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このことを知っているのは、うちの家族しかいない。田中先生にも話していないけれども、うちの母が相談したことがあるようで、たまに先生からため息をつかれている。その時はコルクボードを使った後で、わずかについた右手の人差し指の傷を見られているように感じる。俺は知っているんだよ。いつでも相談においで。先生は俺のことを咎めるわけもなくて、温かい眼差しを向けられている。本当に優しい先生だと思った。
こんなに優しい人がそばにいるからこそ、コルクボードから卒業するべきだと思っているのに、いつまでたってもやめられないでいる。いつになったらこの焦燥感は消えていくのだろう。先生と話すたびにため息をついている自分が情けなくもあり、こう思えるようになった分だけ大人になったのかと誇らしく思う時もある。明るく前向きに考えていこうと決めた。それに、一週間後には親戚の結婚式披露宴に出席するからこそ、問題を起こしてはいけないと思っている。身を引き締めないといけない。いつもの優等生の仮面をつければOKだ。
「これぐらいにしておこうっと……、あ、万理が帰って来たのかな……」
その時だ。部屋のドアの向こうから階段を上がってくる音が聞こえてきた。
コンコン!
ドアがノックされて返事をしながら顔を上げるとドアが開かれて、そこには学制服姿の万理が立っていた。手元には二枚のストールがあった。何があったのだろう。ポカンとして見つめていると、彼女が二枚同時に広げながら部屋に入って来た。結婚式の時に着ていく服を選んでいるのだろう。男の俺に聞いても分からないと思う。それを分かっていながらも万理が聞いてくるのは、少しでも俺と話す時間を作ろうとしているからだと思う。どっちが年上なのか分からなく時が増えてきた。万理の方が、俺よりもずっと大人だと思う。
「お兄ちゃん、今いい?」
「いいよ。それってお母さんのストールだろ?」
「うん。お母さんが使ってもいいよって言うから。麻衣子ちゃんの結婚式に着て行く服は選んだけど、ストールを巻いた方がいいかなって思ったの。どっちのストールにしようか迷っているの。ベージュに白の水玉と、こっちの赤。どっちがいいと思う?」
「服の色は?」
「紺色のワンピースだよ」
「ベージュと水玉がいいよ」
適当に答えてしまったのに、万理は怒ろうとしない。俺との共通の話題を作っているのだと思うと胸が痛くなった。さっきまでコルクボードを使っていたことを知られているようだ。そういう時は万理が新しい話題を見つけて話しかけてくる。これ以上、指を傷つけないために。本当にどちらが年上か分からない。万理が俺の指を見て溜め息をついた後、微笑みかけてきた。まだ話は終わっていないよと言いながら。
「お兄ちゃんは服を決めた?」
「まだだよ。紺色のやつにしようかな」
「それが似合うよ!伊吹お兄ちゃんはスーツだって。つまらないよねー--」
「普通にした方がいいよ。中身がユニークだから。結婚式の時って危なくないかな。麻衣子ちゃんがドン引きしそうだよ」
「あはははは。伊吹お兄ちゃんは空気を読むと思うよ。夏樹お兄ちゃんこそ、”普通”を連呼しないでよ。お母さん似のお兄ちゃん達はいいよね。お人形さんみたいだし」
「なんだよー-。仕返しだろ、それって。ふふん!そのうちマッチョになるからね!」
俺と万理は仲がいい。伊吹とも万理は仲がいい。ただし、俺は伊吹と距離を取って話している。どうしてかというと、俺達のことを溺愛しているからだ。暑苦しい発言と一筋縄ではいかぬ性格の持ち主から抱きつかれたり、大きな声で名前を呼ばれたりすることが俺にとっては心の負担になっているからだ。万理は気にしていないらしい。しかしながら、伊吹のことは尊敬している。もちろん万理のこともだ。その万理が伊吹の顔真似をして笑い出した。
「伊吹お兄ちゃんはイケメンだけど、夏樹お兄ちゃんの方が綺麗だと思うよ」
「ふうん……」
夏樹お兄ちゃんの方が綺麗という万理の言い方にはいちいち腹を立てないようにしている。俺と伊吹は母の顔に瓜二つだ。伊吹は男にしか見えないけれども、俺の場合はそうではない。小さいころから女の子だと見間違えられることが多かった。学生服を着ていても間違われている。身長170㎝で細身の体型をしている。これぐらいの身長の女の子は珍しくないし、18歳にもなって、ヒゲとすね毛が少ないからだと思う。
万理はよく俺のことをからかってくる。万理から女の子みたいだと言われても、不思議と腹が立たない。それぐらいに万理と俺は仲がいいということだ。でも、カラ元気というものかもしれない。万理が無理に笑いを取ろうとしているのが分かる。俺のことを笑わせるためだ。俺がコルクボードを使わなくて良いように気を遣われている。万理こそ、元気が出ないときがあるはずだ。でも、それを見せないようにしているのだと思う。
こんなに優しい人がそばにいるからこそ、コルクボードから卒業するべきだと思っているのに、いつまでたってもやめられないでいる。いつになったらこの焦燥感は消えていくのだろう。先生と話すたびにため息をついている自分が情けなくもあり、こう思えるようになった分だけ大人になったのかと誇らしく思う時もある。明るく前向きに考えていこうと決めた。それに、一週間後には親戚の結婚式披露宴に出席するからこそ、問題を起こしてはいけないと思っている。身を引き締めないといけない。いつもの優等生の仮面をつければOKだ。
「これぐらいにしておこうっと……、あ、万理が帰って来たのかな……」
その時だ。部屋のドアの向こうから階段を上がってくる音が聞こえてきた。
コンコン!
ドアがノックされて返事をしながら顔を上げるとドアが開かれて、そこには学制服姿の万理が立っていた。手元には二枚のストールがあった。何があったのだろう。ポカンとして見つめていると、彼女が二枚同時に広げながら部屋に入って来た。結婚式の時に着ていく服を選んでいるのだろう。男の俺に聞いても分からないと思う。それを分かっていながらも万理が聞いてくるのは、少しでも俺と話す時間を作ろうとしているからだと思う。どっちが年上なのか分からなく時が増えてきた。万理の方が、俺よりもずっと大人だと思う。
「お兄ちゃん、今いい?」
「いいよ。それってお母さんのストールだろ?」
「うん。お母さんが使ってもいいよって言うから。麻衣子ちゃんの結婚式に着て行く服は選んだけど、ストールを巻いた方がいいかなって思ったの。どっちのストールにしようか迷っているの。ベージュに白の水玉と、こっちの赤。どっちがいいと思う?」
「服の色は?」
「紺色のワンピースだよ」
「ベージュと水玉がいいよ」
適当に答えてしまったのに、万理は怒ろうとしない。俺との共通の話題を作っているのだと思うと胸が痛くなった。さっきまでコルクボードを使っていたことを知られているようだ。そういう時は万理が新しい話題を見つけて話しかけてくる。これ以上、指を傷つけないために。本当にどちらが年上か分からない。万理が俺の指を見て溜め息をついた後、微笑みかけてきた。まだ話は終わっていないよと言いながら。
「お兄ちゃんは服を決めた?」
「まだだよ。紺色のやつにしようかな」
「それが似合うよ!伊吹お兄ちゃんはスーツだって。つまらないよねー--」
「普通にした方がいいよ。中身がユニークだから。結婚式の時って危なくないかな。麻衣子ちゃんがドン引きしそうだよ」
「あはははは。伊吹お兄ちゃんは空気を読むと思うよ。夏樹お兄ちゃんこそ、”普通”を連呼しないでよ。お母さん似のお兄ちゃん達はいいよね。お人形さんみたいだし」
「なんだよー-。仕返しだろ、それって。ふふん!そのうちマッチョになるからね!」
俺と万理は仲がいい。伊吹とも万理は仲がいい。ただし、俺は伊吹と距離を取って話している。どうしてかというと、俺達のことを溺愛しているからだ。暑苦しい発言と一筋縄ではいかぬ性格の持ち主から抱きつかれたり、大きな声で名前を呼ばれたりすることが俺にとっては心の負担になっているからだ。万理は気にしていないらしい。しかしながら、伊吹のことは尊敬している。もちろん万理のこともだ。その万理が伊吹の顔真似をして笑い出した。
「伊吹お兄ちゃんはイケメンだけど、夏樹お兄ちゃんの方が綺麗だと思うよ」
「ふうん……」
夏樹お兄ちゃんの方が綺麗という万理の言い方にはいちいち腹を立てないようにしている。俺と伊吹は母の顔に瓜二つだ。伊吹は男にしか見えないけれども、俺の場合はそうではない。小さいころから女の子だと見間違えられることが多かった。学生服を着ていても間違われている。身長170㎝で細身の体型をしている。これぐらいの身長の女の子は珍しくないし、18歳にもなって、ヒゲとすね毛が少ないからだと思う。
万理はよく俺のことをからかってくる。万理から女の子みたいだと言われても、不思議と腹が立たない。それぐらいに万理と俺は仲がいいということだ。でも、カラ元気というものかもしれない。万理が無理に笑いを取ろうとしているのが分かる。俺のことを笑わせるためだ。俺がコルクボードを使わなくて良いように気を遣われている。万理こそ、元気が出ないときがあるはずだ。でも、それを見せないようにしているのだと思う。
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