恋人はメリーゴーランド少年だった。

夏目奈緖

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 涙が止まらないから戸惑った。泣くのをやめたくて、今回のことで泣いてどうするのかと自問自答した。告白を断ったのは自分が選んだことだ。泣いても過去は変わらない。でも、せめて黒崎と喧嘩していない過去が欲しいと思った。そして、頭の中で思い描いたのは、送迎初日にお互いが笑顔で話している光景だ。

「タイムマシーンがあれば乗りたいよ。あの日に戻って、トイレへ行くところからやり直したい。怪我をして助けてもらった後、ちゃんとした態度を取りたい。迎えに来てくれた日も、素直にお礼を言うんだ。毎日会って楽しく話して、ご飯を食べるんだ。憎まれ口を叩かないんだ。いい子だって褒めてもらうんだ。好きだって言ってもらった時は、俺もだよって答えるんだ。うぇ……っ」

 いつから自分は、こんなに弱くなったのだろう。テストの点数にこだわり始めた。黒崎からの視線が欲しくて、夜遅くまで勉強を頑張ったことを思い出した。あの人の中の一番になりたいと思ったからだ。

 あの病室で、黒崎は心の中に踏み込んで来て、俺に手を伸ばして来てくれた。そして、せっかく築いてきた優等生の仮面と、誰にも心を打ち明けないようにしてきた透明なバリアを簡単に見破られた。”俺の前では愛想笑いはいらない”の一言だけだった。その後に残ったのは素の自分だった。

 黒崎という人の存在が自分にとっての居場所になり、今では一番近い存在に変わった。心の底から好きになってしまった代わりに、強くあろうした心が弱くなった。

 一体、黒崎という人は何者だろうか。魔法使いだろうか。魔法なんて信じないと思ったけれど、魔法をかけられてしまった。まるで黒崎が楽しみにしているあの絵本のような話だと思った。一人ぼっちなのは魔法使いだけじゃない。あの少年も同じだ。少年も素直になれなくて、魔法使いと喧嘩をしてしまう話だった。だからあの少年は俺と同じだと思う。それが分かっているのに素直になれない。心にはストッパーが存在するからだ。大人の男性が怖いという気持ちだ。

「万理のことがあるからさ……」 

 あの事件の日に、もっと早くに俺がそばに行けば、万理は脅されずに済んだかも知れない。脅されたのは自分だけだったかも知れない。あの後、万理は柔道を習うようになって自分の身を守れるようにしているけれども、心の中では、まだ大人の男性のことを怖がっている。万理に恋人できて、楽しそうに笑うようになってからでないと、俺は誰ともつき合いたくない。そう思うようになった。

「黒崎さんのこと、俺、マジで好きなんだ。真剣に付き合いたいんだ……」

 そのことに気づいて、胸が苦しくなった。大きく息を吐いた後、窓へと視線を向けた。夜空には月が浮かんでいた。もうすぐで満月になる。今の心を落ち着かせてもらうことが願いだ。叶うだろうかと思いながら、そっと膝をついて座り、胃の辺りで両手を組んだ。そして、静かに祈りの言葉を口にした。

「Forgive us our sins as we forgive those who sin against us……。我らに罪を犯すものを、我らがゆるすがごとく、俺の罪を許してください……あれ?万理かな?」 

 するとその時だ。スマホから着信が鳴った。いつもはラインで連絡してくるのに、珍しいことだと思った。何かトラブルが起きたのだろうかと思って心配した。
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