眠れる森の星空少年~あの日のキミ

夏目奈緖

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 16時。

 これから帰るところだ。まるで演奏会のような時間を過ごした。俺は早瀬の車に乗り込んでシートベルトを締めた。話が尽きることなく、帰り際になっても夏樹と話し続けている。

「月曜日に動画を持って行くからねー」
「うん。これをどうぞ」
「ありがとう。美味しそうな匂いがするよー」 

 夏樹から渡された2つの紙袋には、手作りマフィンと絵本が入っていた。絵本は部屋で見つけた面白そうなものを5冊貸してもらった。マフィンは夏樹の手作りだ。喧嘩をしないようにねと釘を刺されて、素直に頷いた。車に乗り込むまで、ずっと優しく見守られていて心強かった。

 車が門の外へ出た後、彼らの家を振り返った。すぐに帰るのが勿体なくて、塀の方へ停車して森を眺めた。向こうの方を見ると、夏樹が黒崎さんと一緒に出てきた。足元にはアンがいる。すると、早瀬が言った。

「悠人君、今日は楽しかったか?」 
「もちろんだよ」 
「悪い魔法使いに、新しい呪いを掛けられていたね?」 
「すごく良いものだよ」

 今日は来てよかった。そう思いながら、紙袋から絵本を取り出した。『Will not you like it?』というタイトルだ。日本語訳は、僕のことを好きになってくれないかな?だ。まるで早瀬のセリフのようだ。

「ラストを話してあげようか?」
「言わなくていい。楽しみに読みたいから」 
「口がウズウズしているよ」
「裕理さんの言葉みたいだよ。好きになってくれないかな?って」
「ゆうとくーん。返事はどうしたんだ?」
「ええ?何で?」
「愛の告白をしたんだぞ」 
「もういらないよ!」 
「ゆうとくーん。お話はしっかり聞こうね?」 
「聞いているからいいってば。んんーっ」 
「キスは嫌い?」 
「嫌いだよー」 
「返事を聴かせてもらうまで続ける。俺のことを愛してくれないかな?」
「うん……」

 俺も同じ気持ちだ。早瀬のことが大好きだ。愛してくれないかな?言えるものなら、今すぐに言いたい。 早瀬から見つめられて、恥ずかしいから顔を横に向けた。

 ふと、後部座席に置かれた絵本が目に入った。その帯には、日本語でこう書いてあった。『すなおにごめんなさい。すなおに大好きだと伝えよう』だ。それを目にして、胸がドキリとした。俺もハッピーエンドを迎えたい。

「裕理さん……」
「離れてくれ、やめろ。それ以外の言葉がほしい」
「もう……」 

 ここで諦めるのは、今までの自分だ。悪い魔法使いからの呪いが解けて、別の魔法使いから良い呪いを架けられた。あの森の中の一軒家で幸せな暮らしをしている。彼らのようになりたい。だから覚悟を決めて、真っ直ぐに早瀬の目を見つめた。

「俺、自分の家が欲しい!裕理さんと暮らす家がいい」
「悠人君……」
「まだ伝えたいことがあるんだ。えーっと、その、ま、ま……」 
「ママ?」 
「違うよ……。ま、前に進みたいんだけど……」 

 ああ、言ってしまった。本日分の気力と体力を使い果たして、全身の力が抜けた。その答えが気になりつつも、それどころではない。 

「嬉しいよ……」
「え?」 
「すごく嬉しい……」 
 
 いきなり強く抱きしめられて、息が出来なくなった。しばらく大人しくしていると、早瀬から耳元で囁かれた。

「寝室へ連れて行ってもいいのか?」 
「うん……」 

 最初から素直に頷いた。お互いに茶化さず、誤魔化しもしない。真剣だと伝え合った。そして、微笑み合ってキスをした後、どこにも寄らずに家へ帰った。 
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