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第Ⅳ章 光の聖女は朝照らす ~The Saint Over The RISING SUN~
#84 屈辱の領主
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「……お初にお目に掛かります。ウィルドゥ家当主、イグナス・エンファンス・ウィルドゥにございます」
このクルルザードを統治するウィルドゥ家の当主が、聖堂の会議室を訪れた。
貴族というものは概して腹芸に長けているものだが、イグナスはその類ではないのか、それとも腹芸を以てしても抑え込めないほどの感情を溜め込んでいるのか、表情が固いように見受けられる。
「栄耀教会大司教、オーレンである」
仏頂面の大司教がぶっきら棒に名乗る。
栄耀教会とウィルドゥ家は、何世代にも亘って対立してきた間柄。
当然、流れる空気は友好的と呼ぶには程遠い、張り詰めたものとなってしまっている。
「そして……そちらの御方が、噂の『聖女』様でございますか……?」
「テルサよ。宜しくお願いしますね」
オーレン大司教とは違い、テルサは愛想の良い笑みと柔らかい声音で応じる。
「お初にお目に掛かります、『聖女』テルサ様。この度は我が領へお越し頂き、真に感謝致します」
栄耀教会とミルファス皇子を快く思っていないイグナスも、別の世界から来た『聖女』にまでは悪感情を抱いていないことが態度や眼差しから窺い知れる。
「ここまでお越しになる間、さぞ難儀されたとか……」
「ええ。地獄のように荒れ果てた光景に、次々に現れる魔物たちのお陰で、のんびりアイスクリームを味わう余裕もありませんでした」
実際はのんびり味わっていたように見えたが、そこは方便や建前というものだろう。
「我が領の窮状をご理解頂けて何よりです。何卒、あなた様の御力で我らに救済を──」
「ウィルドゥ卿、長話で無駄な時間を使わせるな。私も『聖女』様も暇ではないのだ」
先程からオーレン大司教が敢えて無礼な態度を取っているのは、互いが置かれている立場を明確にし、それを思い知らせるためだ。
救う側の栄耀教会が上で、救われる側のウィルドゥ家が下なのだと。
「……ご無礼、申し訳ございません。どうかご容赦を」
「フン。それよりも、今朝伝えた件はどうなった?」
今朝の議論で出た結論を、この面会に先んじてオーレン大司教はイグナスに伝えていた。
「……我が五女にございます。ご希望通り、栄耀教会への『奉公』に出させて頂きます」
程無くして部屋に通されたのは、まだ幼い可憐な少女。
「……マイラ、と申します」
身内の葬儀にでも参列するかのような表情で、イグナスの娘が名乗る。
それもそのはず、奉公に出すと言うのは単なる建前で、その実態は「人質」だからだ。
再びウィルドゥ家が栄耀教会の意向に背く姿勢を見せれば、預かったマイラの身が危うくなる。
娘の身柄を預かること自体は最初から決まっていたようだが、昨夜の侵入者の件を考慮して、この街に逗留するミルファス皇子とオーレン大司教の安全を図るため、瘴気浄化後に預かるという予定を前倒しすることになったのだ。
こうしておけば、皇子と大司教に万一のことがあればマイラの身も危うくなるため、ウィルドゥ家は二人に危害を加えられず、それどころか誰かが二人を襲わないよう気を配らざるを得ない。
「何とも陰気で不愛想な娘よ。己が不信心を棚に上げて我ら栄耀教会の邪魔をし続けたばかりではなく、自領も満足に治められず娘の教育さえもできぬとは。領主としても父親としても失格と言わざるを得んな」
オーレン大司教の口から発せられる言葉の一つ一つが、形無き刃となってイグナスとマイラの心を無慈悲に斬り付け、抉っていく。
言葉は時に現実の刃物以上に人を傷付けるため、相手の心情に配慮した上で用いなければならない──亡き母の教えだ。
「そこの不出来な父に代わって、これからは我らが其方を教育してやろうと言うのだ。少しは愛想良く笑ってみせよ」
そんな高圧的な物言いをされて、心からの笑みを浮かべられる者など居るはずが無い。
しかし哀しいかな、今のマイラに拒否権は無い。
「は、はい……申し訳ございません」
見る者の憐れみを誘う、健気で引き攣った笑みを浮かべて、マイラが謝罪の言葉を口にする。
そんな娘の横でイグナスは、険しい表情で眼を閉じ、口を真一文字に結んでいた。
愛する我が子を侮辱されて尚、黙って耐えることしかできない──それが親にとってどれほど情けなく屈辱的な仕打ちかは、人の親ではない私でも想像くらいはできる。
「まあ良かろう」
あの笑顔の奥で、今にも泣いて逃げ出したくなるほどの悲しみと悔しさを覚えているに違い無い。
しかし、隣の父親が一族と領民のために必死に屈辱に耐えている以上、娘の自分が台無しにする訳にはいかないと、幼いなりに理解できているのだろう。
十二歳という幼さで故郷から引き離され、長く対立していた相手によって遠い帝都で孤独な人質生活を強いられるなど、マイラにとっても家族にとっても屈辱的な悲劇に違い無い。
しかし、ウィルドゥ家が立ち直らなければ食糧の安定的な供給が叶わず、ウィルドゥ領のみならず国全体がひもじい目に遭い続けてしまう訳だから、これは仕方の無いことなのだ。
「本来であれば其方らの如き信仰を軽んじる一族の救済など有り得ぬこと。なれど、領民にまでその罪を負わせるは我らの本意に非ず。我らをこの地へ遣わした教皇猊下の御慈悲に感謝せよ」
遠征先にウィルドゥ領を指定したのは皇帝と評議会であってラモン教皇ではないのだが、栄耀教会としてはそういうことにして恩を着せておきたいようだ。
ギスギスしたムードの挨拶が終わり、ようやく瘴気浄化の計画を立てる段階に入った。
ウィルドゥ領全域が詳細に記された地図には、魔素の源泉──すなわち我々が向かうべき瘴気の源泉の位置に番号が振られ、それを順に辿ったコースも描かれていた。
「まずはここの街から十キロ北にある、第一番の源泉を浄化すべきでしょう。第二番の源泉へは遠回りになりますが、比較的魔物の数が少ない川沿いの道を──」
「控えよ、ウィルドゥ卿。我らは領内の状況を教えよとは言ったが、スケジュールを組めと言った覚えは無い。余計な真似をするな」
イグナスが説明するが、しかしここでもまたオーレン大司教が高圧的な態度を取り出した。
「……恐れながら、ここは我らが治める地。現地の状況は私自ら足を運び、土地の者に訊き回って把握しております。これが最も効率的な道筋と思い、僭越ながら提案させて頂いたまでのこと。それを──」
「それが余計と言っておるのだ。我らに其方如きの指図に従えと申すのか? 身の程を弁えよ」
内容以前に、イグナスの提案ということ自体が気に入らないようだ。
「どのように動くかは我らが決める。其方はでしゃばらず、黙って我らに従っておれば良いのだ」
「…………承知、致しました……」
一刻も早く領地の『邪神の息吹』を鎮めて欲しいと考えているイグナスは、言葉通り最も理に適った計画を提示しただけで、指図の気など無かったのだろう。
その後もイグナスは意見を述べることは一切許されず、ただオーレン大司教たちの質問に回答するのみだった。
現地の領主が実地調査を行い、寝る間を惜しんで練り上げた計画をあっさり却下して、土地勘の無い者たちによって行程が決められていく──実際にその行程に従うことになる私としては不安を禁じ得なかった。
このクルルザードを統治するウィルドゥ家の当主が、聖堂の会議室を訪れた。
貴族というものは概して腹芸に長けているものだが、イグナスはその類ではないのか、それとも腹芸を以てしても抑え込めないほどの感情を溜め込んでいるのか、表情が固いように見受けられる。
「栄耀教会大司教、オーレンである」
仏頂面の大司教がぶっきら棒に名乗る。
栄耀教会とウィルドゥ家は、何世代にも亘って対立してきた間柄。
当然、流れる空気は友好的と呼ぶには程遠い、張り詰めたものとなってしまっている。
「そして……そちらの御方が、噂の『聖女』様でございますか……?」
「テルサよ。宜しくお願いしますね」
オーレン大司教とは違い、テルサは愛想の良い笑みと柔らかい声音で応じる。
「お初にお目に掛かります、『聖女』テルサ様。この度は我が領へお越し頂き、真に感謝致します」
栄耀教会とミルファス皇子を快く思っていないイグナスも、別の世界から来た『聖女』にまでは悪感情を抱いていないことが態度や眼差しから窺い知れる。
「ここまでお越しになる間、さぞ難儀されたとか……」
「ええ。地獄のように荒れ果てた光景に、次々に現れる魔物たちのお陰で、のんびりアイスクリームを味わう余裕もありませんでした」
実際はのんびり味わっていたように見えたが、そこは方便や建前というものだろう。
「我が領の窮状をご理解頂けて何よりです。何卒、あなた様の御力で我らに救済を──」
「ウィルドゥ卿、長話で無駄な時間を使わせるな。私も『聖女』様も暇ではないのだ」
先程からオーレン大司教が敢えて無礼な態度を取っているのは、互いが置かれている立場を明確にし、それを思い知らせるためだ。
救う側の栄耀教会が上で、救われる側のウィルドゥ家が下なのだと。
「……ご無礼、申し訳ございません。どうかご容赦を」
「フン。それよりも、今朝伝えた件はどうなった?」
今朝の議論で出た結論を、この面会に先んじてオーレン大司教はイグナスに伝えていた。
「……我が五女にございます。ご希望通り、栄耀教会への『奉公』に出させて頂きます」
程無くして部屋に通されたのは、まだ幼い可憐な少女。
「……マイラ、と申します」
身内の葬儀にでも参列するかのような表情で、イグナスの娘が名乗る。
それもそのはず、奉公に出すと言うのは単なる建前で、その実態は「人質」だからだ。
再びウィルドゥ家が栄耀教会の意向に背く姿勢を見せれば、預かったマイラの身が危うくなる。
娘の身柄を預かること自体は最初から決まっていたようだが、昨夜の侵入者の件を考慮して、この街に逗留するミルファス皇子とオーレン大司教の安全を図るため、瘴気浄化後に預かるという予定を前倒しすることになったのだ。
こうしておけば、皇子と大司教に万一のことがあればマイラの身も危うくなるため、ウィルドゥ家は二人に危害を加えられず、それどころか誰かが二人を襲わないよう気を配らざるを得ない。
「何とも陰気で不愛想な娘よ。己が不信心を棚に上げて我ら栄耀教会の邪魔をし続けたばかりではなく、自領も満足に治められず娘の教育さえもできぬとは。領主としても父親としても失格と言わざるを得んな」
オーレン大司教の口から発せられる言葉の一つ一つが、形無き刃となってイグナスとマイラの心を無慈悲に斬り付け、抉っていく。
言葉は時に現実の刃物以上に人を傷付けるため、相手の心情に配慮した上で用いなければならない──亡き母の教えだ。
「そこの不出来な父に代わって、これからは我らが其方を教育してやろうと言うのだ。少しは愛想良く笑ってみせよ」
そんな高圧的な物言いをされて、心からの笑みを浮かべられる者など居るはずが無い。
しかし哀しいかな、今のマイラに拒否権は無い。
「は、はい……申し訳ございません」
見る者の憐れみを誘う、健気で引き攣った笑みを浮かべて、マイラが謝罪の言葉を口にする。
そんな娘の横でイグナスは、険しい表情で眼を閉じ、口を真一文字に結んでいた。
愛する我が子を侮辱されて尚、黙って耐えることしかできない──それが親にとってどれほど情けなく屈辱的な仕打ちかは、人の親ではない私でも想像くらいはできる。
「まあ良かろう」
あの笑顔の奥で、今にも泣いて逃げ出したくなるほどの悲しみと悔しさを覚えているに違い無い。
しかし、隣の父親が一族と領民のために必死に屈辱に耐えている以上、娘の自分が台無しにする訳にはいかないと、幼いなりに理解できているのだろう。
十二歳という幼さで故郷から引き離され、長く対立していた相手によって遠い帝都で孤独な人質生活を強いられるなど、マイラにとっても家族にとっても屈辱的な悲劇に違い無い。
しかし、ウィルドゥ家が立ち直らなければ食糧の安定的な供給が叶わず、ウィルドゥ領のみならず国全体がひもじい目に遭い続けてしまう訳だから、これは仕方の無いことなのだ。
「本来であれば其方らの如き信仰を軽んじる一族の救済など有り得ぬこと。なれど、領民にまでその罪を負わせるは我らの本意に非ず。我らをこの地へ遣わした教皇猊下の御慈悲に感謝せよ」
遠征先にウィルドゥ領を指定したのは皇帝と評議会であってラモン教皇ではないのだが、栄耀教会としてはそういうことにして恩を着せておきたいようだ。
ギスギスしたムードの挨拶が終わり、ようやく瘴気浄化の計画を立てる段階に入った。
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「まずはここの街から十キロ北にある、第一番の源泉を浄化すべきでしょう。第二番の源泉へは遠回りになりますが、比較的魔物の数が少ない川沿いの道を──」
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「それが余計と言っておるのだ。我らに其方如きの指図に従えと申すのか? 身の程を弁えよ」
内容以前に、イグナスの提案ということ自体が気に入らないようだ。
「どのように動くかは我らが決める。其方はでしゃばらず、黙って我らに従っておれば良いのだ」
「…………承知、致しました……」
一刻も早く領地の『邪神の息吹』を鎮めて欲しいと考えているイグナスは、言葉通り最も理に適った計画を提示しただけで、指図の気など無かったのだろう。
その後もイグナスは意見を述べることは一切許されず、ただオーレン大司教たちの質問に回答するのみだった。
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