ラスボス悪女に転生した私が自分を裏切る予定の従者を幸せにするまで

菱田もな

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シナリオには逆らえない-2

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 いくらエミリアが小柄で華奢だといえど、流石にわたしの身体だけでは彼女を支えきることはできなかった。

 ゴンッという鈍い音があたりに響いて、わたしはそのまま地面に倒れた。背中に走る痛みと衝撃で声も出ない。

「アナスタシア様!」

 レインの叫ぶ声が聞こえる。こちらに駆け寄ってくる彼の足音を聞きながら、わたしはそっと目を瞑った。

 結局、シナリオ通りにエミリアとレインは出会ってしまうわけで。わたしがどれだけ頑張っても、運命は変えられないのかもしれない。

 もういっそ、このままここで全てを諦めてしまおうか。半ばヤケになって、そんな事を考えながら意識を手放そうとした瞬間。

「──ま、アナスタシア様!」

 大声で名前を呼ばれた。エミリアの必死なその声に重たい瞼をこじ開けると、こちらを覗き込む心配そうな顔がぼんやりと視界に入る。

「……え……かわいい…天使? ここは天国なの?」
「何を寝ぼけてるのですか」

 やけに冷静な声が聞こえたかと思えば、次の瞬間、全身がまばゆい光に包まれる。どうやらレインが回復魔法をかけてくれたようだ。

 痛みが消えると、身体を支えられながらなんとか身体を起こすことができた。しかし、痛いぐらいに肩を抱かれ、思わず顔を顰める。

「あ、ありがとう……でも、そろそろ離し」
「アナスタシア様は本当に俺を心配させるのがお好きですね」

 棘のあるレインの言葉に思わず、ぐっと言葉を詰まらせる。

 まずい、これは確実に怒っている。ここからどう言い訳をしようか。頭の中で様々な謝罪方法を考えていれば、目の前のエミリアがポロポロと涙を流した。

「ごめんなさい…私のせいで…」

 泣きながらそう謝るエミリア。耳元で「泣けば済むと思ってんじゃねぇよ」とドスのきいた低い声がしたが、気のせいだと無視しよう。

「気にしないで。エミリアに怪我がなくてよかったわ」
「アナスタシア様……!」

 エミリアがわたしの手をぎゅっと握れば、私の肩を抱いているレインの手にも、何故か力が入った。

「………レイン? 離して?」

 小声でそう伝えるが、全く聞いちゃいない。

 なので、半ば強引に肩を抱いているレインの手を剥がそうとするが、全く動かない。ちょっと待って、力強いな。もげるかってぐらい痛いのだけど。

 肩の痛みがじわじわと広がって、もう麻痺までしてきたかもしれない。だが、それ以上に気になるのは、この場の空気だった。

 レインがエミリアを見る目。エミリアがレインに返す表情。そのどちらにも、好意的なものは一切感じられなかった。

 イレギュラーが起きたが、本来であれば、この瞬間が二人の出会いイベントのはず。この一件以来、エミリアはレインの不器用な優しさに惹かれ、レインは彼女の純粋さに心を開く。

 やがてエミリアと心を通わせたレインは、アナスタシアを悪女と見なして裏切り、彼女のラスボス化が始まるはずだった。

 けれど今、目の前のエミリアはただ心配そうにわたしを見つめているだけで、レインに見とれる気配は全くない。

 レインもまた同様に、エミリアに対して表向きはにこやかではあるが、どこか冷めていて、興味がないといった様子だ。怪我の原因となった彼女に少しだけ怒ってはいそうだけど。

「すぐに屋敷へ戻りましょう。治癒魔法を使ったとはいえ、安静にしないと」

 レインのその言葉に立ちあがろうとすれば、次の瞬間、彼の腕が腰に周り、げ、と思った時には、わたしの視界がふわりと浮かんだ。

「ちょ、ちょっと! 降ろして!」
「暴れないでください」

 わたしの腰と膝の裏をしっかりとレインの腕が支える。これは俗にいう「お姫様抱っこ」というやつだ。

 突然のことに周りの注目も集めることとなり、わたしの顔はゆでだこのように真っ赤に染まる。

「みんな見てるから、恥ずかしいのだけど…!」
「俺を無駄に心配させた罰です。絶対に降ろさないので、抵抗するだけ無駄ですよ」
「………嘘でしょ」

 そう言われてしまえば、もう諦めるしかない。わたしはなるべく大人しくして、その場をやり過ごすことにした。

 明日から変な噂が流れたどうしよう。もう学園には通えないかもしれない。

 気まずさから、ふと視線を逸らせば、エミリアの袖口が震えているのに気がついた。彼女もまたどこか怪我をしているのかもしれない。それか突然のことで戸惑っているのかも。

 彼女のフォローをしなくては。そう思い、レインに歩みを止めるよう声をかけようしたが。

「ねえ、レイ──」

   エミリアが今まで見たこともないぐらい冷たい表情を浮かべていたので、思わず口を噤んだ。

「アナスタシア様?」
「……何でもない、帰ろう」

 あれは怯えや恐怖で震えていたのではない。きっと怒りで震えていたのだ。確証はないが、そう思った。

「やっぱり、レインに助けてほしかったのかな」
「は?」
「気にしないで、ほら、早く帰ろうってば!」
「………振り落としますよ」

 さっきは絶対に降ろさないとか言ったくせに。まあ、降ろすと落とすだから意味は違うか。

「ねえ、レイン」
「なに」
「明日からは送り迎え、よろしくね」
「は? 散々、嫌って言っておいて、何で突然」
「もういいの」

 意味がわからないと言った表情を浮かべるレインに、けらけらと笑いながら、わたしはとある誓いを立てた。

 結局、シナリオに逆らえないのだったら、生存率を上げるために、この世界のヒロインを怒らせるのは、なるべく控えたい。だから、これからはなるべく邪魔をしないでおこうと。

 わたしのモヤモヤするこの気持ちには蓋をして。




「………やっぱり違う、あんなの私の好きな……じゃない」

 誰にも聞こえない声で、エミリアは呟いた。皺になるぐらいに、スカートを握る力強い手が、彼女の怒りを確かにあらわしていた。

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