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キッチンに行くと、早瀬がスープを温めていた。カウンターには出来上がった料理が並んでいる。午前中から仕込んだというローストビーフが美味しそうだ。
「わああー。ローストビーフだー。美味しそう!」
「自家製だよ」
「すごいなあ……」
「オーブンで、すぐに出来るよ」
「料理が出来る人の発言だよ。お腹すいた~」
ローストビーフには、3種類のソースが用意されている。全てが手作りだ。香味ソース、出汁レモン、ワサビ醤油だ。アボカドと玉ねぎのサラダ、コーンスープ、パン。ジャガイモが入ったオムレツもある。今夜は洋食だ。
「いただきまーす」
「召し上がれ」
「はふ~っ、美味しいよ。寮には戻りたくないぐらい」
「ここに住めばいい。歓迎するよ」
「それはちょっと……」
「恋人同士なのに?」
「ここでは違うってば」
「俺はそう思っていない」
話題を変えようと、以前から思っていたことを口にした。早瀬の食事の仕方が綺麗なことについてだ。子供の頃から身に着いたものだと分かるのは、ふいな仕草からだ。
「裕理さんは食べ方が綺麗だね」
「外食が多いからだよ。前の会社はレストラン経営をしていた。その関係もある。悠人君も綺麗に食べているよ。しっかり教えられたんだね」
「うん。友達が言うには、厳しい家ってやつみたいだよ」
俺は祖母に育ててもらったようなものだ。食事の時の箸の上げ下ろしでは叱られていた。しかし、厳しいとは思わなかった。愛情を注がれていたからだ。その反対に、厳しいと感じていたのは両親に対してだ。学校の成績のことでは口うるさく干渉された。俺のことを何も知らないくせに。
「そうなんだね。落ち着きがないわりには行儀がいいから、不思議だったよ」
「お父さんから、その事で叱られていたよ。おばあちゃんが庇ってくれたんだ。俺の落ち着きがないのは、生まれた時に悪い魔法使いに掛けられた呪いのせいだってさ。愛する人からのキスで呪いが解けるって教わったよ。あの……、呪いは解けていないからね!」
「知っているよ。俺が解きたい」
早瀬の手が伸びてきて、頬に触れられた。そして、指先で撫でられた後、唇をふにふにと押された。なんだか指の感触が心地よくて、身を任せてしまった。さらに、注がれている優しい眼差しと甘い空気に流されたくなった。早瀬は恋愛経験が豊富なのだろう。自分みたいな未経験者は対抗できない。
(もしかして遊ばれているのかな?本気を疑ったら噛みつかれるけど、冗談でやっていることだと思うもん。いい話を聞かせてもらえたけど。それとこれとは別かも……)
本気だろうが冗談だろうが、気持ちには応えられない。そう思っているのに、早瀬のことを深くまで知りたいと思っている。
(裕理さんのこと、好きになったのかな?マジで!?げえええっ)
そこへ考えが行き着いて、顔や背中が熱くなった。心臓までバクバクと打ち始めた。口の中のローストビーフが渇いてきて、飲み込みづらい。水を飲んで流し込もうと、グラスに触れた。そして、グラスを倒してしまった。
「ごめんっ」
「いいよ。大丈夫だった?」
「うん。すぐに拭くからね」
テーブルの上に転がったから割れていない。料理も水がかからずに無事だ。拭く物を取るために立ち上ろうとすると、早瀬から肩を押し留められた。
「俺が拭くよ。座っていろ。焦っている時には動かない方がいい」
「でも……」
「これでまた失敗をしたら落ち込むだろう?俺がいるから大丈夫だ」
「ああ……」
「自惚れてもいい?」
「何を?」
「俺のことを意識してくれた?」
「別に……」
早瀬の顔が近づいて来たのに、逃げようとは思わなかった。真面目な顔をしているし、近づきたい気持ちには正直でありたい。どうしていいのか分からない。
気持ちに応えれば楽になるだろうか。そういう発想が出る時点で、早瀬のことが好きになっているのかも知れない。しかし、寂しさからの可能性もある。それに気づいた時は正直でありたい。そして、それを話す時には、早瀬の気持ちを踏みにじったことになるだろう。
「キスをしてもいい?」
「ダメだよ」
「どうして?」
「困るよ」
「俺は困らない」
「ダメだってば」
「悠人。好きだ」
トクン。呼び捨てにされて、胸の鼓動が高鳴った。友達にも呼び捨てにされているのに、どうして胸が痛くなるのだろう。もっと呼ばれたいし、キスをしたい。でも、俺は早瀬に対して恋愛感情を持てないと言ってある。キスをしたいと思うのは不誠実なことだ。すると、早瀬が少しだけ顔を傾けた。そして、伏せられた目が近づいてくる。
「わああー。ローストビーフだー。美味しそう!」
「自家製だよ」
「すごいなあ……」
「オーブンで、すぐに出来るよ」
「料理が出来る人の発言だよ。お腹すいた~」
ローストビーフには、3種類のソースが用意されている。全てが手作りだ。香味ソース、出汁レモン、ワサビ醤油だ。アボカドと玉ねぎのサラダ、コーンスープ、パン。ジャガイモが入ったオムレツもある。今夜は洋食だ。
「いただきまーす」
「召し上がれ」
「はふ~っ、美味しいよ。寮には戻りたくないぐらい」
「ここに住めばいい。歓迎するよ」
「それはちょっと……」
「恋人同士なのに?」
「ここでは違うってば」
「俺はそう思っていない」
話題を変えようと、以前から思っていたことを口にした。早瀬の食事の仕方が綺麗なことについてだ。子供の頃から身に着いたものだと分かるのは、ふいな仕草からだ。
「裕理さんは食べ方が綺麗だね」
「外食が多いからだよ。前の会社はレストラン経営をしていた。その関係もある。悠人君も綺麗に食べているよ。しっかり教えられたんだね」
「うん。友達が言うには、厳しい家ってやつみたいだよ」
俺は祖母に育ててもらったようなものだ。食事の時の箸の上げ下ろしでは叱られていた。しかし、厳しいとは思わなかった。愛情を注がれていたからだ。その反対に、厳しいと感じていたのは両親に対してだ。学校の成績のことでは口うるさく干渉された。俺のことを何も知らないくせに。
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「お父さんから、その事で叱られていたよ。おばあちゃんが庇ってくれたんだ。俺の落ち着きがないのは、生まれた時に悪い魔法使いに掛けられた呪いのせいだってさ。愛する人からのキスで呪いが解けるって教わったよ。あの……、呪いは解けていないからね!」
「知っているよ。俺が解きたい」
早瀬の手が伸びてきて、頬に触れられた。そして、指先で撫でられた後、唇をふにふにと押された。なんだか指の感触が心地よくて、身を任せてしまった。さらに、注がれている優しい眼差しと甘い空気に流されたくなった。早瀬は恋愛経験が豊富なのだろう。自分みたいな未経験者は対抗できない。
(もしかして遊ばれているのかな?本気を疑ったら噛みつかれるけど、冗談でやっていることだと思うもん。いい話を聞かせてもらえたけど。それとこれとは別かも……)
本気だろうが冗談だろうが、気持ちには応えられない。そう思っているのに、早瀬のことを深くまで知りたいと思っている。
(裕理さんのこと、好きになったのかな?マジで!?げえええっ)
そこへ考えが行き着いて、顔や背中が熱くなった。心臓までバクバクと打ち始めた。口の中のローストビーフが渇いてきて、飲み込みづらい。水を飲んで流し込もうと、グラスに触れた。そして、グラスを倒してしまった。
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「いいよ。大丈夫だった?」
「うん。すぐに拭くからね」
テーブルの上に転がったから割れていない。料理も水がかからずに無事だ。拭く物を取るために立ち上ろうとすると、早瀬から肩を押し留められた。
「俺が拭くよ。座っていろ。焦っている時には動かない方がいい」
「でも……」
「これでまた失敗をしたら落ち込むだろう?俺がいるから大丈夫だ」
「ああ……」
「自惚れてもいい?」
「何を?」
「俺のことを意識してくれた?」
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