【完結】婚約破棄を望んだ悪役令息ですが、破棄して貰えないので隣国に逃走します!

きたさわ暁

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逃走中の回想

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「三の坊っちゃま!? 如何なさいました!」
 屋敷に帰ると家令が出迎えてくれた。玄関の扉を開けるのも億劫で、御者に着いてきてもらい空けて貰ったからだ。家令は僕の状態に驚いていたが、家族のみんなには黙っていてと口止めしか出来なかった。痛みが我慢できないくらい大きくなっていて、声が掠れる。

 部屋に戻り調薬の作業部屋にしていた隣室に入り、引き出しを開ける。部屋に充満する薬草の香りが、鼻をくすぐる。口の中の血の味が気持ち悪くて、ハンカチを取り出し唾と一緒に吐き出した。その後、自作したポーションを口の中に放り込む。ポーションを入れていた瓶の冷たさが、ぎゅっと握りしめた指に残る。

 カリッと噛むと、中の液体が溢れて急いで喉に流し込む。じわじわと体が温かくなり、痛みが引いてきた。体が、軽くなる。

「あ……」

 痛みがほとんどなくなって、深く息を吐き出した後、手の甲に視線を落とせば、擦ったような傷があり血が滲んでいた。調薬室の棚に並ぶ瓶が、静かに僕を見下ろしている。もう一度ため息をついて、その傷にも机の上に置いていた傷薬を塗り込む。少しツンとした匂いがするが、その匂いが心を落ち着かせてくれた。薬草の香りが、部屋に満ちる。

 「はあ……」
 悪役令息最大の悪行を行った代償は酷く辛いものになった。椅子を引いて、腰掛ける。重い身体を沈み込ませるように座り、深い溜息を漏らす。部屋の中は静寂に包まれ、干した薬草の乾いた匂いが充満した部屋の中が何故か息苦しく思えた。
 明るい日差しが直接入らないように、カーテンを引いたままにしていた部屋は、少し薄暗かった。窓辺に積もった埃が、かすかな光の筋をぼんやりと反射し、全体に陰鬱な雰囲気を纏わせている。外の世界の喧騒が遠く、まるでこの部屋だけが別次元の静けさに囚われているようだ。

「……準備をしなきゃ」
 階段から突き落とす悪行を行ったのだ。あの瞬間、彼女の驚愕の表情と、転がり落ちる音が脳裏に蘇り、胸がざわつく。婚約破棄の断罪式は近いはずだ。丁度十日後に今年最後のダンスパーティーがある。

 やるならそこだと、この計画を考えた時から決めていた。だから断罪された後、この侯爵家で自分の立場がどうなるかなんてわかりきっている。きっと嫁ぎ先のなくなった出来損ないオメガは、年の離れ年老いた高位貴族の後妻として嫁がされたり、素行の悪いアルファ貴族に売られ、慰み者になったり、もしかしたら娼館に捨てられてしまうかもしれない。

 良くて修道院へ一生幽閉とか。そんなことを考えて、僕は身体を震わせる。指先が冷たくなる感覚が広がり、背筋に寒気が走る。未来の暗い影が、頭の中を埋め尽くす。

 婚約破棄をしたいとばかり考えていた僕は、この時自分の家族が貴族としての矜恃を持ちながらも、子どもを大切に思っていることを知らなかった。もっと勇気を出して自分の気持ちや考えを懸命に伝えていたら変わっていたかもしれない。心の奥底で、家族の温かな視線を無視してきた自分が、急に恥ずかしくなる。

 でもこの時の僕はもう自分自身で「婚約破棄」するしかないと思い込んでいて、そんな簡単なことに気づかなかった。
 自分の行いに視界がぼやけ、自己嫌悪の波が押し寄せる。


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