【完結】婚約破棄を望んだ悪役令息ですが、破棄して貰えないので隣国に逃走します!

きたさわ暁

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逃走中の回想

19(現在)





「美味しい!」

 思わず声を上げると、アスは満足そうに笑う。その笑顔は、まるで僕の喜びを自分のもののように感じているようだった。
「それは良かった。干しイチジクだ」

 干しイチジク。初めて聞く名前だった。お菓子に使われたイチジクは食べたことがあったが、干したものは初めてだ。味は濃厚で、噛むほどに甘さが口いっぱいに広がり、まるで体の疲れを癒してくれるようだった。
「干した、イチジク⋯⋯」

 呟きながら、もう一口噛む。少し硬めの食感が、噛むたびに新たな甘さを引き出し、夜の森の静けさに温かなひとときを添えてくれる。アスはそんな僕を見て、楽しそうに笑う。
「ふふ、もう一つどうだ?」

 その言葉に、僕は即座に頷く。
「いただきます」

 口の中にまだイチジクが残っているのに、行儀悪く手を伸ばしてしまう。だが、アスはそんな僕を咎めることなく、楽しそうに笑って次のイチジクを渡してくれる。ここは貴族社会ではない。行儀が悪くても、誰かに眉を顰められることも、陰で囁かれることもない。その自由さに、僕は心から解放された気分だった。大きく口を開け、二個目の干しイチジクを放り込む。
「お前は悪役令息にはなれそもないな」

 アスの突然の言葉に、僕は驚いてイチジクを噛むのを止める。自分では精一杯悪役令息を演じ、成功したつもりだったのに、どこかおかしかったのだろうか。胸の奥に、かすかな不安がよぎる。
「それは……」

 言葉を探していると、アスは焚き火の向こうで穏やかに微笑む。その瞳には、僕をからかうような光と、どこか温かな優しさが混在していた。
「で、それからどうなったんだ?」

 彼の声は、まるで物語の続きを心から楽しみにしているようだった。僕は少しほっとしながら、三個目の干しイチジクを受け取る。
「えっと」

 行儀悪くイチジクを頬張りながら、話を続ける。焚き火の光が揺れ、アスの金髪と碧眼が柔らかく照らされる。その光景は、まるでこの夜が永遠に続くかのような、静かで温かな瞬間だった。
「嫌味も言い、空き教室に閉じ込め、苦い薬湯を飲ませたくらいじゃ、悪役令息なんて言われないだろうし、婚約破棄も難しかっただろう?」

 アスは興味深そうに身を乗り出し、僕の話に耳を傾ける。その手から差し出された三個目の干しイチジクを、僕は素直に受け取り、物語の続きを語り始めた。夜の森に、僕の声と焚き火の音だけが響き合い、まるでこの時間が永遠に続くかのような錯覚を覚えた。



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