眠れる森の星空少年~あの日のキミ

夏目奈緖

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5-6 (早瀬視点)

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 悠人を連れて、本日の目的であるコーヒー風呂へ入りに来た。 屋内の広いスペースには、いくつもの変わった名前の風呂がある。係員がバケツで何かを湯船に放り込むと、女性や子供から大きな笑い声が聞こえて来た。同じように、隣にいる悠人からも声が上がった。 

「わあ!面白そうだよ。裕理さーん。コーヒー風呂へ行こうよ!」

 すっかり機嫌を直した悠人が、子供のような屈託のない笑顔で手を引いてきた。さっきは子ども扱いされて苛立っていたというのに。俺の方から手を繋ぐと嫌がるくせに、面白そうな物の前では忘れてしまうらしい。
  
(悠人の可愛い一面だな……)
  
 円形になった風呂からは、珈琲の匂いが漂っている。係員がバケツで補充している液体は、ドリップコーヒーだと教えられた。 

「粗挽きネルドリップ式のコーヒーだってさ。本格的だねー」 
「しっかり色がついているね。そっちにはチョコレート風呂があるよ。最後に入ろうか」
「うん。洗い流しが大変そうだねー」
「ああ、本当だ」 

 チョコレート風呂から出た客が、シャワーでチョコレートらしきものを洗い流している。甘い匂いも漂ってきた。それを見ている悠人が楽しそうな笑い声を立てた。そして、隣にいた小学生の男の子と話し始めた。

「へえー。お兄ちゃんと来たんだ?どこにいるの?」 
「向こうの緑茶風呂だよ。お茶が好きなんだ」 
「お兄ちゃんって何歳?」 
「12歳だよ。僕より2歳年上。あの香りが落ち着くんだって……」
「オジサンっぽいね~」 

 そのやり取りを眺めて、心が温かくなった。

 悠人のことを好きになったのは、初めて出会った時かもしれない。楽器店にて初めて会話をしたのは、楽譜を探している時だった。その時の笑顔が印象的で、今でも鮮明に思い出すことが出来る。親しみやすい空気感を持って話しかけてきた。何かお探し物ですか?と。当たり障りのない会話だけでは終わらなかった。失礼がないような距離感を保っていた。凄いなと思い、彼に興味を持った。

 会いたくて頻繁に店に通うようになったが、そっかしい場面を何度も目撃したことで、心配になってしまった。そして、モップを突きつけられた時に、新しい一面を発見した。これまでの丁寧な印象から変わった。感情を露わにして、桜木を守る為に仁王立ちしていた。あの姿に惚れてしまった。

(5年前の俺からは想像がつかないな……)

 今から5年前のことを思い出した。黒崎ホールディングス時代に、黒崎の社長専属秘書になった頃のことだ。黒崎製菓グループの子会社から独立するために、黒崎のことを手助けをしたく、秘書になることを引き受けた。多忙を極めて私生活が崩壊したが、後悔はしていない。

 あの頃の俺は今よりも感情表現が苦手で、恋人との間に出来た溝を埋めることが出来なかった。そして、感情を露わにした大喧嘩の末に、二度と会わないという選択をした。
 
 あれ以来、誰と付き合っても手応えを感じず、このまま終わると思っていた。数ヶ月前に付き合った相手に期待したが、別れる結果になった。

 自己主張をしない相手が付き合いやすい。自分の言うことを何でも聞く、コントロールしやすい相手ばかりを選んできた。今は正反対の子に心を奪われている。

(俺のことを好きになってくれないかな?)

 係員から追加の珈琲を頭からかぶり、笑っている悠人のことを見つめて切なくなった。
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