闇の聖女は夜輝く(魔力皆無で『聖女』認定されず命を狙われた彼女は、真の力で厄災と教団に立ち向かう)

尾久沖ちひろ

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第Ⅲ章 闇夜に輝く希望の月 ~Destiny Attracted by the Moon~

#57 天国と地獄 その4

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 高濃度の闇属性魔素マナ──瘴気が百年周期で地脈や源泉から大量発生することで起こる、大陸規模の厄災『邪神の息吹』。


 暗雲による日照時間の減少、大雨や強風など異常気象の増加、大気や土壌、河川や海などの水質汚染、疫病の大流行、自然荒廃と、凶作と飢饉。
 そして特に深刻な被害をもたらしているのが、変異魔物やアンデッドによる人界への被害だ。
 各地の領主は防衛団を結成、または冒険者に依頼することで対応しているが、変異魔物はともかく、ネズミ算式に増加するアンデッドを抑え込むには、人員も予算も時間も足りず、壊滅する街や村は後を絶たない。


 希望無き暗黒の時代の真っ只中に、俺たちは生まれてしまったのだ。


「お帰りなさい、殿下。お勤めご苦労様でした」


 カルディス王弟が治めるレーゲン地方、その中央となる都市ルーンベイル。


 過酷な任務を終え、城に帰還した俺たちを出迎えたのは、彼の妻セレナ。


「ただいま、セレナ。今回も帰って来たぞ」


 人目もはばからず、カルディス王弟が愛する妻を抱き締める。


「お父さま、おかえりなさ~い」
「おかえり~」


 そんな夫婦の元にトコトコとやって来たのは、娘ダイアと息子ディルク。


「ただいま~。ちゃんと良い子にしてたか?」


 愛する子供たちを抱き上げて、父が頬擦りする。
 戦場では稀代の指揮官にして熟達の戦士だが、家庭では良き夫にして子煩悩な父親だ。


「あなたたちもお帰りなさい。お勤めご苦労様」


 夫から離れたセレナが、俺たち親衛隊へ笑みを向ける。


「只今戻りました、セレナ様」


 親衛隊を代表して、リーダーのグレックスが応じる。


 最底辺の身分に生まれ、親兄弟を亡くして孤独な人生を余儀無くされた子供が、この暗黒の時代には掃いて捨てるほど溢れている。
 そんな孤児の中から見込みのある者を拾い、育て、忠実な戦士に仕立て上げて結成されたのが、この『カルディス親衛隊』だ。
 グレックスもレヴランも他の隊員も全員、親の愛情を満足に受けること無く育ってきた者ばかり故に、厳しくも一人の人間として向き合うカルディス王弟と、優しい笑みと温かく包み込むような慈愛で接するセレナに深い敬慕けいぼを抱き、忠実に従っている。


「……厳しい戦いだったようね」


 セレナの笑みに悲しみの色が滲む。


 出発時には二十人居たメンバーが、今は半数。
『邪神の息吹』の影響を受けた変異魔物やアンデッドは、普通の魔物よりも危険度は上で数も多いため、誰一人欠けること無く討伐作戦が終わったことなど一度として無かった。


「……イーバです」


 グロームがセレナに手渡したのは、布に包まれた手首。


「……お帰りなさい、イーバ。よく頑張ったわね」


 冷たくなった物言わぬ手首に、セレナが頬擦りする。
 慕っていたセレナの元に一部だけでも帰って来れたイーバは、まだ幸せと言っていい。


「ね~、お話おわった~? ダイア、早くあそびたい~」
「ぼくも~」


 ダイアは七歳、ディルクは五歳。
 まだ世の中のことも、人の生き死にも知らない年齢だ。
 あの無垢な姉弟を見る度に、同じ歳の頃には当たり前のように父親に虐使されていた、忌まわしい過去を思い出し比較せずにはいられない。


「よ~し、じゃあ俺が遊んであげますよ。何がいいですか?」


 悲しい気持ちを振り払うように、グロームが明るい声音と表情を見せる。
 こうしてカルディス王弟に仕えるまで俺も知らなかったが、グロームは意外と子供好きで、ダイアとディルクのことも可愛がっており、二人もまたグロームに懐いている。


「え~っとね、じゃあお馬さんできょうそう!」
「分かりました、ディルク様。さあどうぞ」


 と、四つん這いになったグロームの背に、ディルクが慣れた動作でまたがる。


「ダイアも! ダイアも!」
「ええ勿論。ほらレヴラン、お前も馬になれ」
「え、私も……? 疲れてるんだがな……」


 などとぼやきながらも、同じように馬の真似をしたレヴランがダイアを乗せる。


「「しゅっぱ~つ!」」
「「ひひ~ん!」」


 姉弟の掛け声に従って、グロームとレヴランが四足で走り出した。
 その様子を眺めていると、セレナがやって来て、傷付いた俺の頬に触れた。


「ダスクもお帰りなさい。戦い、ご苦労様」
「……ああ」


 と、視線を逸らして素っ気無い態度で返事すると、


「お前……セレナ様に無礼な態度を取るなと、何度言ったら分かるんだ?」


 グレックスに後頭部を鷲掴みにされ、ぐいっと頭を下げさせられた。


「申し訳ありません、セレナ様。ほらダスク、謝れ」
「別にいいのよ」


 カルディス王弟とセレナを慕い、忠誠を誓っている親衛隊の中で、相変わらずこんな態度を取り続けているのは俺だけだ。


「……死ぬほど疲れてるので、失礼します」
「ええ。ゆっくり休みなさい」


 防具を脱ぎ捨て、自室の簡素なベッドの上に寝転ぶ。
 ボーッと天井を眺めていると、親衛隊に入って間も無い頃、カルディス王弟と交わしたやり取りが浮かんできた。



「何で殿下は……俺たちみたいなどん底の悪ガキばかり集めるんだ? 国王の弟で、この街の領主で将軍なら、手下なんていくらでも集められるだろうに」
「まあな。だがそうした連中というのは『王族』『領主』『将軍』という身分や肩書きに対して従っているだけで、カルディスという私個人に従っている訳ではない。仮に私が王族から絶縁されたり、領地を没収されたり、将軍職を罷免ひめんされでもすれば、次の日にはさよならだ」


 極限状態に追い込まれた時こそ、その者の真実が浮かび上がる。
 永遠の忠誠を誓うだの、正義だの誇りだの神の御意思だのと高尚な言葉を吐いていた者が、危機や利益を目前にした途端、恥も外聞もかなぐり捨ててあっさりと堕落する様子を、俺もそれまでの人生で何度も眼にしてきた。


「利害で結ばれた関係なんざ、肝心な時に頼りにならない、か……」
「お前ならそれが分かるはずだ。父親がそうだったのだろう?」


 愛情など微塵も無く、そもそも利害すら一致していなかったのだから、破綻して当然の関係だった。


「『邪神の息吹』が起きて久しい。世の乱れに伴って人の心も荒む一方。奪い合いや騙し合い、殺し合いはあちこちで起きている。そんな時代だからこそ『信頼』がより重要なのだ」
「信頼、ね……」



 はっきり言おう。
 俺はカルディス王弟にもセレナにも、信頼など抱いていなかった。


 恩義も無ければ忠誠心も無い。
 他に居場所が無いから、弟グロームが従っていたから、取り敢えず下に付いていたに過ぎない。


 身寄りの無い孤児たちを拾い、育て、鍛え、直属の親衛隊という肩書きと使命を与える。
 与えると言えば聞こえは良いが、要するに社会のゴミをリサイクルして兵士に仕立て上げているに過ぎない。


 俺たちは所詮、消耗品だ。
 代わりはいくらでも溢れている。


「……こんな所にいつまでも居られるかよ」


『邪神の息吹』は年を追う毎に勢いを増し、変異魔物やアンデッドの数や強さもそれに比例していく。
 戦いはより激化し、命を落とす危険も増す。


 イーバのあの手首は、未来の俺の姿だ。
 あんな無惨な未来は御免だ。


 俺は奴隷ではない。
 甘い言葉と安っぽい親切に惑わされ、全てを奪われた果てに死ぬなど御免だ。


 ──だから、逃げ出した。
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