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1-1 黒崎家の日常
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11月13日、水曜日。午前6時。
カレンダーの七十二候の欄には、地始凍・ちはじめてこおると書かれている。冬の冷気のなかで、大地が凍り始める頃だという。まるで俺の心のようだ。
「夜は冷え込みがいっそう厳しくなるので、部屋の窓の結露にも注意が必要です、か。……朝から冷え込んでいるよねえ」
黒崎は何も言わない。リビングのソファーに座り、タブレットで電子新聞を読んでいる。聞こえているはずなのに。それはそうだろう。さっきまで言い合いをしていたからだ。
ダイニングの椅子に座り、アンのことを抱き上げた。もこもこした毛並みの持ち主が癒やしだ。テーブルの湯呑にお茶を注いだ。すっかり冷めて渋くなっている。これも自分の気持ちを表している。
「このお茶。朝ごはんのやつなんだよね~。冷めてて渋くなっててさ。まるで俺の心みたいだよ~~。ふん……」
黒崎には聞こえている。さっさと仲直りをすればいいのに、ごめんなさいが言い出せない。2年前も今も変わらない。些細なことで喧嘩をしては後悔している。黒崎はどうかは知らない。何も言わないし、こっちを見ないからだ。
俺の名前は黒崎夏樹。大学2年生だ。ロックバンド'"Visible ray"で、ボーカリストをつとめている。デビュー後、2週間が経つ。
左の薬指には指輪がある。永遠の誓いを立てたパートナーが存在するからだ。その人は、黒崎圭一という。同じ苗字なのは、黒崎の父と養子縁組をしたからだ。
黒崎のことをチラッと見た。とても整った顔立ちをしている。彫りの深い二重に強い目力。いつも姿勢を綺麗に保ち、スーツ姿のときには隙が感じられない。堂々としている。
中身はこうだ。強引で頑固で、石頭。イジワル、ドS。えらそうな物の言い方。どうして好きになったんだろう?一緒に居るはどうして?それには理由がある。
「威圧感は和らいだからだよね……」
俺の言うことを聞け、命令だ、二度言わせるな。そんなセリフを口にしていたのは過去のことだ。相手の気持ちを大事にする人になった。
俺に対しては特に優しくなった。自分のことは後回しにして、俺のことばかりを優先させている。ワガママ放題でいいぞ。そう言われている。
「二度言わせるな、か。……あの頃は好きだっていう気持ちが大きくて、我慢してたんだよねえ」
冷めたお茶を飲んだ。喉元過ぎれば熱さを忘れるというが、最初から冷たさばかりを感じている。温かいものが飲みたくなった。
「珈琲を淹れようかなあ?飲みたい人はいないのかな?手をあげて下さい。ふん……」
会話の糸口にしたのに、ノッてこないのか。まあいいや。黒崎が気に入っている豆を買ったばかりだ。これを淹れたら気がつくだろう。
飲みたいと言い出すか、こっちを向くなどの反応があるはずだ。アンを膝の上から下ろすと、大きな目で見上げてきた。元気いっぱいなのに、今はショゲているようだ。
「アン、どうしたんだよ?……女の子から見ると、あり得ないのか。パパに教えてあげてよ……」
伝わったのかな?アンがソファーへ走って行った。黒崎のことが大好きだからだ。動物に好かれるのは前からだ。本質が優しいからだろう。
「たまには……、キツいことを言うけど。それは俺も同じだし~?」
聞こえるように口にしたのに反応がない。黒崎がアンのことを抱き上げてテレビを観始めた。流れているのは天気予報だ。
「『……いつもより冷え込む1日になるでしょう。防寒対策をしてお出かけください……』」
黒崎がチャンネルを変えた。珈琲が入ったら声をかけよう。そう思ってコーヒーメーカーの段取りをはじめた。
コポコポ……。
いい匂いが広がった。いつもならこれをネタに話しているのに。テレビではニュースが流れている。緊迫した声色のアナウンスが聞こえてきた。他人事とは思えない。聞きたくないニュースだ。
シンと静まり返った空間にいる。コーヒーメーカーからの音、マグカップの音だけが聞こえている。どうやって仲直りしようかな?いい言葉が思いつかない。
「なんで俺が謝るんだよ……」
謝りたくないのに、謝ってしまいたいという矛盾。先に進まないという現実。後悔と一緒に、マグカップへ熱々の珈琲を注ぎ入れた。
「あつつつ!」
はあ……。気がそぞろだ。珈琲が少し指にかかってしまった。水道水で流し始めると、冷たくて身体がブルッと震えた。
「これでいいか……」
「もっと冷やせ」
「え?んん?」
「すまない。俺のせいだ」
「黒崎さん……」
背後から抱きしめられた。そして、黒崎から手を添えられて、水で冷やし続けた。
カレンダーの七十二候の欄には、地始凍・ちはじめてこおると書かれている。冬の冷気のなかで、大地が凍り始める頃だという。まるで俺の心のようだ。
「夜は冷え込みがいっそう厳しくなるので、部屋の窓の結露にも注意が必要です、か。……朝から冷え込んでいるよねえ」
黒崎は何も言わない。リビングのソファーに座り、タブレットで電子新聞を読んでいる。聞こえているはずなのに。それはそうだろう。さっきまで言い合いをしていたからだ。
ダイニングの椅子に座り、アンのことを抱き上げた。もこもこした毛並みの持ち主が癒やしだ。テーブルの湯呑にお茶を注いだ。すっかり冷めて渋くなっている。これも自分の気持ちを表している。
「このお茶。朝ごはんのやつなんだよね~。冷めてて渋くなっててさ。まるで俺の心みたいだよ~~。ふん……」
黒崎には聞こえている。さっさと仲直りをすればいいのに、ごめんなさいが言い出せない。2年前も今も変わらない。些細なことで喧嘩をしては後悔している。黒崎はどうかは知らない。何も言わないし、こっちを見ないからだ。
俺の名前は黒崎夏樹。大学2年生だ。ロックバンド'"Visible ray"で、ボーカリストをつとめている。デビュー後、2週間が経つ。
左の薬指には指輪がある。永遠の誓いを立てたパートナーが存在するからだ。その人は、黒崎圭一という。同じ苗字なのは、黒崎の父と養子縁組をしたからだ。
黒崎のことをチラッと見た。とても整った顔立ちをしている。彫りの深い二重に強い目力。いつも姿勢を綺麗に保ち、スーツ姿のときには隙が感じられない。堂々としている。
中身はこうだ。強引で頑固で、石頭。イジワル、ドS。えらそうな物の言い方。どうして好きになったんだろう?一緒に居るはどうして?それには理由がある。
「威圧感は和らいだからだよね……」
俺の言うことを聞け、命令だ、二度言わせるな。そんなセリフを口にしていたのは過去のことだ。相手の気持ちを大事にする人になった。
俺に対しては特に優しくなった。自分のことは後回しにして、俺のことばかりを優先させている。ワガママ放題でいいぞ。そう言われている。
「二度言わせるな、か。……あの頃は好きだっていう気持ちが大きくて、我慢してたんだよねえ」
冷めたお茶を飲んだ。喉元過ぎれば熱さを忘れるというが、最初から冷たさばかりを感じている。温かいものが飲みたくなった。
「珈琲を淹れようかなあ?飲みたい人はいないのかな?手をあげて下さい。ふん……」
会話の糸口にしたのに、ノッてこないのか。まあいいや。黒崎が気に入っている豆を買ったばかりだ。これを淹れたら気がつくだろう。
飲みたいと言い出すか、こっちを向くなどの反応があるはずだ。アンを膝の上から下ろすと、大きな目で見上げてきた。元気いっぱいなのに、今はショゲているようだ。
「アン、どうしたんだよ?……女の子から見ると、あり得ないのか。パパに教えてあげてよ……」
伝わったのかな?アンがソファーへ走って行った。黒崎のことが大好きだからだ。動物に好かれるのは前からだ。本質が優しいからだろう。
「たまには……、キツいことを言うけど。それは俺も同じだし~?」
聞こえるように口にしたのに反応がない。黒崎がアンのことを抱き上げてテレビを観始めた。流れているのは天気予報だ。
「『……いつもより冷え込む1日になるでしょう。防寒対策をしてお出かけください……』」
黒崎がチャンネルを変えた。珈琲が入ったら声をかけよう。そう思ってコーヒーメーカーの段取りをはじめた。
コポコポ……。
いい匂いが広がった。いつもならこれをネタに話しているのに。テレビではニュースが流れている。緊迫した声色のアナウンスが聞こえてきた。他人事とは思えない。聞きたくないニュースだ。
シンと静まり返った空間にいる。コーヒーメーカーからの音、マグカップの音だけが聞こえている。どうやって仲直りしようかな?いい言葉が思いつかない。
「なんで俺が謝るんだよ……」
謝りたくないのに、謝ってしまいたいという矛盾。先に進まないという現実。後悔と一緒に、マグカップへ熱々の珈琲を注ぎ入れた。
「あつつつ!」
はあ……。気がそぞろだ。珈琲が少し指にかかってしまった。水道水で流し始めると、冷たくて身体がブルッと震えた。
「これでいいか……」
「もっと冷やせ」
「え?んん?」
「すまない。俺のせいだ」
「黒崎さん……」
背後から抱きしめられた。そして、黒崎から手を添えられて、水で冷やし続けた。
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