聖なる雫の音楽少年~あの日のキミ

夏目奈緖

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 14時半。

 ビュッフェスタイルの園内のレストランで食事をしてきた。余力を残して食べたおかげで歩きやすい。早瀬に背負ってもらいたくない。そろそろアトラクションの予約時間が近づいてきた。月夜のレンジャー関連だ。

 公開したばかりだから、ドームの外まで長蛇の列ができている。申し込んでおいて正解だった。大みそかの昼間は空いているからと、油断しそうになった。そのドーム内を歩き進んで、予約列フロアに到着した。待ち時間は10分程度だった。

 ガーーーー!

 走り抜けてきた車が係員のそばに停車して、わいわいがやがやと乗客の誘導が始まった。それを眺めているだけでも、胸がどきどきした。

「あの乗り物で探検するんだよ。ジェットコースターっぽいけど。ゆっくり楽しめるんだって」
「絶叫マシンは苦手だからな。俺は得意だけど」
「乗りそうにないのにね?遊園地はどこへ行ったの?」
「都内に住んでいた時は大学生だったからなー。レンドワールドだった。就職した後は向こうだから、伯楽テーマパークだ」
「動画を観たことがあるよ。絶叫マシンが多いよね。誰と行ったの?大学の友達?」
「それが多かったなあ」
「そっか……」

 どうして今更になって、前の恋人のことが気になるのだろう。12歳も年上だから、何人かと付き合っていてもおかしくないのに。佐久弥とも恋人時代があったぐらいだ。ヤキモチは妬いていない。二人は親友になっているし、あの人が居たからこそ自分たちがいる。

(俺は初めてだから、前の人がいないもんな……)

 チラッと視線を向けた。誰が見ても、爽やかイケメンが立っている。隣のレーンに並んでいる女性たちが、囁き合っている。

 今までも同じだったはずだ。どうして気にならなかったのか?それは、デビューの準備で、忙しかったからだ。常にサポートされて視線が向けられていたから、前の恋人の存在がないぐらいに思っていた。

 かっこいい。優しそう。ああいう人がいたらいいのにな。弟さんかな。観たことがある。そういう女性たちからの囁き声が向けられた。たまに俺のことも聞こえる。俺は耳が良いから、悲鳴と会話がよく聞こえる。都合よく切り替えできればいいのに。

「さっきからどうした?気分が悪くなったか?照明が青っぽいからな」
「ううん。平気だよ。向こうの置物を見てたんだよ。ブルーのパネルがあるから」
「ああ、本当だ。凝った作りだ。アトラクションが楽しみだな?」
「うん。あ……、向こうのー、えーっと」

 どうしよう?挙動不審すぎる。何があるんだ?と、早瀬が周りに視線を巡らせた。そして、顎を持ち上げられて、頬へキスをされた。何が起こったのか分からずにいると、額にも唇を押し当てられた。そして、苦笑しながら顔を覗き込まれた。

「これでいいか?君のことしか見ていない」
「あの、げえええ……」
「もう一回?いいよ」
「ひいいいっ」

 一気に胸の鼓動が跳ね上がった。とっさに体を押しのけると、手首を掴まれて引き寄せられた。壁にもたれた身体にすがりつく格好になったから、周りから悲鳴があがっても、腕の力は緩まなかった。違和感がある。そして、早瀬の方から着信音が聞こえてきた。後で確認すると言っている。

 ぱっと見上げると、天井を仰ぐようにしていた。何かを見つめている。裕理さん?そう呼びかけると、やっと俺の方を向いた。すると、ここにはそぐわない顔をしていた。苛立っているし悲しそうでもある。

「どうしたのー?」
「ゴーゴーマシーンに乗る前なのに。ごめんね。早めに予約が取れなかった」
「これから乗るだろー?気分が悪くなった?出てもいいよ。出ようっか……」
「そういう意味じゃないよ。力がなくてごめん。俺の手で守り切りたいのに、親父の力を借りた。黒崎社長の力もだ」
「どうして、ここで名前が出てくるんだよ?」

 森井物産の件だろう。それは話し合い済みのことだ。一番いい方法を取ろうと言ったのは、早瀬の方だ。遠藤さんが了承して、話し合いの場が設けられた。俺のことは早瀬がフォローする。これからもそうだ。この言い方は、まるで終わりかのようだ。笑っているのに、寂しそうにしている。

「いつもの裕理さんらしくないよ?」
「これから迎えが来る。たった今、俺の方に連絡がきた。外に出て電話をかける。おいで」
「うん。誰から?」
「遠藤社長からだ。行こう」

 スタッフに声をかけて、出口のレーンへ誘導してもらった。もし気分が悪いなら非常口へ案内しますと言われて、そうさせてもらった。
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