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①
───心臓の音がドクドクとうるさい。変な汗も出てきた。だけどやると決めたのだから、もう後戻りはできない。
「……えぇっと、この方はどなた?」
ベッドの脇に立っている侍女のマリアにそう尋ねると、目の前の男が少しだけ驚いた表情を見せた。
私のお見舞いにきてくれたという男。
銀色の髪、金色の瞳。端正な顔立ちに長身でスラリとした体型で、男の容姿はどこか人間離れした美しさを持っていた。
その美しい容姿に見惚れていると、ふと彼の首にある紋章が目に入った。身体にあの紋章が刻まれているということは、彼は魔術師ということか。
この国で魔法が使えるのはほんの一部の限られた人間だけだ。もちろん私は使えない。
希少で価値の高い魔術師。彼らは魔術が使える証として、身体には紋章が刻まれている。形は皆同じだと聞くが、魔力の多さによって色の濃さが違うらしい。
彼の身体に刻まれた紋章の色を見て、私は彼が高位の魔術師なのだと分かった。そんな雲の上のような存在の人が、一応爵位があるとはいえ、こんな田舎に住む我が家にどうしてやってきたのだろうか。
私の症状を心配した両親が診ていただくようお願いでもしたのだろうか? でも、高位の魔術師にお願いができるほどの潤沢な資金は我が家にはないはず…。
なんて、ぐるぐると考えているフリをしているが、本当は彼がここへ来た理由が何かなんて、とっくに分かっている。
だけど、口にも態度にもだすわけにはいかないので、間抜けな表情をつくって、マリアの返答を待っていれば、彼女が男の名前を口にした。
「ルーカス・アーレンベルク様…」
まるでいま初めてきいたかのように反復する。そして次に、私との関係は? わざわざここへきてくれたということは、両親の仕事の関係者? などとマリアにどんどん男の事を尋ねる。私が口を開く度に男の表情は険しくなる一方だ。
(騒々しい女は嫌いだものね…)
順調な滑り出しだと思い、ニヤつきそうになるのをおさえて、私は畳み掛けるように言葉を紡いだ。
「そのルーカス様は魔術師ですよね? そんな雲のような存在であるお方がここへきてくださるなんて、一体どうして? もしかして、お父様かお母様が心配して、どなたかに私を診ていただくようお願いしたのかしら? でも、お恥ずかしながら我が家にはそんな資金はないはずだし…」
「お嬢様、アーレンベルク様は──」
「そうなると、まさかアリアナ様の婚約者様?! まあまあ、きっとそうよね、お優しいアリアナ様のことだからお父様から私のことを聞いて、わざわざ婚約者であるルーカス様にお見舞いをお願いしてくださったのね、本当に素敵なアリアナ様!ルーカス様は高位の魔術師ですし、アリアナ様にお似合いの──」
「違う!」
その瞬間、痺れを切らしたかのように男が声を荒げた。突然の事で、びくりと身体が揺れる。
───まさか彼が声を荒げるとは。突然の事で目を見開いて固まる私に謝罪をした後、あの話は本当だったのかとマリアに問い詰める男。
そんなにアリアナ様とお似合いと言ったのが、気に障ったのだろうか。男の顔は険しい。
ちなみにアリアナ様とは、彼に言い寄っている令嬢のひとりで、グラマーな体型と傲慢な性格がチャームポイントである。
「記憶喪失」だの「事故」だの、物騒な単語ばかりが聞こえてくる。マリアと話をしながらも疑うようにこちらに視線を向けてくる男に、頬を赤らめつつも微笑めば、男は信じられないといった表情で「……本当なのか」と呟いた。
(……私がルーカスに対して照れるなんてこと、今まで一度もなかったものね)
▼▼▼
「エルーシア。さっきは大きな声を出して悪かった」
マリアとの話は終わったのか、私の元にやってきたルーカスが頭を下げる。
「いえ、そんな…私が何か失礼な事を言ってしまったのでしょう?」
「いや、君は何も悪くない。君の口から聞きたくない言葉が出たから、少し動揺してしまって…」
ルーカスが聞きたくない言葉とは一体? 身に覚えがないが、深入りすることでもないと思いそのまま受け流した。
「改めまして、俺の名前はルーカス・アーレンベルク。エルーシア・ローゼ嬢、君の婚約者だよ」
「こ、婚約者…?!だって私とルーカス様ではご身分が…」
「関係ないよ。俺達は愛し合っていたのだから」
「ね、そうだろう?」とお得意の作り笑顔でマリアに問いかければ、彼女は勢いよく首を縦に振る。ルーカスの圧に負けて頷いたマリアには、後でお説教するとして、そんなことより…
(私とルーカスが愛し合っていたなんて、一体どんな嘘よ!!)
愛し合う以前に、ろくに会話もしたことないじゃないか。思わず否定をしようと口を開いたが、計画を思い出して慌ててやめる。
(大丈夫、まだ私の計画は始まったばかりよ。ここからどうとでもできるわ…やるのよ、エルーシア自分の幸せのために)
「記憶を無くしたばかりで混乱すると思うけれど、ゆっくり俺の事や俺達の関係を思い出してくれれば嬉しいな。
──あんなに想い合っていたのに、忘れられたままというのは寂しいからね」
そう言ってルーカスは私の手の甲に軽くキスを落とした。突然の彼の行動に思わず「は、」と低い声を出せば、慌てたマリアが「ルーカス様!」と声を荒げた。
「お、お嬢様はまだ混乱されているのです!過度なスキンシップはお控えくださいませ!」
「過度なスキンシップ…?ああ、ごめんね。記憶を無くす前のエルーシアとはこういうことが当たり前だったから、つい」
悪びれもせずに堂々と言ってのけたルーカスに、マリアが「嘘でしょ…?!」と言った表情で私を見てくる。
(つい、じゃない!一度もしたことない!だからそんな目で見ないで!)
何という嘘をついてくれるんだ、この男は。しかし、ここで下手な反応すれば私の計画は失敗に終わってしまう。これは試されているのかもしれない、そう思い私は普段のエルーシアであれば絶対しないであろう行動をすることにした。
「まあ!ルーカス様のような素敵な方にこのような事をしていただけるなんて、エルーシア、光栄です!」
キスを落とされた場所を撫でながら、甲高い声でそう叫べばルーカスの目が鋭くなった。
「……本当に記憶がないのか」
納得したようなルーカスの言葉に、内心ガッツポーズをしながら私はにこりと微笑んだ。そして、マリアに目配せをし、用意していた台詞を言ってもらう。
「…えぇと、ご自身のことなどや、私のこともぼんやりと覚えているようなのですが…」
「俺の記憶だけ、全くないと」
「はい。転倒した際に頭を強く打ったのが原因ではないかと…」
少しだけ納得いかないといった表情を浮かべるルーカスに、マリアが「想いが強い相手のことほど、忘れてしまうといいますし」と謎のフォローを入れた。
(ちょっと、余計なことは言わなくていいのよ)
たしかにルーカスの事ばかり考えてはいたが、それは彼の存在が私の頭を悩ませるものだっただけで、決して好意的なものではない。
しかし、私の心配をよそにルーカスはマリアの言葉に気をよくしたのか、柔らかい笑みを浮かべる。
「そうか、そうだよね。……気長に待つよ、エルーシア。君の記憶が戻るまで」
(いや、全く待たなくていいのだけど)
私のことはさっさと忘れて、新しい誰かと婚約関係を結んで欲しいと思ったが、まあ、いいか。ルーカス本人がどう考えようと、この状態の私をアーレンベルク公爵夫妻が良くは思わないはずだ。──今でこそ、あんまりよく思われていないし。
出自の関係もあるため、ルーカスは夫妻に対して強くは出れないだろうし、彼との婚約が解消されるのも時間の問題だろう。ルーカスの反応が少しだけ想像と違っていたが、今はいい。
こうして、私の記憶喪失のふりをして婚約解消してもらおう計画が無事に幕を開けた。
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