聖なる雫の音楽少年~あの日のキミ

夏目奈緖

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 午前11時半。

 遠藤さんの家に荷物を運び終えたところだ。いつもよりずっと賑やかな時間を迎えた。佐久弥も急いで駆け付けてくれた。佐伯家のお母さんの運転で来てくれた。

「うちの母ちゃんは勇ましい人だから、もしも厄介な記者がいても、すっ飛んで逃げていくはずだったのに」
「心強いよ」
「ぎゃははは。おかげで予定よりも早く家に帰れた。すごいぞ。仕事もスムーズになった。うちの子を苛めるなって、母ちゃんが怒って走ってきたら、無意識のうちに一歩引く。なによりも、頑張ってきた20代の男に同情するってことだ。自分の新入社員時代に重ねたはずだ」

 今、黒崎家の庭を散歩している。俺と早瀬と佐久弥と夏樹と黒崎さんとの5人だ。ここに雪が降ったら良い景色になりそうだと思っていたら、溝に片足を突っ込んでしまった。買ったばかりの革のブーツがずぶ濡れだ。

「げえええっ」
「拭き取ればいいよ。ちょっと待っててね~」

 夏樹がそばを離れた。そして、近くの物置からタオルを取り出して、ブーツの濡れた部分を拭き取ってくれた。さらに仕上げ磨きをしようとしたから慌てた。

「自分でするよ。はーい。え?あれ?ひいいいっ、引っかかったー」
「ああー、ナツツバキの……」

 今度は自分が着ているコートのフードが葉っぱに引っかかった。それを早瀬が取り除いた。すると今度は、前のめりで転がりそうになった。それを佐久弥からイジられた。

「ゆうとくーん。通常運転だなー?」
「もう……」
「きいいいいっって言わないのか?」
「大人になったんだ」

 今回はスルーしておく。しかし、さらにちょっかいを掛けられては黙っていられない。怒り出すと、みんなが笑い出した。

 すると、黒崎さんが夏樹のことをナツツバキの前に促した。全体に霜が残っている。日が当たっている葉っぱの霜が雫に変わり、太陽の光に反射して、小さな虹が現れた。そこで、早瀬の話を思い出した。ディアドロップの名前を思いついた時の話だ。

(今、夏樹に頼んでみようかな。Dear Dropsのボーカルになってくれって……)

 俺が夏樹のことを見つめていると、佐久弥が隣に立った。同じ事を考えていることが分かった。そして、佐久弥が夏樹の前に立った。

「夏樹。ここで話をしたい。頼み事だ!」
「どうしたの?」

 俺も同じように立った。そして、夏樹のことを見つめて、2人で声をそろえた。

「一緒に……、Dear Dropsをやってほしい」
「お願い!俺の曲を歌ってよ!」
「ふたりとも……」

 夏樹の両目が潤んだ。そして、黒崎さんの方を見たから、胸が痛くなった。黒崎家への遠慮と、夏樹の健康面の心配があるのだろう。しかし、ここは強く出るつもりだ。夏樹の返事を待っていると、彼が黒崎さんに言った。

「黒崎さん。俺はやりたい!」
「踏ん張っていけ」
「うん!」

 夏樹の力強い言葉と黒崎さんの笑顔に、胸がいっぱいになった。早瀬も笑っている。すると、夏樹が俺と佐久弥の手を取った。

「……よろしくお願いします」
「なつきーーーっ」

 夏樹に抱きつくと、お礼を言われた。それに対して、水くさいじゃないかと言い返した。夏樹からさらに強く抱きかえされた。夏樹が泣いている。その涙を、黒崎さんが、さっき俺のブーツを拭いたタオルで拭き始めた。夏樹が文句を言っている。

「黒崎さーん。俺に対する扱いが雑になったね……」
「信頼している。そういうものだ」
「ふふん。愛されているね……」
「……否定はしない」
「ひゃひゃひゃー。え?わあ~~っ」

 ここは気をきかせよう。夏樹のことを黒崎さんへ促した。しかし、力が強かったようで、彼がよろけた。その身体を黒崎さんが受け止めてくれた。そして、そのまま晴れ渡った空を見上げて、夏樹が夏椿の天使のフレーズを呟いた。我らに罪を、我らが赦すがごとく、俺のことも許してくださいと。
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