聖なる雫の音楽少年~あの日のキミ

夏目奈緖

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 14時。

 今日は父に会うため、昼過ぎに退社した。実母の話を聞くためだ。本社ビルの近くにあるホテルに入った。15階の店に入ると、すでに父の姿があった。傍らには大きなバッグが置かれている。アルバム程度の大きさだ。かなり重かったと言って笑っている。

「お父さん。この後は仕事か?」
「夜に会食が入っているだけだ。平田君が出張中だ。莉奈と食事に出るよ。一緒に行くか?」
「今日は遠慮する。悠人のテレビ収録中だ。迎えに行く」
「放送日が決まったら教えてくれ。……本題に入ろうか。君からの話だと、実の父親のことは聞かなくていいということだったね。世話になった人が誰なのかを知りたいことと、お母さんの菜々子さんがどうして出て行ったのかということ。他には?」
「今のところはないよ」
「そうか。まず菜々子さんのことだ。早瀬家の空気に馴染めず、貯金を持って家を出た。大学の先輩を頼って、アパート借りたそうだ。22歳の時だ。縁談は持ち込まれていたが、婚約まではいっていない。……君のお父さんと知り合って子供が出来た。それが君のことだ。戸籍にもある通り、認知はされていないし、さっさと出て行ったそうだ。お母さんはクラブで働いていたから、生活面では困っていない」
「店の名前は?今もあるのか?」
「プルエール。銀座にある店だ。今もやっている」
「老舗じゃないか。よく働けたな……」
「歌うこともあったそうだ。ジャズだったか……」

 お嬢様育ちが夜の世界に入ったのか。歌をやっていたことも予想外だ。誰かの紹介なのか?どういう繋がりだ?その答えは簡単に出てきた。

「銀座を歩いていてスカウトされたそうだ。お父さんと出会う前から勤めていた。……君が一歳半で肺炎にかかって、当時担当していた客が手助けしてくれたそうだ。その後も相談役になってもらえた。……菜々子さんの入院中に見舞いに行って、本人から聞いたことだ。男女の仲はない。亡くなった後、その男性から君のことを引き取りたいと申し出があったが、僕たちが断った」
「その人は誰だ?生きているのか?」
「ご健在だ。すぐ近くにいる」
「……名前は?」
「本人と連絡を取った。伏せてほしいと言われている。……礼は構わないそうだ。これからも黒崎製菓グループで働き続けてほしい。この伝言のみを受けた」
 
(……黒崎社長だ)

 数年間の疑問と胸のつっかえが取れた。今朝の返事が礼の代わりだったのか。他に質問は?と持ちかけられたが、これ以上はないと答えた。

 父がバックの中から何かを取り出した。一冊のアルバムだ。小さな冊子もテーブルに並べられた。古い本の匂いがした後、楽譜が連なった。見たことのあるミュージシャンの表紙や、タイトルが載っている。クラブで歌う時に使ったものか?

「お母さんから預かっている物だ。母子手帳、君が赤ん坊の時の写真、菜々子さんの写真。楽譜。これが一番、重かった」
「何冊もあるじゃないか」

 ページをめくり、鼓動が跳ねた。ギター用の楽譜だからだ。ペンでメモが書かれている。母が使ったものではないそうだ。ギター用語が走り書きされている。実父のものだろう。

「ブルース・ロックか。悠人の演奏イメージだ」
「たまたま見つけた。誰の物なのかは分からない。持って帰ってくれ。僕が見ても分からない」
「ありがとう。捨てていなかったんだね」
「……たまたまだ。何か食べよう。腹が空いた」

 海老フライのクラブハウス・サンドイッチ各種。アフタヌーンティー。どれがいいかと選んだ結果、両方をオーダーした。悠人との習慣になっている。

 さらに持ち帰りで包んでもらった。悠人への土産だ。美味しかったと話すと、グーグー腹を鳴らすに決まっているからだ。今日の収録が終わった後で食べさせよう。今頃頑張っているか?早く報告したいと思った。
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