恋人はメリーゴーランド少年だった。

夏目奈緖

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 するとその時だ。黒崎がキッチンに入ってきて、冷蔵庫から缶ビールを取り出していた。まるで父のようだと思って面白いと思った。彼のイメージだとワインを飲む気がするけれど、ビールが好きだそうだ。さっきも飲んでいたそうで、テーブルの上には500mlの空き缶が数本置いてあった。飲み過ぎじゃないかと思って声をかけようと思った時、先に黒崎から声をかけられた。

「ちゃんと100まで数えたのか?」 
「200まで数えたよ」

 バスタオルで髪の毛を拭きながら答えた。そして、子ども扱いすると言い返そうして、その言葉を飲み込んだ。黒崎が持っているビール缶から泡が溢れて滴り落ちていたからだ。黒崎は気づいていないようだ。珍しいと思った。考え事をしていたのだろう。慌てて缶の下へタオルを添えた。

「ああー、垂れているよ!」
「ああ……、すまない」 
「あ……」
「ああ……」

 お互いの手が触れたことで、胸の鼓動が強く打った。黒崎の声が狼狽えていたが、それは俺も同じだ。それを誤魔化す様にして缶を見つめていると、頭の上から視線を感じた。俺の方を見て、ぼんやりとしている。こうしている間も、ビールの泡が溢れ続けている。

「泡が吹いているよ。もしかして振ったの?」
「ああ……」 

 黒崎がビールを口に含んだ。あふれ続けているから飲みづらそうだ。ビールの泡が俺の手についていたからタオルで拭いた。そのタオルが口元に触れて、ビールの泡が口の中に広がった。

「ビールって苦いんだねーーー。好きになれないなーー」
「ああ……」
「うちのお父さんが言っていたんだ。俺はスイーツ好きだから、苦いお酒は苦手かもそれないよって。でも、好きな人と飲むお酒なら美味しいよって。黒崎さん?どうしたの?また泡が噴いているよ」  
「ああ……」

 今度は黒崎がビールを噴き出してしまった。咳き込んで苦しそうだ。背中まで上下している。いつもと様子が違うと思う。やっぱり仕事のことを考えているのだろうと思った。 

「あんた、さっきから変だよ?」
「夏樹。髪の毛が濡れたままだぞ」
「後で乾かしてくるよ」 
「今、乾かしてこい!」 
「う、うん」
  
 黒崎からぶっきらぼうな言い返しをされてしまった。やっぱり何か変だし、いつもと様子が違うと思ったとき、ふと、キッチンカウンターの上に置かれた書類が目に入った。中期決算書と書かれている。仕事の資料だと思った。

 何かトラブルでもあったのだろうか。仕事のことで悩んでいるのなら、そっとしておこうと思った。一体何があったのかと聞くのをやめておいて、洗面所へ向かった。
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