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14時。
引越しの片づけが落ち着き、過ごしやすいリビングに変わった。ダイニングやソファーが空間に馴染み、マンションに居る感覚がある。こうなるまで、どうも食べた気がせず、落ち着かなかったのが本音だ。早瀬も同じだと笑っていた。
真新しいキッチンに並んで立ち、昼ご飯の後片付けをやっている。背後では、佐久弥の豪快な笑い声が聞こえている。蔵之介さんが、テーブルの布きんを持ってきてくれた。あの男だけが寝転がっている状況だ。人の家なのに。
「他には?やることはないのか」
「座ってくださいねー。こっちも終わるので」
昼前になり、佐伯家から料理の差し入れが届いた。配達人は佐久弥、一人だった。あとから蔵之介さんが来てくれて、ホッとして脱力した。
佐久弥は頼りになる人だが、私生活となると距離を置きたい相手だ。いや、引越し当日は助かったから、そんなことは思ってはいけないのか。
切ったリンゴをリビングへ運ぶと、真っ先に手を伸ばしてきた。綺麗に切ってあると笑いながら。ブルーキックをしてやったが、怯むことがない。そして、俺が着ているTシャツを見て、佐久弥が興味ありげにした。プラセルの試作品である、ミルティーのプリントだ。
「このTシャツのこと?プラセルの試作品だよ。島川さんから自由に着てくれって渡されたんだ。紺色バージョンを貰ったんだ」
「計画が進んでいるのか。よかったなー?」
「うん。上手く行ってほしいよ」
「お母さん、頑張っているもんな。カッコいい人じゃないか。ネットで観たぞ」
佐久弥と蔵之介さんは、島川さんから、モデル起用の話が出たことを知っている。プライベートでも付き合いが出来たことを話すと、えらく驚いていた。俺というより、早瀬の方だと付け加えると、肩をなで下ろしていた。
「ナンパ癖があるから?そそっかしい人なんだよ。俺と共通点があるから、盛り上がったよー」
「そそっかしいだと?どこがだ?」
「俺と同じパターンだよ。バタン、あああ……って」
「そうか……」
デパートでの話をすると、眉をひそめた。そそっかしい部分は知らなかったと言いながら。社長として気を張っていたからじゃないかと話すと、納得したようだ。よっぽど島川さんとモメたのか?
「今だに引きずっていることがあるの?嫌なことをされたとか」
「そりゃあなー。嫌な目に遭った。今の俺には大したことないけどな。……友達付き合いを始めたって?おーい、裕理!」
「はーい。聞こえていたよ」
佐久弥が思い切り嫌そうな顔をした。早瀬は平然としている。この反応を見ても驚かないのか。笑っているなら、大丈夫なのか?
「カズタカ・シマワカと、フレンドになったのか?やめておけ!」
「もう引き返せないレベルだ」
「どこまで進んだんだ?告白されたのか?」
「”綺麗な瞳をしている。淡いグリーンが魅力的だ”と言われた。面白いから、週一回のランチから始めた。もう4回目だ」
「げえええ……」
驚いた。島川さんはグイグイ押すタイプだから、見境なく発言する性格なのか?それにしては違和感がある。そそっかしいタイプなら、気をつけて物を言いたい。数々の失敗を経験したうえで、せめて発言だけはと考えるからだ。ということは、本気で口にしたのか?
それにしても、告白というフレーズが気になる。俺というパートナーが存在するのは分かりきっている。ただの冗談か?ビジネスマンの世界は理解不能だ。今の自分には。
早瀬に質問しても答えてもらえない。さっさと話を進めて、入る隙間もない。蔵之介さんが話しかけてくれた。そう心配することはないと前置きして。
「仕事上の付き合いでしか知らないが、冗談が好きなタイプらしい。好き嫌いがはっきりし過ぎて、大袈裟な表現をする。そう理解されているよ」
「ほお。子供みたいだねー。保育園児のとき、結婚するとか言ってたし」
「それに近いものがありそうだ。好かれたならいいじゃないか。距離が近いのは気につけておけよ。何かされるわけじゃないだろうが」
周りに誤解を与えるということか?そう質問すると、”ご名答”だと褒められた。プラセルを一代で築き上げた人物だからこそ、何かの能力がズバ抜けて高く、一般的ではない感覚を持っているだろう。そういうタイプは、少なくないと教えてくれた。
ミュージシャンにも当てはまるそうだ。佐久弥のことを指しているのか?それも”ご名答”だった。不安がよぎったが、すっと雲が晴れた。早瀬たちが笑いながら、キッチンで話している。心配ないのか。すると、蔵之介さんが笑った。
「あの二人は怪しいぞ」
「それを蔵之介さんが言うの?本気で?」
「クラー、妙なことを教えるなよー」
佐久弥が嫌そうな顔をした。それをからかっていると、早瀬が苦笑しながらやって来た。俺のそばにしゃがみ込み、両手で頬をグリグリと撫でてきた。棚のガラス扉には、ヘンテコな表情になった俺が映っている。
「もうーーっ」
「よかった。モウモウ言ってくれた……」
「なんで?」
「ほーら、噛みつくぞ」
「もうーーっ」
「ゆうとー、メエメエ言ってごらん」
「メエェーー」
「可愛いぞ。モウモウ……」
「メエメエ……」
額同士を合わせて、コツコツとぶつけ合った。痛くない力だ。頬にキスをされたところで、今の状況を思い出した。パッと顔をあげると、佐久弥がグラスを洗っていた。蔵之介さんは庭を眺めている。早瀬が何かしてきそうだから、慌てて蔵之介さんの方を向いた。
「蔵之介さん。庭の丸太を運ぶのを、手伝ってもらえないかな?」
「ああ。構わないぞ。雨に濡れるといけない」
「うん。リビングへ置くことにしたんだ」
明日は祖母の墓参りが予定されている。天気が曇り程度ならいいねと話しながら、二人で庭へ下りた。
引越しの片づけが落ち着き、過ごしやすいリビングに変わった。ダイニングやソファーが空間に馴染み、マンションに居る感覚がある。こうなるまで、どうも食べた気がせず、落ち着かなかったのが本音だ。早瀬も同じだと笑っていた。
真新しいキッチンに並んで立ち、昼ご飯の後片付けをやっている。背後では、佐久弥の豪快な笑い声が聞こえている。蔵之介さんが、テーブルの布きんを持ってきてくれた。あの男だけが寝転がっている状況だ。人の家なのに。
「他には?やることはないのか」
「座ってくださいねー。こっちも終わるので」
昼前になり、佐伯家から料理の差し入れが届いた。配達人は佐久弥、一人だった。あとから蔵之介さんが来てくれて、ホッとして脱力した。
佐久弥は頼りになる人だが、私生活となると距離を置きたい相手だ。いや、引越し当日は助かったから、そんなことは思ってはいけないのか。
切ったリンゴをリビングへ運ぶと、真っ先に手を伸ばしてきた。綺麗に切ってあると笑いながら。ブルーキックをしてやったが、怯むことがない。そして、俺が着ているTシャツを見て、佐久弥が興味ありげにした。プラセルの試作品である、ミルティーのプリントだ。
「このTシャツのこと?プラセルの試作品だよ。島川さんから自由に着てくれって渡されたんだ。紺色バージョンを貰ったんだ」
「計画が進んでいるのか。よかったなー?」
「うん。上手く行ってほしいよ」
「お母さん、頑張っているもんな。カッコいい人じゃないか。ネットで観たぞ」
佐久弥と蔵之介さんは、島川さんから、モデル起用の話が出たことを知っている。プライベートでも付き合いが出来たことを話すと、えらく驚いていた。俺というより、早瀬の方だと付け加えると、肩をなで下ろしていた。
「ナンパ癖があるから?そそっかしい人なんだよ。俺と共通点があるから、盛り上がったよー」
「そそっかしいだと?どこがだ?」
「俺と同じパターンだよ。バタン、あああ……って」
「そうか……」
デパートでの話をすると、眉をひそめた。そそっかしい部分は知らなかったと言いながら。社長として気を張っていたからじゃないかと話すと、納得したようだ。よっぽど島川さんとモメたのか?
「今だに引きずっていることがあるの?嫌なことをされたとか」
「そりゃあなー。嫌な目に遭った。今の俺には大したことないけどな。……友達付き合いを始めたって?おーい、裕理!」
「はーい。聞こえていたよ」
佐久弥が思い切り嫌そうな顔をした。早瀬は平然としている。この反応を見ても驚かないのか。笑っているなら、大丈夫なのか?
「カズタカ・シマワカと、フレンドになったのか?やめておけ!」
「もう引き返せないレベルだ」
「どこまで進んだんだ?告白されたのか?」
「”綺麗な瞳をしている。淡いグリーンが魅力的だ”と言われた。面白いから、週一回のランチから始めた。もう4回目だ」
「げえええ……」
驚いた。島川さんはグイグイ押すタイプだから、見境なく発言する性格なのか?それにしては違和感がある。そそっかしいタイプなら、気をつけて物を言いたい。数々の失敗を経験したうえで、せめて発言だけはと考えるからだ。ということは、本気で口にしたのか?
それにしても、告白というフレーズが気になる。俺というパートナーが存在するのは分かりきっている。ただの冗談か?ビジネスマンの世界は理解不能だ。今の自分には。
早瀬に質問しても答えてもらえない。さっさと話を進めて、入る隙間もない。蔵之介さんが話しかけてくれた。そう心配することはないと前置きして。
「仕事上の付き合いでしか知らないが、冗談が好きなタイプらしい。好き嫌いがはっきりし過ぎて、大袈裟な表現をする。そう理解されているよ」
「ほお。子供みたいだねー。保育園児のとき、結婚するとか言ってたし」
「それに近いものがありそうだ。好かれたならいいじゃないか。距離が近いのは気につけておけよ。何かされるわけじゃないだろうが」
周りに誤解を与えるということか?そう質問すると、”ご名答”だと褒められた。プラセルを一代で築き上げた人物だからこそ、何かの能力がズバ抜けて高く、一般的ではない感覚を持っているだろう。そういうタイプは、少なくないと教えてくれた。
ミュージシャンにも当てはまるそうだ。佐久弥のことを指しているのか?それも”ご名答”だった。不安がよぎったが、すっと雲が晴れた。早瀬たちが笑いながら、キッチンで話している。心配ないのか。すると、蔵之介さんが笑った。
「あの二人は怪しいぞ」
「それを蔵之介さんが言うの?本気で?」
「クラー、妙なことを教えるなよー」
佐久弥が嫌そうな顔をした。それをからかっていると、早瀬が苦笑しながらやって来た。俺のそばにしゃがみ込み、両手で頬をグリグリと撫でてきた。棚のガラス扉には、ヘンテコな表情になった俺が映っている。
「もうーーっ」
「よかった。モウモウ言ってくれた……」
「なんで?」
「ほーら、噛みつくぞ」
「もうーーっ」
「ゆうとー、メエメエ言ってごらん」
「メエェーー」
「可愛いぞ。モウモウ……」
「メエメエ……」
額同士を合わせて、コツコツとぶつけ合った。痛くない力だ。頬にキスをされたところで、今の状況を思い出した。パッと顔をあげると、佐久弥がグラスを洗っていた。蔵之介さんは庭を眺めている。早瀬が何かしてきそうだから、慌てて蔵之介さんの方を向いた。
「蔵之介さん。庭の丸太を運ぶのを、手伝ってもらえないかな?」
「ああ。構わないぞ。雨に濡れるといけない」
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