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第Ⅳ章 光の聖女は朝照らす ~The Saint Over The RISING SUN~
#71 天国を目指す者 その1
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「人は何のために生きるのか、分かるかしら?」
幼い頃に交わした母とのやり取りは、今も私の脳裏に鮮明に甦る。
「ん~、わかんない」
双子の姉がそう首を傾げると、陽光のような誇らしさを湛えて母は言った。
「『天国』に行くためよ」
──『天国』に行く。
両親が事あるごとに口にするその言葉が、私の意識に刻み込まれ、その後の生き方に影響を及ぼすようになったのは、思えばあの瞬間からだったのかも知れない。
「テルサ様、お目覚め下さい」
小鳥の囀りと共に、綺麗な声が掛けられた。
瞼の向こう側に光を感じる。
柔らかな毛布を押し退け、むっくりと上体を起こした瞬間から、今日の朝が始まる。
「お早うございます、テルサ様」
天蓋付きベッドの横に立つうら若い侍女が、にこやかに挨拶した。
「お早う、リナリィ」
彼女が開けてくれた窓から、朝の空気と光を全身で取り込む。
「う~ん、清々しい朝ね」
帝都エルザンパールの東、サウレス湾に浮かぶ栄耀教会の総本山──『サウレス=サンジョーレ曙光島』。
そこにある聖宮殿の客間の一つが、現在の私の住まいだ。
『招聖の儀』が行われたあの日を境に、私の生活は一変した。
大陸規模の厄災『邪神の息吹』を鎮める力を持つ『聖女』を召喚するために、栄耀教会とウルヴァルゼ帝国は『儀式』を行い、そして──私が召喚された。
魔力鑑定の結果、三百年前に召喚され、実際に『邪神の息吹』を鎮めた初代『聖女』と同じ光の極大魔力『旭日』が私にも備わっていることが判明、二代目『聖女』として公式に認定された。
厄災に毒された国を救える唯一の力を持つ私は、今やこの国に於ける最上級のVIPであり、重要度で言えば皇帝や教皇をも上回る。
誰もが私を必要とし、期待と希望の眼差しを向けてくる。
あの昇り行く太陽の如く、長き暗黒の時代に終止符を打ち、安寧の新時代を祝福の光で照らし示してくれると信じている。
「お湯加減はどうですか、テルサ様?」
「丁度良いわ」
火と水の属性魔法で温かいシャワーを作り、私の体を洗う侍女の名はリナリィ・キャサ・ベルサール。
分家の出身ではあるが、サファース・ルセイン・ベルサール枢機卿と同族で、年齢は十六歳。
ベルサール家も、ラモン教皇やザッキスのズンダルク家や、ゼルレーク聖騎士団長やラウルのエーゲリッヒ家と同じ『聖なる一族』──聖職者や聖騎士を数多く輩出する家系だ。
宗教の家に生を受け、神と教団への信仰と奉仕を宿命付けられた娘。
そう、かつての私と同じく。
「本日のお召し物はどちらが宜しいでしょうか?」
「じゃあ、その白い方を」
「かしこまりました」
シャワーを終えた私の体を拭いた後、リナリィに着替えを手伝って貰う。
私の身の回りの世話をテキパキとこなすだけでなく、この世界の常識を知らない私に様々な知識を教えてくれたりと、実に快適に過ごせている。
数年前に母と姉を亡くしたというリナリィにとって、二人の命を奪った疫病、その原因となった『邪神の息吹』は恐怖と憎悪の対象。
それを浄化する力を持った唯一の人物である私は、家族の仇を討ち、世に平安をもたらしてくれる希望の光、救いの女神様も同然ということで、私の世話に誇りと充実感を持って取り組んでくれている。
『聖女』付きの侍女は他に何人も居るが、仕事振りはリナリィが一番だと断言していい。
「本日のご予定を説明させて頂きます。食後は西棟の講堂にて魔法の講義、その次は──」
朝食を食べながら、本日の予定について説明を受ける。
『聖女』の力を持っていると言っても、それはダイヤモンドの原石のようなもの。
どんなに高価な宝石だろうと、研磨されていないままでは無価値な石コロであるように、私も至高の能力を持っていても、それを十全に活かすための基礎と経験が不足している。
瘴気を浄化して『邪神の息吹』を終息へ導くことが『聖女』の務め。
国家とそこに暮らす人々の命運が懸かっている以上、失敗など到底許されず、そんなことにでもなったら私とて只では済まなくなるのだから、万全の支度を整えなくてはならない。
魔法の座学や実技、ウルヴァルゼ帝国の社会や歴史、サウル教の教義や栄耀教会の活動など、身に付けなくてはならないことは山ほどあり、安穏と過ごしている暇など一秒たりともありはしない。
「それから午後のダンスレッスンですが、今回も特別講師としてミルファス殿下がお越しになるとのことです」
「分かったわ」
ミルファスとは、このウルヴァルゼ帝国の第三皇子の名だ。
王侯貴族のような上流階級の者たちにとっては、ダンスや各種マナーは読み書きと同じく習得して当然の教養であり、今後そうした者たちと頻繁に関わっていく以上、私にとっても必須科目ということは理解できるが、それだけなら皇子よりも適した講師はいくらでも居る。
何故皇子が直々に講師を務めるのか、その理由は容易に想像が付く。
十年以上前に皇太子マイアスが『邪神の息吹』が原因で亡くなって以来、第二皇子グランと第三皇子ミルファスの派閥間で次期皇帝の座を巡る政治闘争が行われており、ミルファス皇子の母親はズンダルク家の出身であるため、縁者であるラモン教皇と栄耀教会は彼を支持している。
わざわざダンスレッスンの特別講師として呼んだのは、『聖女』テルサはミルファス皇子と仲良しですよ、と内外にアピールして、皇位争いを有利に進めようとするラモン教皇の政略なのだろう。
次の皇帝になるかも知れない人物と良好な関係を築いておくことは、私にとっても損にはならない。
午前の授業は滞り無く終わり、午後のダンスレッスンの時間。
「お相手、ありがとうございました」
一通り踊り終えて、私はミルファス皇子に優雅に礼を述べる。
これもマナーレッスンの賜物だ。
「いえいえ、こちらこそ楽しく踊らせて頂きました。それにしても流石は『聖女』様。他の修練や勉学でも、素晴らしく覚えが良いと聞いておりましたが、ダンスも実にお上手です。これなら明日パーティーが開かれたとしても問題無いでしょう」
フフフ、とミルファス皇子が甘く微笑む。
年齢は二十五歳、既に二人の子が居ると聞くので、その笑みに親しみはあっても恋愛感情は無いはずだ。
「それは先生が優しく丁寧に教えて下さるからでしょう」
フフフ、と私も微笑みを返す。
「また機会がありましたら、ご指導をお願いしても宜しいでしょうか?」
「勿論、喜んでお引き受けしますとも」
舞踏会が開かれれば、今度は貴人たちの面前でステップを踏むことになるのは間違い無い。
互いの癖や呼吸を今の内から知って慣れておき、同時に親密なムードも作っておくことで、本番で恥を晒さないようにするのだ。
生まれる以前から宿命が定められていた私のように、何事も本番が始まる以前から決まっている。
「リナリィ、この後はもう何も予定は無かったのよね?」
「はい。如何致しましょうか?」
「外に行くわ」
「お散歩ですか? ではお召し物を──」
「いいえ。外というのは、この島の外という意味よ」
サウレス=サンジョーレ曙光島を出て帝都エルザンパール本土へ向かう、と理解したリナリィがたちまち慌て出す。
「し、しかしお言葉ですが、世間には『黄昏の牙』のような、『聖女』様を快く思わない不届きな輩も居ります。万一のことがあってはならないと、教皇猊下も聖騎士団長閣下も、決してテルサ様を島の外に出してはならないと仰っていました」
確かに『聖女』を敵視する者は居るだろうから、警護上の心配は当然だ。
だが、彼らが真に案じているのはそこではないことも、私は何となく察している。
「勿論、お忍びで行くわ。外で私の顔を知っているのは、あの『儀式』に立ち会っていた人たちだけ。目立たない服装に着替えれば問題無いわ」
あの『儀式』以来、外部の者との接触は全てシャットアウトされていたため、たった一度チラッと見ただけの私の顔を記憶している者など居ないだろう。
私の体に合うサイズの侍女服は用意済み。
後はリナリィに協力して貰えれば、そう難しいことではない。
幼い頃に交わした母とのやり取りは、今も私の脳裏に鮮明に甦る。
「ん~、わかんない」
双子の姉がそう首を傾げると、陽光のような誇らしさを湛えて母は言った。
「『天国』に行くためよ」
──『天国』に行く。
両親が事あるごとに口にするその言葉が、私の意識に刻み込まれ、その後の生き方に影響を及ぼすようになったのは、思えばあの瞬間からだったのかも知れない。
「テルサ様、お目覚め下さい」
小鳥の囀りと共に、綺麗な声が掛けられた。
瞼の向こう側に光を感じる。
柔らかな毛布を押し退け、むっくりと上体を起こした瞬間から、今日の朝が始まる。
「お早うございます、テルサ様」
天蓋付きベッドの横に立つうら若い侍女が、にこやかに挨拶した。
「お早う、リナリィ」
彼女が開けてくれた窓から、朝の空気と光を全身で取り込む。
「う~ん、清々しい朝ね」
帝都エルザンパールの東、サウレス湾に浮かぶ栄耀教会の総本山──『サウレス=サンジョーレ曙光島』。
そこにある聖宮殿の客間の一つが、現在の私の住まいだ。
『招聖の儀』が行われたあの日を境に、私の生活は一変した。
大陸規模の厄災『邪神の息吹』を鎮める力を持つ『聖女』を召喚するために、栄耀教会とウルヴァルゼ帝国は『儀式』を行い、そして──私が召喚された。
魔力鑑定の結果、三百年前に召喚され、実際に『邪神の息吹』を鎮めた初代『聖女』と同じ光の極大魔力『旭日』が私にも備わっていることが判明、二代目『聖女』として公式に認定された。
厄災に毒された国を救える唯一の力を持つ私は、今やこの国に於ける最上級のVIPであり、重要度で言えば皇帝や教皇をも上回る。
誰もが私を必要とし、期待と希望の眼差しを向けてくる。
あの昇り行く太陽の如く、長き暗黒の時代に終止符を打ち、安寧の新時代を祝福の光で照らし示してくれると信じている。
「お湯加減はどうですか、テルサ様?」
「丁度良いわ」
火と水の属性魔法で温かいシャワーを作り、私の体を洗う侍女の名はリナリィ・キャサ・ベルサール。
分家の出身ではあるが、サファース・ルセイン・ベルサール枢機卿と同族で、年齢は十六歳。
ベルサール家も、ラモン教皇やザッキスのズンダルク家や、ゼルレーク聖騎士団長やラウルのエーゲリッヒ家と同じ『聖なる一族』──聖職者や聖騎士を数多く輩出する家系だ。
宗教の家に生を受け、神と教団への信仰と奉仕を宿命付けられた娘。
そう、かつての私と同じく。
「本日のお召し物はどちらが宜しいでしょうか?」
「じゃあ、その白い方を」
「かしこまりました」
シャワーを終えた私の体を拭いた後、リナリィに着替えを手伝って貰う。
私の身の回りの世話をテキパキとこなすだけでなく、この世界の常識を知らない私に様々な知識を教えてくれたりと、実に快適に過ごせている。
数年前に母と姉を亡くしたというリナリィにとって、二人の命を奪った疫病、その原因となった『邪神の息吹』は恐怖と憎悪の対象。
それを浄化する力を持った唯一の人物である私は、家族の仇を討ち、世に平安をもたらしてくれる希望の光、救いの女神様も同然ということで、私の世話に誇りと充実感を持って取り組んでくれている。
『聖女』付きの侍女は他に何人も居るが、仕事振りはリナリィが一番だと断言していい。
「本日のご予定を説明させて頂きます。食後は西棟の講堂にて魔法の講義、その次は──」
朝食を食べながら、本日の予定について説明を受ける。
『聖女』の力を持っていると言っても、それはダイヤモンドの原石のようなもの。
どんなに高価な宝石だろうと、研磨されていないままでは無価値な石コロであるように、私も至高の能力を持っていても、それを十全に活かすための基礎と経験が不足している。
瘴気を浄化して『邪神の息吹』を終息へ導くことが『聖女』の務め。
国家とそこに暮らす人々の命運が懸かっている以上、失敗など到底許されず、そんなことにでもなったら私とて只では済まなくなるのだから、万全の支度を整えなくてはならない。
魔法の座学や実技、ウルヴァルゼ帝国の社会や歴史、サウル教の教義や栄耀教会の活動など、身に付けなくてはならないことは山ほどあり、安穏と過ごしている暇など一秒たりともありはしない。
「それから午後のダンスレッスンですが、今回も特別講師としてミルファス殿下がお越しになるとのことです」
「分かったわ」
ミルファスとは、このウルヴァルゼ帝国の第三皇子の名だ。
王侯貴族のような上流階級の者たちにとっては、ダンスや各種マナーは読み書きと同じく習得して当然の教養であり、今後そうした者たちと頻繁に関わっていく以上、私にとっても必須科目ということは理解できるが、それだけなら皇子よりも適した講師はいくらでも居る。
何故皇子が直々に講師を務めるのか、その理由は容易に想像が付く。
十年以上前に皇太子マイアスが『邪神の息吹』が原因で亡くなって以来、第二皇子グランと第三皇子ミルファスの派閥間で次期皇帝の座を巡る政治闘争が行われており、ミルファス皇子の母親はズンダルク家の出身であるため、縁者であるラモン教皇と栄耀教会は彼を支持している。
わざわざダンスレッスンの特別講師として呼んだのは、『聖女』テルサはミルファス皇子と仲良しですよ、と内外にアピールして、皇位争いを有利に進めようとするラモン教皇の政略なのだろう。
次の皇帝になるかも知れない人物と良好な関係を築いておくことは、私にとっても損にはならない。
午前の授業は滞り無く終わり、午後のダンスレッスンの時間。
「お相手、ありがとうございました」
一通り踊り終えて、私はミルファス皇子に優雅に礼を述べる。
これもマナーレッスンの賜物だ。
「いえいえ、こちらこそ楽しく踊らせて頂きました。それにしても流石は『聖女』様。他の修練や勉学でも、素晴らしく覚えが良いと聞いておりましたが、ダンスも実にお上手です。これなら明日パーティーが開かれたとしても問題無いでしょう」
フフフ、とミルファス皇子が甘く微笑む。
年齢は二十五歳、既に二人の子が居ると聞くので、その笑みに親しみはあっても恋愛感情は無いはずだ。
「それは先生が優しく丁寧に教えて下さるからでしょう」
フフフ、と私も微笑みを返す。
「また機会がありましたら、ご指導をお願いしても宜しいでしょうか?」
「勿論、喜んでお引き受けしますとも」
舞踏会が開かれれば、今度は貴人たちの面前でステップを踏むことになるのは間違い無い。
互いの癖や呼吸を今の内から知って慣れておき、同時に親密なムードも作っておくことで、本番で恥を晒さないようにするのだ。
生まれる以前から宿命が定められていた私のように、何事も本番が始まる以前から決まっている。
「リナリィ、この後はもう何も予定は無かったのよね?」
「はい。如何致しましょうか?」
「外に行くわ」
「お散歩ですか? ではお召し物を──」
「いいえ。外というのは、この島の外という意味よ」
サウレス=サンジョーレ曙光島を出て帝都エルザンパール本土へ向かう、と理解したリナリィがたちまち慌て出す。
「し、しかしお言葉ですが、世間には『黄昏の牙』のような、『聖女』様を快く思わない不届きな輩も居ります。万一のことがあってはならないと、教皇猊下も聖騎士団長閣下も、決してテルサ様を島の外に出してはならないと仰っていました」
確かに『聖女』を敵視する者は居るだろうから、警護上の心配は当然だ。
だが、彼らが真に案じているのはそこではないことも、私は何となく察している。
「勿論、お忍びで行くわ。外で私の顔を知っているのは、あの『儀式』に立ち会っていた人たちだけ。目立たない服装に着替えれば問題無いわ」
あの『儀式』以来、外部の者との接触は全てシャットアウトされていたため、たった一度チラッと見ただけの私の顔を記憶している者など居ないだろう。
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