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第Ⅲ章 闇夜に輝く希望の月 ~Destiny Attracted by the Moon~
#49 歴史の光と闇
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「以前から気になっていたのですが……」
読んでいた本を机に置き、私はエレノアに尋ねた。
「何でしょう?」
「初代『聖女』様のことですが、どの史料や書物を読んでもお名前が出て来ないのは何故なのでしょうか?」
『招聖の儀』の効力が及ぶのは、元の世界の『日出づる国』──すなわち日本に居る女性だけだと、召喚初日に栄耀教会から説明された。
したがって、私やテルサと同じく初代『聖女』も日本人だったのは間違い無いようだが、後はテルサと同じく光の極大魔力『旭日』を宿していたということ以外、何も分かっていない。
国家を危機から救うという前代未聞、空前絶後の偉業を成し遂げた人物だというのに、その名前や記録のみならず、像や肖像画なども全く作られなかったというのは実に奇妙な話だ。
「更に言うなら、三百年前の『邪神の息吹』を鎮めた後、彼女がどのような人生を送ったのかも伝わっていません」
「だとすれば……何か都合の悪いことがあって、皇室や栄耀教会が『聖女』に関する情報操作を行った、ということでしょうか?」
歴史はその都度、権力者たちの手によって都合良く歪められ、不都合な事実は闇に葬られてしまう。
ジェフが以前、サウレス=サンジョーレ曙光島にある教会図書館の禁書庫になら、真相を記した史料が残されている可能性があると言っていた。
私の力を使えばこっそり転移して忍び込み、極秘史料を手に入れることも不可能ではないだろうが、リスクと必要性を天秤に掛けると流石にそんな気にはなれない。
「強大な力は諸刃の剣。恩恵と同じだけの歪みももたらします。これは私の想像ですが……初代様の『旭日』を脅威に思った当時の栄耀教会が、用済みになった彼女を秘密裏に処分してしまったのでは、と睨んでいます」
「処分、ですか……」
自分たちの都合で一方的に召喚しておきながら、自分たちの都合で一方的に抹殺する。
何とも身勝手で冷酷な話だが、しかし栄耀教会がそうした非道も平然とやってのけるということを、私は身を以て体験してしまっているため、エレノアの見立てが的外れだとは全く思わない。
私の闇の極大魔力もまた、使い方次第で多くの人の運命を左右できてしまう訳だから、彼女たちの『旭日』と本質的に変わりは無い。
どんな力も使い手次第。
そして使い方次第で、使い手の運命もまた変わる。
私が言えることではないが、どんな行いや生き方だろうと、その報いはいずれ必ず返って来るということは、両親と教主、そしてあの教団の末路が如実に示してくれた。
「カグヤ……あなたには、そんな末路は辿って欲しくありません。こうして様々な指導を行うのは、あなたの身を護るためであると同時に、あなたが自分の力で身を滅ぼさないためでもあるのです」
「エレノア様のそのお心遣い、とても有り難く思っています」
力ある者こそ己を厳しく律し、謙虚に努めなくてはならない。
喜んでいいのか分からないが、反面教師には事欠かない。
「もう一つ。このウルヴァルゼ帝国は、かつては王国を称していたそうですね。それがやはり三百年前のベナト王の代で、領土を急速に拡大して現在の帝国に改称したのだと。これは何故なのでしょうか?」
「その答も、当時何があったかを考えれば分かるはずです」
「『邪神の息吹』と『招聖の儀』でしょうか……?」
エレノアが頷く。
「『邪神の息吹』はウルヴァルゼだけでなく西大陸全土、更には世界全体で、各地域によって発生時期にズレはあるものの、同様に百年周期で発生してきました。三百年前の『邪神の息吹』でも、当時のウルヴァルゼ王国のみならず、隣接するラッセウム帝国や他の近隣国も同様の被害に遭っていたそうです」
どの国も厄災への対処に追われ、他国に兵を差し向ける余裕など無かった訳だが、
「しかし、栄耀教会を抱えるウルヴァルゼ王国だけは『聖女』の召喚に成功。彼女の『旭日』を以て国中の瘴気を浄化したのですね」
「ええ。これが歴史の分岐点となったのです。当時のウルヴァルゼ王国はラッセウム帝国の圧迫に晒され、その顔色を窺うことで辛うじて命脈を保っていた弱小国でしたが……」
「召喚した『聖女』のお陰で『邪神の息吹』を克服。これを千載一遇の好機と捉えたベナト王は、未だ災禍に見舞われたままのラッセウム帝国へ侵攻したということですか……」
埋め難い国力差があったとしても、相手が罹災して極端に衰えた状態であれば、弱小国でも勝ち目はある。
「結果は御覧の通り。ウルヴァルゼ王国は瞬く間にラッセウム帝国を滅ぼし、その後も諸国を併呑していき、二十年で西大陸の八割を領する大帝国へと成長を遂げたのです。『儀式』の功績が認められた栄耀教会も絶大な権威を獲得、サウル教も大陸全土に広まり、大聖堂にある光り輝く記念塔『日輪の眼』も、その時代に建造されたそうです」
三百年前に『聖女』を召喚し、国家の救済と発展に寄与した功績は確かに評価されて然るべきだが、記念塔の輝きとは対照的に、現在の栄耀教会の腹は真っ黒だ。
「初代皇帝となったベナト王は『英雄』と讃えられ、皇宮前のベナト広場にはその名の通り彼の像が立っています。敬虔なサウル教徒にして、暴君に『聖戦』を挑んで神の教えを広め、圧政に虐げられていた人々を救済した『聖帝』として今も崇められています」
国家発展の英雄、神に献身した名君──実に美しい響きだ。
だからこそ、なのだろうか。
照らす光が強いほど、生じる影も比例して濃くなる。
輝かしい聖帝伝説の裏側に、隠された闇の匂いを感じずにはいられなかった。
「ダスクさんが仕えていたカルディス王弟は、そのベナト帝の弟なのですよね? その彼が『招聖の儀』が行われる前年に王位簒奪を目論んだとして処刑された。となると、やはりその事件と三百年前の『儀式』には、何か関係があるように思えてならないのですが……」
不可解な事件を解き明かすには、まず受益者を疑うのが基本。
この場合はベナト帝と栄耀教会がその対象だ。
或いは侵略戦争まで視野に入れた上で、彼らは『招聖の儀』を決行したのかも知れない。
「そうですね。以前は気にも留めていなかったのですが、あなたやダスクと出会ってからは、その歴史にも疑念を抱くようになってきました。初代『聖女』様への情報操作も、その辺りに理由があるのかも知れませんね」
「まだ疑問はあります。初代『聖女』様が瘴気を完全に浄化してからの二百五十年は、平穏な時代が続いていたというのに、五十年前に再び瘴気の滲出が観測され、現在の『邪神の息吹』が始まったのは何故なのでしょうか?」
天災は忘れた頃にやって来る。
『聖女』のお陰で『邪神の息吹』を完全決着が付いたものとして忘却、繁栄と安寧に感けてすっかり備えを怠っていたことも、被害をより深刻にしてしまった要因と思われる。
「『聖女』の力も永遠ではなかった、ということです。詳しくはまた別の機会にお話しますが……例えテルサが『邪神の息吹』を鎮めたとしても、また数百年後には再来してしまうと考えられます」
当然、評議会や栄耀教会もそれは想定しているはずだから、その時はまた『招聖の儀』で三代目の『聖女』を召喚し、後の時代でも『邪神の息吹』の再来に合わせて四代目、五代目と喚んでいくのだろう。
天災が忘れた頃に再来するように、人の歴史も繰り返される。
初代と二代目、どちらの『聖女』の召喚に於いても、関連して不穏な事件や混乱が起きた訳だから、後代の召喚でも同様の事態が起きてしまうのは想像に難くない。
「もしかして、今回もまた『聖戦』が起きるのでしょうか?」
「それは無いでしょう。皇帝陛下はそのような大それたことを考えられるような方ではありませんし、そもそも当時の『聖戦』は利潤や布教を目的とした拡大戦争と言うよりも、ラッセウム帝国を排除して国家の安定を図るための防衛戦争だったようですから」
今のウルヴァルゼ帝国は西大陸の大部分を有する超大国、圧迫を掛けてくるような外敵は存在しないため、わざわざ『聖戦』を起こす必要など全く無い、というのがエレノアの見解のようだ。
「それを聞いて安心しました。『邪神の息吹』で国が荒れてしまった以上、それが終息した後は内政に専念すべきですから」
厄災も戦乱も無いことこそ、一番の平和だ。
読んでいた本を机に置き、私はエレノアに尋ねた。
「何でしょう?」
「初代『聖女』様のことですが、どの史料や書物を読んでもお名前が出て来ないのは何故なのでしょうか?」
『招聖の儀』の効力が及ぶのは、元の世界の『日出づる国』──すなわち日本に居る女性だけだと、召喚初日に栄耀教会から説明された。
したがって、私やテルサと同じく初代『聖女』も日本人だったのは間違い無いようだが、後はテルサと同じく光の極大魔力『旭日』を宿していたということ以外、何も分かっていない。
国家を危機から救うという前代未聞、空前絶後の偉業を成し遂げた人物だというのに、その名前や記録のみならず、像や肖像画なども全く作られなかったというのは実に奇妙な話だ。
「更に言うなら、三百年前の『邪神の息吹』を鎮めた後、彼女がどのような人生を送ったのかも伝わっていません」
「だとすれば……何か都合の悪いことがあって、皇室や栄耀教会が『聖女』に関する情報操作を行った、ということでしょうか?」
歴史はその都度、権力者たちの手によって都合良く歪められ、不都合な事実は闇に葬られてしまう。
ジェフが以前、サウレス=サンジョーレ曙光島にある教会図書館の禁書庫になら、真相を記した史料が残されている可能性があると言っていた。
私の力を使えばこっそり転移して忍び込み、極秘史料を手に入れることも不可能ではないだろうが、リスクと必要性を天秤に掛けると流石にそんな気にはなれない。
「強大な力は諸刃の剣。恩恵と同じだけの歪みももたらします。これは私の想像ですが……初代様の『旭日』を脅威に思った当時の栄耀教会が、用済みになった彼女を秘密裏に処分してしまったのでは、と睨んでいます」
「処分、ですか……」
自分たちの都合で一方的に召喚しておきながら、自分たちの都合で一方的に抹殺する。
何とも身勝手で冷酷な話だが、しかし栄耀教会がそうした非道も平然とやってのけるということを、私は身を以て体験してしまっているため、エレノアの見立てが的外れだとは全く思わない。
私の闇の極大魔力もまた、使い方次第で多くの人の運命を左右できてしまう訳だから、彼女たちの『旭日』と本質的に変わりは無い。
どんな力も使い手次第。
そして使い方次第で、使い手の運命もまた変わる。
私が言えることではないが、どんな行いや生き方だろうと、その報いはいずれ必ず返って来るということは、両親と教主、そしてあの教団の末路が如実に示してくれた。
「カグヤ……あなたには、そんな末路は辿って欲しくありません。こうして様々な指導を行うのは、あなたの身を護るためであると同時に、あなたが自分の力で身を滅ぼさないためでもあるのです」
「エレノア様のそのお心遣い、とても有り難く思っています」
力ある者こそ己を厳しく律し、謙虚に努めなくてはならない。
喜んでいいのか分からないが、反面教師には事欠かない。
「もう一つ。このウルヴァルゼ帝国は、かつては王国を称していたそうですね。それがやはり三百年前のベナト王の代で、領土を急速に拡大して現在の帝国に改称したのだと。これは何故なのでしょうか?」
「その答も、当時何があったかを考えれば分かるはずです」
「『邪神の息吹』と『招聖の儀』でしょうか……?」
エレノアが頷く。
「『邪神の息吹』はウルヴァルゼだけでなく西大陸全土、更には世界全体で、各地域によって発生時期にズレはあるものの、同様に百年周期で発生してきました。三百年前の『邪神の息吹』でも、当時のウルヴァルゼ王国のみならず、隣接するラッセウム帝国や他の近隣国も同様の被害に遭っていたそうです」
どの国も厄災への対処に追われ、他国に兵を差し向ける余裕など無かった訳だが、
「しかし、栄耀教会を抱えるウルヴァルゼ王国だけは『聖女』の召喚に成功。彼女の『旭日』を以て国中の瘴気を浄化したのですね」
「ええ。これが歴史の分岐点となったのです。当時のウルヴァルゼ王国はラッセウム帝国の圧迫に晒され、その顔色を窺うことで辛うじて命脈を保っていた弱小国でしたが……」
「召喚した『聖女』のお陰で『邪神の息吹』を克服。これを千載一遇の好機と捉えたベナト王は、未だ災禍に見舞われたままのラッセウム帝国へ侵攻したということですか……」
埋め難い国力差があったとしても、相手が罹災して極端に衰えた状態であれば、弱小国でも勝ち目はある。
「結果は御覧の通り。ウルヴァルゼ王国は瞬く間にラッセウム帝国を滅ぼし、その後も諸国を併呑していき、二十年で西大陸の八割を領する大帝国へと成長を遂げたのです。『儀式』の功績が認められた栄耀教会も絶大な権威を獲得、サウル教も大陸全土に広まり、大聖堂にある光り輝く記念塔『日輪の眼』も、その時代に建造されたそうです」
三百年前に『聖女』を召喚し、国家の救済と発展に寄与した功績は確かに評価されて然るべきだが、記念塔の輝きとは対照的に、現在の栄耀教会の腹は真っ黒だ。
「初代皇帝となったベナト王は『英雄』と讃えられ、皇宮前のベナト広場にはその名の通り彼の像が立っています。敬虔なサウル教徒にして、暴君に『聖戦』を挑んで神の教えを広め、圧政に虐げられていた人々を救済した『聖帝』として今も崇められています」
国家発展の英雄、神に献身した名君──実に美しい響きだ。
だからこそ、なのだろうか。
照らす光が強いほど、生じる影も比例して濃くなる。
輝かしい聖帝伝説の裏側に、隠された闇の匂いを感じずにはいられなかった。
「ダスクさんが仕えていたカルディス王弟は、そのベナト帝の弟なのですよね? その彼が『招聖の儀』が行われる前年に王位簒奪を目論んだとして処刑された。となると、やはりその事件と三百年前の『儀式』には、何か関係があるように思えてならないのですが……」
不可解な事件を解き明かすには、まず受益者を疑うのが基本。
この場合はベナト帝と栄耀教会がその対象だ。
或いは侵略戦争まで視野に入れた上で、彼らは『招聖の儀』を決行したのかも知れない。
「そうですね。以前は気にも留めていなかったのですが、あなたやダスクと出会ってからは、その歴史にも疑念を抱くようになってきました。初代『聖女』様への情報操作も、その辺りに理由があるのかも知れませんね」
「まだ疑問はあります。初代『聖女』様が瘴気を完全に浄化してからの二百五十年は、平穏な時代が続いていたというのに、五十年前に再び瘴気の滲出が観測され、現在の『邪神の息吹』が始まったのは何故なのでしょうか?」
天災は忘れた頃にやって来る。
『聖女』のお陰で『邪神の息吹』を完全決着が付いたものとして忘却、繁栄と安寧に感けてすっかり備えを怠っていたことも、被害をより深刻にしてしまった要因と思われる。
「『聖女』の力も永遠ではなかった、ということです。詳しくはまた別の機会にお話しますが……例えテルサが『邪神の息吹』を鎮めたとしても、また数百年後には再来してしまうと考えられます」
当然、評議会や栄耀教会もそれは想定しているはずだから、その時はまた『招聖の儀』で三代目の『聖女』を召喚し、後の時代でも『邪神の息吹』の再来に合わせて四代目、五代目と喚んでいくのだろう。
天災が忘れた頃に再来するように、人の歴史も繰り返される。
初代と二代目、どちらの『聖女』の召喚に於いても、関連して不穏な事件や混乱が起きた訳だから、後代の召喚でも同様の事態が起きてしまうのは想像に難くない。
「もしかして、今回もまた『聖戦』が起きるのでしょうか?」
「それは無いでしょう。皇帝陛下はそのような大それたことを考えられるような方ではありませんし、そもそも当時の『聖戦』は利潤や布教を目的とした拡大戦争と言うよりも、ラッセウム帝国を排除して国家の安定を図るための防衛戦争だったようですから」
今のウルヴァルゼ帝国は西大陸の大部分を有する超大国、圧迫を掛けてくるような外敵は存在しないため、わざわざ『聖戦』を起こす必要など全く無い、というのがエレノアの見解のようだ。
「それを聞いて安心しました。『邪神の息吹』で国が荒れてしまった以上、それが終息した後は内政に専念すべきですから」
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