聖なる雫の音楽少年~あの日のキミ

夏目奈緖

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 考え方によっては、人は色んな事をする。悪いことでも、自分の気が済むならやってしまう人がいる。お金で雇われてやっている人もいるし、悪い人から操られるようにしてやる人もいる。大きな家の子だから、妬みそねみを受ける子もいるのだと、早瀬が言った。

「”黒崎夏樹”のことが、気に入らない人がいるんだね。俺のことも。佐久弥のことも。一番は夏樹のことなんだ……。黒崎家の子だから?」
「そう見ている。圭一さんも同じ意見だ。遠藤さんも。夏樹君にというより、黒崎家が標的だろう」
「俺から崩していくんだね。やめさせたくて……」

 そういうことだ。早瀬が頷いた。ここで疑問が出てきた。佐久弥はどうなのかということだ。経験豊富なミュージシャンだから、バンドが無くても活動はできる。だから標的にならないのか?

「佐久弥は裏方へ活動を広げている」
「そうだね……」

 だんだん身体が震えてきた。黒崎家の息子というだけだ。何て理不尽なことか。恨むのなら、張本人へ怒りを向ければいいのに。それが誰なのかも分からないが。

「誰だよ?喧嘩を売るようなものだよね」
「大物には違いない。千尋製菓じゃないぞ。念のために親父に聞いておいた。”バーカ”って返事をされた」
「もう……」

 こんな時でも茶化すのか。この人らしくて大好きだ。どんな緊張でも、瞬く間に解いてしまう。

「ちゃんと乗り越えるよ。裕理さんも一緒にいるし」
「もちろんだ。実家へ連れて行く。塀が高いから逃げられないぞ?いいのか?」
「嫌になっても逃げ出せないの?」
「そのとおりだ」
「トリャー。電話だよ……」

 早瀬の方から着信が鳴った。遠藤さんからだ。俺に向けていた笑顔を消して、冷静な姿に変わった。昨夜は浮気ではないと言って慌てていたくせに。こっそり笑った。心に余裕が残っている。

「はい。悠人がそばに居ます。全て話してあります。黒崎家の方へですか。ああ、内川さんでしたか……。朝のうちに伺います……」

 電話の後、ためらうことなく教えてもらった。黒崎家へ記者が集まり、IKUが対応中だそうだ。今更ながらの、森井物産と久田悠人との関係についてだ。メンバーとしてコメントが欲しいと言って、佐久弥の仕事現場にまで訪ねている。

「テレビで反響があったから?記事を見る人がいるから?」
「それだけじゃない。活動を阻む目的もある。手間取るし、仕事のキャンセルが出ることを期待しているだろう」
「そっか……」

 遠藤さん宅へは訪ねていない。マンションへもだ。俺が居ないからだ。それを知っているのは、限られた人間しかいない。嫌なことに、数名の顔を思い浮かべた。

 その答えを教えてもらった。心の準備をしてあるから驚きもしない。俺の情報を流しているのは、デビュー前から送迎を担当してくれたスタッフだった。お金を積まれて引き受けたそうだ。聞いたこともない名前の相手だった。後ろに誰かがいるのは明らかだ。他に居るかもしれないそうだ。

「明日の朝、遠藤社長宅へ出向く。食べておこうね。キャベツのおかわりはどうする?」
「うん……」
「必要だから話した。嫌なことでいい。何でも話してくれ」

 本当は伏せておきたい話題だったはずだ。早瀬の表情を見れば分かる。俺が弱々しいからだ。今回がターニングポイントになると思う。メディア対応に慣れた人物が頭に浮かんだ。さっそく、父と連絡を取ろう。

「悠人、どこに掛けるんだ?」
「お父さんだよ。メディア対応の、Q&Aを送ってもらう。まずは勉強するよ」
「俺が教える。今は動くな」
「やだよ。今は動けないもん。こういう時に勉強しておく。慌てないように」
「後にしなさい。ショックを受けているはずだ。その状態で動くのをやめろと話したことがあるぞ?」
「あああ……」
「まったく……。仕方がない。対応テキストを送信してもらえ。一緒に読みながら教える。それが条件だぞ?」
「はーい。さっそく……」 

 電話をかけて用件を話すと、”早瀬に代われ”と言われた。先にテキストを送って来いと言い返すと、さっさと送られて来た。

 それを確認している間に、早瀬が父へ電話をかけた。苦笑しているから大丈夫か。部屋に帰ってから勉強を始めよう。まずは腹ごしらえが必要だ。意気揚々と、丼のごはんをおかわりした。
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