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従者の心 主人知らず
しおりを挟むあの日から、わたしは必要以上にレインとエミリアの接触を拒まないようにしてきた。なので、送り迎えは彼に頼んだし、その際に二人が顔を合わせることに関しても、何も思わないようにした。
実際、エミリアは、原作通りとてもいい子だった。クラスが同じなため、必然的に学園生活を共に過ごすようになり、彼女の真面目で頑張り屋なところを間近で知り、ますます彼女のことを好きになった。
だからもし、このまま原作通り、レインとエミリアが惹かれ合い、二人が結ばれたとしても、わたしは心から祝福できると思った。
もちろん、そうなった時は生き残るためにレインには裏切られないようには頑張らないとはいけないが。
それでも、このまま二人が上手くいったら幸せだな。そう思えるぐらい、今のわたしはエミリアのことを応援していた。
しかし、ひとつだけ問題がある。
それは、二人が全く話をしないことだ。挨拶すらしない。目も合わせない。まるでお互いがお互いを空気のように扱う。
レインはまあ性格がちょっと悪いので、そういった態度をとっても、そこまでおかしくはない。しかし、問題はエミリアの方だ。
あんなに普段は愛嬌たっぷりの笑顔を浮かべて、誰に対しても平等に優しく接しているエミリアが、何故かレインに対しては、塩対応全開である。
もしかして、エミリアはレインのことが好きじゃない? だとしたらまずい。わたしは全く見当違いのことをしようとしている。これは早急に解決しなければいけない。
そう思い、わたしはエミリアの気持ちを確かめることにした。
「エミリアって、気になっている人とかいる?」
わたしのその質問にエミリアは目を丸くしたあと、考えるように首を傾げた。
「気になる人、ですか? それはどういう意味のでしょう?」
「え、えぇっと……その、恋愛的な意味で…」
「れんあい」
ぱちぱちと瞬きをしながら、エミリアは復唱をした。そんなに変なことを言っただろうかと、不安になっていれば、彼女はにこりと笑った。
「お慕いしている方ならいますよ」
「えっ」
「ふふっ、そんなに驚かなくても。アナスタシア様にだって、そういった方がいますでしょう?」
「わ、わたしは特には…」
なぜか決めつけるように言われて、慌てて首を振る。そんなわたしの様子を見て、エミリアは「ふぅん」と呟いた。その表情に何だか胸がざわついていれば、彼女は「そうだ!」と自身の手を合わせた。
「なら、アナスタシア様。私に協力してくれませんか?」
「きょ、協力?」
「ええ。アナスタシア様が協力してくだされば、私のこの想いもきっと叶うと思うのです!」
「でも、そもそも、エミリアの好きな人を知らないから…」
「あら。私がお慕いしている方のことは、アナスタシア様が一番よくご存知ですよ」
その言葉に、エミリアの想い人はレインなのだと確信する。
(やっぱりレインのことが好きなんだ……つまり、いつも目を合わさないのは照れ隠しみたいなものだったのね)
あれだけ祝福できると思っていたが、実際に本人の口から聞くと少しだけモヤモヤした。だけど、こんな気持ちはすぐになくなるだろう。
なので、わたしはゆっくりと頷いた。
レインの気持ちはまだ分からないが、エミリアは素敵な女性だ。きっと、彼も彼女に惹かれるはずだ。
(それに、ラスボス悪女のそばにいるよりかはずっとその方がいいもの)
「……わかった、協力するわ」
わたしの言葉にエミリアの目がぱっと輝く。そして、眩しいぐらいの笑みを浮かべながら、わたしの手を握る。
「約束ですよ。忘れないでくださいね、アナスタシア様!」
その言葉に頷けば、彼女はとても嬉しそうにしていた。
その夜。わたしは自室にレインを招いた。
「ねえ。レインはエミリアのことが苦手なの?」
髪の毛を指先でくるくると遊ばせながら、目の前のレインに問いかける。アナスタシアの髪の毛には枝毛など存在せず、柔らかくて指通りもいい。
なので、ついつい夢中で触っていれば、目の前からやんわりと制止する手が伸びてくる。それをひらりとかわせば、彼の眉間の皺がより一層深くなった。
「いつも迎えにきてくれる時、エミリアと一言も話さないけど……ねえ、どうなの?」
「どうって言われても……」
訳がわからないと言わんばかりの表情を浮かべる彼を無視して、私は質問を続ける。
「エミリアってあんなに愛らしくて優しくて、いい子なのに、どこが苦手なの? それともあの態度は好きの裏返し?」
「ねえ。これ以上、そのくだらない質問を続けるなら怒るけど」
「……もう怒ってるじゃない」
低くなった声に、思わず視線を逸らす。だけど、このまま引くわけにはいかない。レインがエミリアをどう思っているか、ちゃんと聞かなくては。
(協力って、こういうことで合ってるのかは分からないけど…きっと大丈夫よね?)
こちらを見る視線が鋭くなっても、怯まずに答えをじっと待っていれば、彼はゆっくりと口を開いた。
「仮に、仮にですよ? 俺があの女のことを好ましく思っていたとしたら、アナスタシア様はどうするのですか」
「どうって……」
その言葉に考えてみる。現にこうしてエミリアに協力して、レインの気持ちを確かめているのだから、もしこのまま上手くいけば、嬉しいと思える。
「わたし、レインのことを大切に思ってるの」
「……は?」
突然何を言い出すんだと言いたげな表情を浮かべるレインを無視して、わたしは言葉を続ける。
「だからね、レイン。貴方はわたしの大切な従者であり友達なの。そんな大切な貴方が、わたしの親友であるエミリアと結ばれたとしたら、幸せだなって思うよ」
あの日、ボロボロで冷たい瞳をしていたレインを今でも時折思い出す。自分の境遇を冷めたように見ていた、何も疑問を抱かずに恐ろしいことを平気で行えていたときの彼を。
そんな彼も今ではすっかり変わった。とうの昔に抜かされた身長も、あの頃よりも低くなった声も、ふとした瞬間に見せる大人の表情も。
そして何より、優しいことに魔法を使ってほしいと言ったわたしの言葉を覚えて、それを叶えてくれた。
暗い場所じゃなくて、明るい陽の下で笑うレインを見て、わたしはあの日、彼の手を取ってよかったと心から思った。
だから、もう二度とレインが、あんな目に合わないように。ヒロインであるエミリアと幸せになれる道があるのならば、わたしはそれを邪魔しない。
生存率を上げたいのはもちろん今でも変わらないが、それよりもレインの幸せを願っている。
「だからね、もし、その……レインがエミリアと仲良くなるのにわたしが邪魔だとしたら、その時は言って欲しいの。……消えたりはできないけど、努力はするから」
裏切られて破滅するのは嫌だけど、それでも、もし彼がわたしから離れることを望むのなら、できる限りそれを叶えたいと思う。
「………そう」
「そのためには、隷属の誓約もなるべくはやく解呪しないと、だね。そうだ、学園の図書室に何かいい本とかあったりするか──」
「アナスタシアの馬鹿」
「……ん?」
なぜ、悪口を言われたのだろうか。いま、とてもいい雰囲気だったと思うのだけど。
頭の中で疑問符を浮かべていれば、レインがとてつもなく冷めた目でこちらを見ていた。
「まあ、仕方ないか。お子ちゃまですからね、アナスタシア様は」
「何でさっきから悪口言われてるの?!」
「……ほんと、人の気も知らないで。チッ」
「舌打ち?!」
突然の悪態に驚いていれば、彼は深いため息をついた。
「隷属の誓約を解呪する方法じゃなくて、もう少し人の心とかを学ぶ本を読むことをお勧めしますよ。それこそ、明日にでも勉強してきてください」
そう言うと、ひらひらと手を振って部屋から出ていったレイン。一人、部屋に残されたわたしは訳も分からずに呟いたのだった。
「………何であんな怒ってるの…?」
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