暗黒の領域。動いているのは変異魔物とアンデッドだけだ」
三百年前の『邪神の息吹』も同様だったのだろう、重い口調でダスクが語る。
遠く離れた私たちが接しているのは視覚と聴覚のみだが、どうやら相当に死臭が酷いらしく、人々は一様に吸気浄化マスクを着用しており、ここからでも白骨や腐敗した死骸らしきものが地表にいくつも窺えた。
それも、動物や魔物のものではなく、明らかに人間と分かるものも多数。
「まあ、帝都に近いということは、ここはまだマシな地域なんだろう。三百年前はこれよりもっと深刻な所もあった」
「あまり想像したくないけど、眼を背けてもいられないんだよね。残念ながら」
これ以上に酷い光景が他にも多く存在しているということに、私は改めて『邪神の息吹』というものの恐ろしさを思い知った。
しかも、一行が到着して早速、変異魔物とアンデッドがどっと押し寄せて来た。
オズガルドが居る場所の遥か手前で、聖騎士団や冒険者によって押さえ込まれたため、何が起きているのかは分からないが、相当な数と勢いということだけは伝わって来る。
〈聖騎士団の力を見せてやれ!〉
〈一歩も通すな! そして一匹たりとも逃がすな!〉
『邪神の息吹』が引き起こす中で、特に甚大な被害をもたらしているのが変異魔物とアンデッドの大量発生で、以前戦ったレンポッサ卿もそれで命を落としたと語っていた。
〈おい、突破されたぞ!〉
〈早く倒せ!〉
〈ミルファス殿下をお護りしろ! 絶対に近付けるな!〉
しかし、如何に精鋭を揃えていても、数が多いため、それを越えてしまう魔物も中には居る。
「ミルファス殿下、とは?」
ダスクがエレノアに問う。
「第三皇子殿下です。次期皇帝の位に最も近いと言われる御方です」
「第三皇子? 皇太子や第二皇子は居ないのか?」
「マイアス皇太子殿下は、十年以上前に変異魔物に襲われて逝去されました。以来、次期皇帝の座を巡って、第二皇子派と第三皇子派の間で対立が起こり、それが『邪神の息吹』への対応でも足並みを乱してしまっているのです」
どんなに強大な権力も、跡目争いを機に衰退や崩壊が始まるのが歴史のお約束だ。
「第二皇子グラン殿下はあの場には居ない。ミルファス殿下の母君は、ラモン教皇やザッキスと同じズンダルク家の出身だから、栄耀教会はミルファス派だ。だからお爺ちゃんにやったように、競争相手となるグラン皇子とその派閥は今回の演習から外されちゃったんだ」
ラモン教皇の縁者である第三皇子が皇位を継承すれば、栄耀教会の天下は確固たるものになる。
「皇帝陛下は『邪神の息吹』や、栄耀教会やテルサのことをどうお考えなのですか?」
「……正直、陛下はあまり優れた御方ではありません。それらについてお悩みのようですが、宰相や評議会も栄耀教会に傾いてしまっている現状、解決策を見出せておられないようです」
日本の政治もそうだったが、リーダーシップを欠いた者が権力の頂点に立っていると、民衆は不安に包まれ、政治も安定しなくなる。
そうした暗い時代こそ悪徳教団にとっては稼ぎ時であり、弱者たちは不安や迷いに付け込まれて洗脳され、奴隷に堕ちてなけなしの財産を吸い取られてしまうのだ。
メイド服から着替え、サリーと共に地下の客室に戻ると、既に皆が集まっていた。
ダスク、ジェフ、エレノア──この場に居ないのはオズガルドだけだが、それにも理由がある。
「丁度今、お爺ちゃんと通じている。全員、僕に触れて」
言われ、皆でジェフに触れる。
調教術師であるジェフは、使役する生物を通じて映像や音声を認識できる訳だが、そのジェフに触れていれば、彼の魔力を介して他人でも同じように視聴覚を共有し、会話も可能なのだ。
〈皆、聞こえるかな?〉
眼を閉じると、そこに浮かび上がるのはオズガルドの顔。
声もはっきりと鼓膜を震わせ、ガタガタという振動音や車輪の音が聞こえることから、今は馬車の中のようだ。
「大丈夫。ここに居る全員に聞こえてるよ、お爺ちゃん」
〈宜しい。あともう少し声を抑えてくれ。盗み見が発覚しては大問題だからな〉
以前、オズガルドとジェフは一匹のトカゲを聖騎士に取り付けることで、『招聖の儀』とその後の魔力鑑定の様子を盗み見ていた訳だが、今やっているのはそれと同じだ。
ジェフのトカゲをオズガルドが持ち歩き、その様子を遠く離れた私たちに見せている。
「あの……これから何か始まるのですか? 大旦那様は今どちらに……?」
サリーだけは、今日のイベントについて聞かされていないようだった。
「オズは宮廷魔術団を率いて、栄耀教会の演習に同行しています」
「栄耀教会の演習に? 何故ですか?」
オズガルド率いる宮廷魔術団は、予てより栄耀教会とは仲が悪いはずなのに、何故行動を共にしているのか分からず、サリーの頭に疑問符が浮かぶ。
「この帝都から最も近い、地脈から大量の瘴気が滲出している土地に赴き、私の妹──『聖女』テルサが実際に瘴気を浄化してみせるそうです」
三百年前に召喚された初代『聖女』と同じく、『邪神の息吹』の発端となっている瘴気を浄化して貰う目的で、私とテルサはこの世界に召喚された。
召喚が成功したあの日以来、テルサの身柄は栄耀教会によって、皇族ですら面会が叶わないほどに固くガードされ、その動向や暮らし振りは外部には一切伝わってはこなかったが、私のようにこの世界の知識や魔法の修得に励んでいたに違い無い。
肝心の瘴気の浄化についても、こうして公開の機会を設けたということは、既に実証が済んでいると考えるべきだ。
「同行しているのは宮廷魔術団だけじゃないよ。皇族の方々や評議会議員、帝国騎士団の幹部、他にも大手の商人や有名な冒険者ギルドとかも同行してる。そうした有力者たちに彼女の力をお披露目するのが、今回の目的なんだ」
「要するに、栄耀教会の力が今後一層強大になることを強く印象付け、各方面に恭順を促すためのデモンストレーションという訳か」
テルサの力が本物だと知れ渡れば、栄耀教会に正面から異を唱えられる者は居なくなる。
「だが『招聖の儀』の時は、オズガルドはラモン教皇によって追い返されたんだろう? よく同行が叶ったな」
「ええ。前回同様、宮廷魔術団を除け者にするつもりだったようですが、今回は私からレヴィア皇后様に働き掛けたお陰で、立ち会いを認めさせることができました」
フフフ、とエレノアが勝利の笑みを浮かべる。
そのような根回しを依頼でき、こうして引き受けて貰えたということは、エレノアとレヴィア皇后はかなり親密な間柄のようだ。
やがてオズガルドを乗せた馬車が止まり、一行は目的地へと到着したようだ。
「何でしょうか、この景色は……」
トカゲを通して見えてくる光景は、私の想像を超えていた。
夕暮れ時とは全く異なる、まるで天が血に染まったかのような、禍々しく赤黒い風景。
かつては緑生い茂る広大な森林であったと推測されるその場所は、葉が抜け落ちて枯れ果てた木々が、さながら墓標の如く立ち並ぶだけの土地だった。
ひび割れた地面からは、どす黒い煙か蒸気、とでも言えばいいのか、得体の知れない物質が絶えず噴き出て辺りに拡散しており、その量があまりにも多いため、まだ昼間であるにも拘わらず、その一帯だけがまるで太陽を拒むかのような闇に呑まれてしまっていた。
あれが『邪神の息吹』の原因となっている高濃度の闇属性魔素──瘴気と考えて間違い無さそうだ。
「大量の瘴気が作り出す景色だ。大気も水も土も汚染された現世の地獄、あらゆる生命が朽ち果てた暗黒の領域。動いているのは変異魔物とアンデッドだけだ」
三百年前の『邪神の息吹』も同様だったのだろう、重い口調でダスクが語る。
遠く離れた私たちが接しているのは視覚と聴覚のみだが、どうやら相当に死臭が酷いらしく、人々は一様に吸気浄化マスクを着用しており、ここからでも白骨や腐敗した死骸らしきものが地表にいくつも窺えた。
それも、動物や魔物のものではなく、明らかに人間と分かるものも多数。
「まあ、帝都に近いということは、ここはまだマシな地域なんだろう。三百年前はこれよりもっと深刻な所もあった」
「あまり想像したくないけど、眼を背けてもいられないんだよね。残念ながら」
これ以上に酷い光景が他にも多く存在しているということに、私は改めて『邪神の息吹』というものの恐ろしさを思い知った。
しかも、一行が到着して早速、変異魔物とアンデッドがどっと押し寄せて来た。
オズガルドが居る場所の遥か手前で、聖騎士団や冒険者によって押さえ込まれたため、何が起きているのかは分からないが、相当な数と勢いということだけは伝わって来る。
〈聖騎士団の力を見せてやれ!〉
〈一歩も通すな! そして一匹たりとも逃がすな!〉
『邪神の息吹』が引き起こす中で、特に甚大な被害をもたらしているのが変異魔物とアンデッドの大量発生で、以前戦ったレンポッサ卿もそれで命を落としたと語っていた。
〈おい、突破されたぞ!〉
〈早く倒せ!〉
〈ミルファス殿下をお護りしろ! 絶対に近付けるな!〉
しかし、如何に精鋭を揃えていても、数が多いため、それを越えてしまう魔物も中には居る。
「ミルファス殿下、とは?」
ダスクがエレノアに問う。
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どんなに強大な権力も、跡目争いを機に衰退や崩壊が始まるのが歴史のお約束だ。
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「皇帝陛下は『邪神の息吹』や、栄耀教会やテルサのことをどうお考えなのですか?」
「……正直、陛下はあまり優れた御方ではありません。それらについてお悩みのようですが、宰相や評議会も栄耀教会に傾いてしまっている現状、解決策を見出せておられないようです」
日本の政治もそうだったが、リーダーシップを欠いた者が権力の頂点に立っていると、民衆は不安に包まれ、政治も安定しなくなる。
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