恋人はメリーゴーランド少年だった。

夏目奈緖

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10-12

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 10分後。

 イベント会場から走り出して数分が過ぎた。ここは山の方だ。木々の隙間からは砂浜が見えている。静かな道を走るうちに、会場から遠く離れてしまった。道路の脇には木が生い茂っている。

 さっきまで人が沢山いたのに、この辺りは自分の他に誰もいないと思った。さらに走って行くと、海が見えてきた。一気に視界が広くなり、月の明かりに反射している海面が目の前に広がった。肌寒いと思ったけれども、潮風が気持ちいいと思った。

「わあー、綺麗だー!」

  穏やかな波がキラキラと輝いている。広くなった場所で立ち止まり、目の前の景色を記憶に焼き付けた。

「すごいな……。あれ?黒崎さんが来ないや……」 

 さっきまで追いかけて来ていたのにと思った。辺りを見渡しても人影がない。聴こえるのは、打ち寄せる波の音と、自分の心臓の音だけだ。 シンとしているから、急に寂しくなってきた。いつもの自分なら寂しくないのに。自由だからだ。どこへでも行ける気がしていた。 どうして今は、反対の気分なのだろう。

「誰もいないよね。当たり前だけど……」 

 急に不安になり、スマホを取り出した。黒崎に電話する方が早い。さっそく連絡先をタップしたけれども、何も聞こえなかった。

「あれ?何でだろう?あーあ。電池切れだ。探してくれているよね。心配かけているよね。たぶん……」

  電話をかけた途端、スマホがバッテリー切れになってしまい、がっくりと項垂れた。そして、一気に疲れが出て、地面に座って足を投げ出した。

 ここまで来た道を引き返せば会えるかもしれないと思った。でも、会場には大勢の人がいるから、見つからないかもしれないと思った。そこで、来た道を戻ることにした。でも、足を止めた。どこから来たのか分からなくなったからだ。

「とにかく戻ろう。……どっちから来たっけ?」 

 見えているのは、生い茂っている木々と、真っ暗な道だけだ。打ち寄せる波の音だけが虚しく聞こえて、途方に暮れた。 

「やっちゃったよ。迷子だーー」 

 月の方向からルートを思い出した結果、その方向にある道が三つもあった。そして、山の中はどこへ繋がっているか分からない。ここは知らない場所だから、むやみに動かない方がいいと思った。

「会場に着いたのが……。10分ぐらい走ったから……」

 そう遠くには来ていないはずだと思った。イベント広場からのアナウンスが聞こえているからだ。たぶん今の時間は20時前だと思う。

「あ……」

 するとその時、犬の遠吠えのような声が聴こえてきた。さっきまで感動していたはずの海が怖くなった。

「夜の海って怖いんだな……」

 ここは駐車場のようだ。白線が見えている。ぎゅっと膝を抱えて、地面へ座った。目を開けると怖いから、膝に顔を埋めた。  

 砂浜に打ち寄せる波の音と、心臓の鼓動が聴こえてきた。規則正しいリズムが時計の針の音のようだ。決まった長さで刻まれているはずなのに、時間だけが長く感じた。

「黒崎さん……。怖いよ……」

 ここで泣くのはみっともない。両目から涙が溢れて、ジーンズの膝の部分が湿ってきた。誰かの力なんか借りたくなかった。信じられるのは自分だけだ。それなのに、黒崎と出会ってからは、いつもの自分ではなくなった。あの温かい手を取った時に、心のバリアが解かれてしまった。

「うん……。怖くない」

 深呼吸を繰り返しても落ち着かない。ただ静かに黒崎のことを待った。時間が分からないから、余計に不安になった。寒くて体も震えてきた。

 そこで、黒崎から着せてもらった彼の上着を着直して、体に覆ようにした。こうしていると、黒崎がそばにいるような気がして安心するからだ。すると今度は、眠気が襲ってきた。

「だめだ。寝たら危ないよね。誰か来てくれても、気がつかないかもしれないし……」

 どんどん身体が重くなった。そして寒さと眠気、不安に襲われた。増してきた後悔と一緒に、膝に抱えて目を閉じた。
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