恋人はメリーゴーランド少年だった。

夏目奈緖

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 それに、いくら生意気な俺でも、会ったばかりの大人を呼び捨てにしたくなかった。それを黒崎に言うと、こう聞かれた。俺から言われてどうだったか?と。まず先に遠慮が浮かんだなら普通の反応だけれども、命令されたことが嫌だということが理由で反発したのなら、まずはそういうところから直せばいいと言われた。まるで田中先生のようだ。

「なんだか学校の先生みたいだよ。あんたが言うのは嫌だよ」
「どうしてだ?」
「嫌みを言ってくる人からアドバイスされたくない」
「そうか。はっきり言ったな。分かってもらえればいい」
「黒崎さんのアドバイスは理解したよ。ありがとう」
「本当に呼んでもらってもかまわないぞ」
「嫌だから呼ばない。あんたから命令されたことも嫌なんだ。いた!デコピンするなよ。暴力反対。はっきり言えって言ったのは、黒崎さんの方なんだよ。そのとおりにしたのに」
「悪かった。強すぎたか。見せてみろ。どうしたら許してもらえる?」
「”いたいのいたいの飛んでいけ”って知ってる?おまじないだよ。その呪文を唱えてくれたらいい。それなら痛くなくなるよ?」

 黒崎がするわけがない。心の中で笑った。しかし、その黒崎が運転席から身を乗り出して、至近距離まで近づいて来た。俺の額に手を押し当てて苦笑している。本当にするつもりだと分かったから驚いた。

「言うわけないだろう」
「ええ?」

 思い切り馬鹿にされた気分になり、驚いて言葉を失った。そのまま呆然としていると、子供に接するかのように顔を覗き込んで来た。諭されているような、あやされているような気分だ。なぜか胸がキュンとした。まるで恋に落ちたかのようだと思い、顔が赤くなってきた。そして、そのことに気づいて背中に汗が流れてしまった。

「もう痛くないか?」
「あの……」

 今度は心臓の鼓動が高鳴った。恥ずかしい気持ちを隠したくて視線を下げた。気まずい思いをどうにかしたくて、まだ痛いと口にした。黒崎からの返事はない。そして、苦笑する気配を感じた後、額に温かい息がかかった。

「じっとしていろ」
「まだ痛いんだって。……ええ?」

 低い声が耳元で響いたかと思えば、唇を額に押し当てられそうになった。そして、ゆっくりと黒崎が離れた後、また顔を覗き込まれた。優しい目に引き込まれそうで、顔が赤くなるのが分かった。

 予想外の出来事に頭の中がパニックになり、言い返すことも動くことも出来なかった。それをどう解釈したのか、黒崎が俺を見て吹き出した。そして、本当にキスをするぞと言われてしまった。

「嫌だと言わないのか。続けるぞ」
「んん……、やめ……」
「やめない。大人しくしろ」
「離せって……っ」

 黒崎の肩を叩いた。どうしてキスをしようとしたのかと聞くと、黒崎からは嫌がらせだと言われて納得した。俺が避けないし嫌だと言わないのが悪いと言われてしまった。

「キスをしようとしたのは額だ。そうだ。嫌がらせだ。これで終わりだ」
「んん……、けほっ」
「心臓の音が大きいな。どうしてだ?」
「具合が悪くなったからだよ!やめろって。嫌がらせするなって」
「車の中で暴れるな。また傷口が痛むだろうが」
「悔しくて我慢できない。おさまったよ。ふん」
「切り替えの早いことだ」
「クラスの子にされたことがあるから平気だよ!」
「なんだと?それはセクハラ行為だ。冗談で済ますな。一切の隙を見せるな」
「ふざけていただけだよ!嫌な言い方をするなよ!」
「じゃあ聞く。何とも思わなかったのか?」
「嫌だったよ」
「じゃあ、嫌だと言え。さっき俺からされそうになって、どうだった?」
「したようなものだろ。嫌だったよ」
「それでいい」
「それだけ?あんたは謝らないのかよ?」
「ああ。それだけだ。謝らない」

 黒崎が軽く頷いた。さっき俺に嫌がらせをしてきたのは、俺に教えるためだったと言い出した。さっきの学校での俺の姿を見て心配になったそうだ。何を言っても怒らない奴だと思われたら行動がエスカレートするからだと言われた。俺でも分かると言い返すと、お前は分かっていないと言い返された。俺のことを心配してくれていることは理解した。
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