恋人はメリーゴーランド少年だった。

夏目奈緖

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 するとその時だ。肩を引く強い力に襲われた。全身の血の気が引くような感覚が起きて、身をすくませて庇った。 

「え……っ」
「捕まえた」

 黒崎の低い声が耳元で響いた。寒かったはずの背中には温もりがあり、マフラーと同じ匂いに包まれた。 振り向くと、黒崎が立っていた。

「黒崎さん……」
「探したんだぞ。見つかってよかった」
「ごめん!スマホの電池がなくなったから、連絡が出来なかったんだ。迷惑かけてごめん……」

 涙声で謝ったところで、迷惑をかけたことに変わりはない。どんなに怒られても仕方がない。しかし、黒崎からは笑い声が聞こえてきた。驚いて目を開けると、やっぱり笑っていた。

「謝るのは嫌みを言ったことだけでいい」 
「怒っていないの?」
「嫌みだけだ。ごめんなさいは?」
「ごめんなさい……」

  素直に謝ると抱きしめられた。深いため息が聞こえて来たから、どれほど心配を掛けたのかが分かった。それでも、俺のことを気遣ってくれた。

「見失ってすまなかった」 
「悪いのは俺だよ?」 
「追いかけて来いと言われて、それに乗ったのは俺だ。だから、見失った俺のほうが悪い。これでいいだろう?もう泣き止め」
「ごめん……」 
「怖かったな。はいはい。ここにいるぞ」  
「うん……」

 黒崎の両肩へ腕を回して、すがりついた。温かくて気持ちいいと感じるのは、安心したからだ。怒られたとしても良かったと思う。優しく背中を叩かれているうちに、心が落ち着いてきた。 

「黒崎さん。……何時?どれぐらい、時間が経ってた?」
「19時55分だ。追いかけごっこは10分ぐらいだな」 
「一時間ぐらい経った気分になったよ」 
「もう戻ろう。身体が冷えている」 
「うん……」 

 両脇の下に手を差し入れられた。黒崎が顔をしかめた。熱が出ているかも知れないと言われた。そして、抱き起こそうとされた時に視線を向けた。

「海が怖かったんだ……」
「暗いからな……。でも、月明かりに反射して綺麗だと思う」
「うん……」

 二人で海を見つめた。海からの潮風が吹いている。打ち寄せる波の音が聴こえる。今は怖くないと思った。

 黒崎の心臓の音と、自分のものが重なっている。どっちの音なのか分からない程に、速めに打っている。そして、黒崎の手が両肩へ置かれて、その重みに痛くなった。少しだけ顔を傾けて、近づいてきた。そして、俺は自然と目を伏せて、唇同士が触れるのを感じた。
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