66 / 144
10-3
しおりを挟む
2月10日、火曜日。19時。
晩御飯の時間を迎えた。ホテル内の鉄板焼き店に来た。このホテルに滞在して2日目だ。旅行で泊まっても、2泊以上は経験がない。いつ帰れるのか分からないが、暢気なことに旅行気分のままだ。
朝ごはんを作らないのは、久しぶりのことだった。レストランで和定食を選んだのは、みそ汁が飲みたいからだ。お互いに調子が整わないと笑っている。しかし、今日の晩ご飯も美味しそうだ。どんどん腹に入る。野菜も大盛りだ。
カレンダーアプリを見ると、72候の欄には黄鴬見睨・うぐいすなくと書かれている。昨日と同じだ。
「ウグイスは春告鳥・はるつげどりとも呼ばれています。……メニューの絵が春っぽいね」
「ああ。梅の絵が綺麗だ。ちゃんとキャベツを食べているじゃないか。どういう風の吹きまわしだ?」
「身体が資本だもん。血流をよくするんだ。内川さんが楽譜を持って来てくれたから、今晩から始められるよ」
マンションから持ってきてもらった楽譜を使って、楽曲のアレンジを考えることにした。今できることをやる。俺たちは荷物を取りに戻らない方がいい。加藤さん達が部屋の中を調べてくれている。
(色んなことがあるんだろうな……)
俺のことを嗅ぎ回っても仕方がないだろう。麻薬とは関係がなく、母も取り調べが終了した。後は元の生活に戻るだけなのに。活動を邪魔したい人がいるのだろう。
「ヴィジブルレイのことが邪魔な人がいるんじゃないの?まだ駆け出しなのに」
「もっと人気が出る。自信のない子だね。……そうか。違和感があるのか。冷静に見ているじゃないか」
「お母さんからの教えだよ。悩んでいる時、一番邪魔なのは”感情”だってさ。本人が感情の起伏がないもん。それを言ったら笑っていたけど」
「ははは。俺の母親とは正反対のタイプだ。お母さんの言っていることが、君に引き継がれているじゃないか」
「慌ててばかりだよー?」
「ステージでは冷静そのものだ。なかなか身に着くことじゃない。良いことを教わったじゃないか」
「へへへ。母の日にカーネーションを渡すよーー」
ああ恥ずかしい。小学一年生以来、一度も渡したことがない。初給料で用意したプレゼントを渡した時には、母が後ろを向いて涙ぐんでいた。表立って泣けない癖がついている。
「……ゆうとー。ここで話しておく。いいかな?……遠藤さん宅へ泊まった時、記者達が来ただろう?EMIRIの元スタッフが関係していた。ただの嫌がらせ目的だ。他の人にもやったことがある。大した話じゃない」
「しかたないよ。競争の世界だもん。少しでも、精神的にダメージを与えたいんだろー?コンテストでも経験したよ。楽しくできればいいのに……」
どうしよう?気持ちが沈み込んできた。楽しい空気を作ってもらえたのに。遠足気分で出て来られて、今度は新しい家を用意された。俺が楽しく過ごせるようにと。
テーブルに涙がこぼれ落ちた。みっともないことに、どんどん水たまりが広がっていく。ここで泣いてどうする?何も変わらない。感情が一番邪魔だと教わったのに。すると、早瀬がそばに座り、強引に抱き寄せられた。
「早すぎたかな。まだ話すことがある。聞くか?」
「全部話してよ。すっきりしたいから」
「しがみついておけ。怖い話をする」
「うん……」
ここは個室だ。心置きなく抱きついた。怖い話だと前置きをされたのに、優しい声が聞こえてきた。
晩御飯の時間を迎えた。ホテル内の鉄板焼き店に来た。このホテルに滞在して2日目だ。旅行で泊まっても、2泊以上は経験がない。いつ帰れるのか分からないが、暢気なことに旅行気分のままだ。
朝ごはんを作らないのは、久しぶりのことだった。レストランで和定食を選んだのは、みそ汁が飲みたいからだ。お互いに調子が整わないと笑っている。しかし、今日の晩ご飯も美味しそうだ。どんどん腹に入る。野菜も大盛りだ。
カレンダーアプリを見ると、72候の欄には黄鴬見睨・うぐいすなくと書かれている。昨日と同じだ。
「ウグイスは春告鳥・はるつげどりとも呼ばれています。……メニューの絵が春っぽいね」
「ああ。梅の絵が綺麗だ。ちゃんとキャベツを食べているじゃないか。どういう風の吹きまわしだ?」
「身体が資本だもん。血流をよくするんだ。内川さんが楽譜を持って来てくれたから、今晩から始められるよ」
マンションから持ってきてもらった楽譜を使って、楽曲のアレンジを考えることにした。今できることをやる。俺たちは荷物を取りに戻らない方がいい。加藤さん達が部屋の中を調べてくれている。
(色んなことがあるんだろうな……)
俺のことを嗅ぎ回っても仕方がないだろう。麻薬とは関係がなく、母も取り調べが終了した。後は元の生活に戻るだけなのに。活動を邪魔したい人がいるのだろう。
「ヴィジブルレイのことが邪魔な人がいるんじゃないの?まだ駆け出しなのに」
「もっと人気が出る。自信のない子だね。……そうか。違和感があるのか。冷静に見ているじゃないか」
「お母さんからの教えだよ。悩んでいる時、一番邪魔なのは”感情”だってさ。本人が感情の起伏がないもん。それを言ったら笑っていたけど」
「ははは。俺の母親とは正反対のタイプだ。お母さんの言っていることが、君に引き継がれているじゃないか」
「慌ててばかりだよー?」
「ステージでは冷静そのものだ。なかなか身に着くことじゃない。良いことを教わったじゃないか」
「へへへ。母の日にカーネーションを渡すよーー」
ああ恥ずかしい。小学一年生以来、一度も渡したことがない。初給料で用意したプレゼントを渡した時には、母が後ろを向いて涙ぐんでいた。表立って泣けない癖がついている。
「……ゆうとー。ここで話しておく。いいかな?……遠藤さん宅へ泊まった時、記者達が来ただろう?EMIRIの元スタッフが関係していた。ただの嫌がらせ目的だ。他の人にもやったことがある。大した話じゃない」
「しかたないよ。競争の世界だもん。少しでも、精神的にダメージを与えたいんだろー?コンテストでも経験したよ。楽しくできればいいのに……」
どうしよう?気持ちが沈み込んできた。楽しい空気を作ってもらえたのに。遠足気分で出て来られて、今度は新しい家を用意された。俺が楽しく過ごせるようにと。
テーブルに涙がこぼれ落ちた。みっともないことに、どんどん水たまりが広がっていく。ここで泣いてどうする?何も変わらない。感情が一番邪魔だと教わったのに。すると、早瀬がそばに座り、強引に抱き寄せられた。
「早すぎたかな。まだ話すことがある。聞くか?」
「全部話してよ。すっきりしたいから」
「しがみついておけ。怖い話をする」
「うん……」
ここは個室だ。心置きなく抱きついた。怖い話だと前置きをされたのに、優しい声が聞こえてきた。
0
あなたにおすすめの小説
地味メガネだと思ってた同僚が、眼鏡を外したら国宝級でした~無愛想な美人と、チャラ営業のすれ違い恋愛
中岡 始
BL
誰にも気づかれたくない。
誰の心にも触れたくない。
無表情と無関心を盾に、オフィスの隅で静かに生きる天王寺悠(てんのうじ・ゆう)。
その存在に、誰も興味を持たなかった――彼を除いて。
明るく人懐こい営業マン・梅田隼人(うめだ・はやと)は、
偶然見た「眼鏡を外した天王寺」の姿に、衝撃を受ける。
無機質な顔の奥に隠れていたのは、
誰よりも美しく、誰よりも脆い、ひとりの青年だった。
気づいてしまったから、もう目を逸らせない。
知りたくなったから、もう引き返せない。
すれ違いと無関心、
優しさと孤独、
微かな笑顔と、隠された心。
これは、
触れれば壊れそうな彼に、
それでも手を伸ばしてしまった、
不器用な男たちの恋のはなし。
タトゥーの甘い檻
マリ・シンジュ
BL
執着系わんこ攻(大学生)× 高潔な美形教授受(30代)
どのお話も単体でお楽しみいただけます。
「先生、ここ……僕の瞳を入れるから。ずっと、僕だけを見てて」
真面目な大学教授・新城が、大学生の・羽生にだけ許した、あまりにも淫らな「わがまま」。
それは、誰にも見えない内腿の奥深くに、消えないタトゥーを刻むこと。
「下書き」と称して肌を赤く染めるペン先の冷たさ。
アトリエの無機質なライトの下、四つん這いで晒される大人の矜持。
ずっと年下の青年の、必死で、残酷で、純粋な独占欲。
愚かだと知りながら、新城はその熱に絆され、ゆっくりと「聖域」を明け渡していく――。
「……お前のわがままには、最後まで付き合う」
針が通るその時、二人の関係は一生消えない「共犯」へと変わる。
執着攻め×年上受け、密やかに刻まれる秘め事のお話。
金の野獣と薔薇の番
むー
BL
結季には記憶と共に失った大切な約束があった。
❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎
止むを得ない事情で全寮制の学園の高等部に編入した結季。
彼は事故により7歳より以前の記憶がない。
高校進学時の検査でオメガ因子が見つかるまでベータとして養父母に育てられた。
オメガと判明したがフェロモンが出ることも発情期が来ることはなかった。
ある日、編入先の学園で金髪金眼の皇貴と出逢う。
彼の纒う薔薇の香りに発情し、結季の中のオメガが開花する。
その薔薇の香りのフェロモンを纏う皇貴は、全ての性を魅了し学園の頂点に立つアルファだ。
来るもの拒まずで性に奔放だが、番は持つつもりはないと公言していた。
皇貴との出会いが、少しずつ結季のオメガとしての運命が動き出す……?
4/20 本編開始。
『至高のオメガとガラスの靴』と同じ世界の話です。
(『至高の〜』完結から4ヶ月後の設定です。)
※シリーズものになっていますが、どの物語から読んでも大丈夫です。
【至高のオメガとガラスの靴】
↓
【金の野獣と薔薇の番】←今ココ
↓
【魔法使いと眠れるオメガ】
【完結】俺はずっと、おまえのお嫁さんになりたかったんだ。
ペガサスサクラ
BL
※あらすじ、後半の内容にやや二章のネタバレを含みます。
幼なじみの悠也に、恋心を抱くことに罪悪感を持ち続ける楓。
逃げるように東京の大学に行き、田舎故郷に二度と帰るつもりもなかったが、大学三年の夏休みに母親からの電話をきっかけに帰省することになる。
見慣れた駅のホームには、悠也が待っていた。あの頃と変わらない無邪気な笑顔のままー。
何年もずっと連絡をとらずにいた自分を笑って許す悠也に、楓は戸惑いながらも、そばにいたい、という気持ちを抑えられず一緒に過ごすようになる。もう少し今だけ、この夏が終わったら今度こそ悠也のもとを去るのだと言い聞かせながら。
しかしある夜、悠也が、「ずっと親友だ」と自分に無邪気に伝えてくることに耐えきれなくなった楓は…。
お互いを大切に思いながらも、「すき」の色が違うこととうまく向き合えない、不器用な少年二人の物語。
主人公楓目線の、片思いBL。
プラトニックラブ。
いいね、感想大変励みになっています!読んでくださって本当にありがとうございます。
2024.11.27 無事本編完結しました。感謝。
最終章投稿後、第四章 3.5話を追記しています。
(この回は箸休めのようなものなので、読まなくても次の章に差し支えはないです。)
番外編は、2人の高校時代のお話。
雪を溶かすように
春野ひつじ
BL
人間と獣人の争いが終わった。
和平の条件で人間の国へ人質としていった獣人国の第八王子、薫(ゆき)。そして、薫を助けた人間国の第一王子、悠(はる)。二人の距離は次第に近づいていくが、実は薫が人間国に行くことになったのには理由があった……。
溺愛・甘々です。
*物語の進み方がゆっくりです。エブリスタにも掲載しています
血のつながらない弟に誘惑されてしまいました。【完結】
まつも☆きらら
BL
突然できたかわいい弟。素直でおとなしくてすぐに仲良くなったけれど、むじゃきなその弟には実は人には言えない秘密があった。ある夜、俺のベッドに潜り込んできた弟は信じられない告白をする。
はじまりの朝
さくら乃
BL
子どもの頃は仲が良かった幼なじみ。
ある出来事をきっかけに離れてしまう。
中学は別の学校へ、そして、高校で再会するが、あの頃の彼とはいろいろ違いすぎて……。
これから始まる恋物語の、それは、“はじまりの朝”。
✳『番外編〜はじまりの裏側で』
『はじまりの朝』はナナ目線。しかし、その裏側では他キャラもいろいろ思っているはず。そんな彼ら目線のエピソード。
青龍将軍の新婚生活
蒼井あざらし
BL
犬猿の仲だった青辰国と涼白国は長年の争いに終止符を打ち、友好を結ぶこととなった。その友好の証として、それぞれの国を代表する二人の将軍――青龍将軍と白虎将軍の婚姻話が持ち上がる。
武勇名高い二人の将軍の婚姻は政略結婚であることが火を見るより明らかで、国民の誰もが「国境沿いで睨み合いをしていた将軍同士の結婚など上手くいくはずがない」と心の中では思っていた。
そんな国民たちの心配と期待を背負い、青辰の青龍将軍・星燐は家族に高らかに宣言し母国を旅立った。
「私は……良き伴侶となり幸せな家庭を築いて参ります!」
幼少期から伴侶となる人に尽くしたいという願望を持っていた星燐の願いは叶うのか。
中華風政略結婚ラブコメ。
※他のサイトにも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる