Radiate Crow~あの日の誘惑

夏目奈緖

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 目の前には黒崎常務がいて、熱心に耳を傾けてくれている。学生の遊びだと受け取られるかと思ったのは、最初の電話のみだ。その後のやり取りで、本気で聞いてくれたのだと分かった。どこへ行ってもお坊ちゃま扱い、子ども扱い、甘やかされた年の離れた佐久弥の弟。そんな自分のことを、一人前に扱ってもらえた。そして、黒崎常務が考えたプランを聞いた。俺が作った甘酒製造機を大きくさせた物だった。

「このプランだと費用が掛かりすぎます。一人分を6時間かけて作るコンセプトなので。コストをかけると買う人がいません」
「贅沢を買う人もいるぞ?」
「せっかちな人もいますから。え?どうされたんですか?」
「いや、続けてくれ。費用対効果も思案しているのか。その考えはいつから浮かんだ?」

「いつの間にかです。学生同士で話していたら……。幸也君……、いえ、枝川さんと話していて、いろんな事が浮かびます。とくに発明のことは話題に出ませんが、あ、裕理君が……」

 裕理君がこっちを見て、ニコッと笑った。”幸也君”という単語に反応した気がした。メガネの奥の瞳が光ったからだ。

 マズいなと思いながら笑顔を返すと、常務が苦笑しながら、ツッコミを入れた。デスク同士が離れていないから、会話が丸聞こえだった。言葉に詰まったこともお見通しだと分かった。バレたかな?

「お前のせいで怖がっているぞ」
「あなたには言われたくありません。心配で見ていました」
「佐伯君。僕は怖いか?」
「そんなことはありません」

 さらに二人の会話が始まり、周りの空気がにぎわった。ピリピリしているのが普通だと思っていたのに、ここには楽しい空気が漂っている。インターンシップの時とは雲泥の差がある。

(ここで働きたいな。幸也君は違うことを言ってたけど。どうしてかな……)

 受け身のままだと、この企業では生きていけないと話していた。その時は悲しそうな目をしていた。笑顔の人が多いのに、仲が悪いのだろうか?

 甘酒製造機の話を終えた後、常務が幸也君へ声かけた。下まで送っていくようにと。彼が椅子から立ち上った時に、向こうから名前を呼ぶ声がした。「承知しました……、ん?」

「枝川チーフ、販促チームのデータが……」
「どの案件だ?白澤さんの分か。バックアップ時間が……、12時?この時間なら……」
「こちらの……」

 何かトラブルが起きたのかな?幸也君の顔が険しい。相手の社員はパニックになっている。それを見ていると、常務から気にするなと声がけされた。

「僕には飽きただろう?」
「すみませんでした」

「冗談だよ。真面目な子だ。荷物が重いから、下まで一緒に行く。枝川は取り込み中だ」
「いえ、お構いなく」
「遠慮しなくていい。外に出る用がある」
「はい。ありがとうございます」
「用意する。待っていてくれ」

 常務が奥のフロアへ向かった。座っている位置が違うから、堂々とオフィスを見ることが出来た。ジロジロ見るのは失礼だ。たまに目線を変えた。視界の中には幸也君が入っている。さっきの人と話が終わったようだ。

(変な感じだなあ……)

 さっきの男性社員が向こうの方へ戻った。その先には数人のグループがいて、苦笑いをしながら迎えていた。笑えるぐらいのことなのか。そして、背中が寒くなるような感覚が起きた。その人が幸也君の方を向いた。こっちを見ていないことをいいことに、舌打ちを打つ仕草をした。

(助けてもらったんだろう?叱られたんだよね?)

 内容は分からないが、ああして報告に来たなら、そういうことだろう。幸也君はパソコンに向かい、他の社員を呼んでいる。マーケティング推進室と、天井の方に表示されている。データと言っていたから、担当なのか。

(陰口だよね。真面目にやっているのに……)

 さっきの人がグループで囁きあっている。イラっとして、血がのぼる感覚が起きた。インターンシップや、O大のメンバーと似ている。どこでも同じなのか。

「理久、肩の力を抜け」
「裕理君……。早瀬代理。ジロジロ見てすみません」
「仕事が出来るから、妬まれているんだ。心配ないよ。フォローが入っている」

 裕理君がこっそり話した通り、周りに人が集まっている。さっきのグループが、さっとデスクに向かい始めた。都合が悪いのか。

「佐伯君。出よう」
「はい。ありがとうございます」

 黒崎常務から声を掛けられた。お土産だという紙袋を持ち、オフィスの外へと促された。入ってきた時と同じく、周りから手を振られた。

「ありがとうございました!」
「さようなら。気をつけてねー」
「はい!」

 ここを出る前に、お辞儀をした。あのグループは、周りと同じような笑顔を浮かべている。常務がそばに居るからかな?幸也君は指示を出して、仕事を続けていた。

(カッコいいよ。心配ないよ……)

 夜に電話をかけて伝えよう。幸也君へ視線を向けると、軽く手を振ってくれた。会釈だけして、エレベーターへ向かった。

 ドレッシングの詰め合わせセットを、お土産をもらった。シャルロットキッチンでも使っているものだ。それを口にすると、黒崎常務が驚いていた。メニューには載せていないのにと。さすがだなと言って笑っていた。
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