聖なる雫の音楽少年~あの日のキミ

夏目奈緖

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 翌日、午前8時。

 IKUの送迎車にて、遠藤さん宅へ向かっている。早瀬も一緒だ。本当はホテルに滞在するのだが、遠藤さんの家で泊まるということにしてある。森井物産と俺の記事が出そうになり、記者達が来ているからだ。運ぶ荷物も用意した。夏樹にも電話でそう伝える予定だ。情報を流している人をあぶり出すためだ。後で会ったときに、事情を説明する。

 タブレット端末を開き、父から送信された対応マニュアルを確認した。遠藤さんの家の前に記者が待機しているはずだと連絡があったからだ。黒崎家の方には居ないようだ。黒崎さんが一喝したからだ。

「あらすじを立てて質問してくる。短く答えること。感情的に誘導してくるケース。煽ってくるのか。ふむふむ……」
「答えなくていい。俺がやる」
「黒崎製菓の顔があるだろ。そこを突くはずだって、お父さんが話していただろ?」
「夏樹君が心配する。君は出て行くな」
「だめだだめだだめだー!」 

 今できることをやりたい。さっそく夏樹に電話をかけた。嘘をつくのが心苦しい。俺のことを心配してくれているのだと、早瀬が黒崎さんと連絡を取ったときに聞いた。

「……もしもーし。なつきー。おはようー。眠たそうだね。寝ていないだろー?リクと遊んで元気を出そうよ」
「理久君と?もしかすると忙しいかも」
「そっちのリクじゃないよ。大型犬の方だよ」
「そっか~。勘違いしたよ~。うちの庭に呼ぼうかな。こっちに来れるの?」
「うん。遠藤さん家でお世話になるんだよ。今、着いたところ。玄関先にいるよ。ホテルも候補だったけど。遠藤さんの家がベストだからって。荷物を運ぶから、また後でそっちに行くよ……」
「手伝いに行くよ!」
「だめだだめだだめだー。記者が居るもん。げええええっ。俺なんかに、5人も話しかけてどうするんだよ~。裕理さん、笑うなよー」

 車が遠藤さんの家の門の前で停車した。すると、5人の記者が俺のそばに来てしまった。俺の落ち着いた反応に、夏樹がホッとしたと言っている。

「ああー、よかった……」
「ふむふむ。心配をかけたね。心強い人達がいるんだよ。大船に乗せてもらおうよ。亀の甲より年の劫。先人の知恵を……。えーっと、なんだっけ?よきにはからえ。佐久弥が言っていたんだよ……」
「それじゃ分からないねえ」
「ふむふむ。そんな男に預けているんだよ。わが身と将来を。IKUエンタテイメントの方が安心するだろ?」
「うん……」
「なつきー、いいことで泣こうね!昼過ぎにはそっちに行けるかも」
「今から行く。遠藤さんは家にいるだろ?おはようって言いに行く!」

 今から遠藤さんの家へ行くと言い出した。おはようの挨拶をするためだという。これは口実に決まっている。夏樹は譲らない。黒崎さんが止めている声が聞こえているのに。

 さっさと遠藤さん家に入るべきだ。後部座席のドアを開くと、わらわらと記者達が寄ってきた。

「だめだだめだだめだーっ。あああ……」
「ゆうとー、どうしたんだよ?」
「記者のおでむかえ。……裕理さんは喋っちゃだめだ!」
「道を確保するだけだよ。はい、おいでー」
「はーい」

 先に降りた早瀬の周りに記者が待ち受けた。カメラとICレコーダーを持っている。強引に顔を映そうとしないから、大手の会社のはずだ。

 早瀬に抱きかかえられるようにして、後部座席から降りた。丁寧に記者に声をかけつつ、門に行く道を開けてもらった。しかし、乱暴な記者がいた。するとその時だ。向こうの方から怒号のような声が聞こえて来た。

「ご用件をお伺いします!」
「夏樹!?」

 全員が驚いて振り向くと、夏樹が道路の真ん中に仁王立ちしていた。俺たちが向かう前に、記者達が走って声を掛けに行った。助けに向かうまで間に合わない。大声で制止しても、夏樹は首を振るだけだ。

(……うひぇーー?)

 しかし、緊迫した空気が一瞬で和らいだ。夏樹が笑顔で対応を始めたからだ。父から貰ったマニュアル通りの内容だ。一人ひとりの記者へ向いて、まずは挨拶を済ませるという光景が広がった。まるで社員同士の挨拶のようだ。

「visible rayのボーカリスト、Natsukiです。用件をお伺いします」
「実は……」
「音楽のことのみ、お答えします。こちらでよろしいのでしょうか?」
「あの……」
「ここは車の通りがありますので。あちらの日向はいかがですか?」
「恐れ入ります……」

 夏樹が丁寧に淡々と記者に対応した。何を質問されても、音楽のことのみを答えるスタイルを崩さないから、短時間で記者達が退散していった。

 あれほど対策を練って来たのに。丸っきり役立たずだった。ため息をついて項垂れた。しかし、すぐに気持ちを切り替えて、頼もしい親友の姿を脳裏に焼き付けた。

 今回も役立たずだった。早瀬が俺と同じことを呟いた。そんなことはないと、頭を撫でてあげた。そのお返しにと、頬をグリグリと撫でられた。ネガティブ同士だねと、早瀬と二人で微笑み合った。
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