聖なる雫の音楽少年~あの日のキミ

夏目奈緖

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18-1 穏やかな生活のなかで(早瀬視点)

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 5月2日、木曜日。午前6時。

 朝食の匂いが漂うキッチンに立っていると、テレビを観ている悠人が何度も振り返ってきた。最近は俺が朝食を作っている。悠人に怪我をさせたくないからだ。コンサート終了までは、大人しくしてもらう。母も同じことを話していた。苦笑が浮かぶ。同じような性格をしていたのかと思った。

 明日からゴールデンウィークだ。休日が終わった後は、コンサートに向けての、リハーサルが集中して行われる予定だ。そのサポートができることが嬉しい。
 
「裕理さーん。運び終えたよ」
「ありがとう。座っていなさい。スープを飲んで。熱いから冷ましてある」
「はいはい。過保護だよー。玲子さんみたいだよ」
「親子だからな……」

 あれ以来、悠人と母の距離が縮まった。悠人が俺に気を遣ってのことだと思ったが、2人がの相性がいいからだった。そそっかしい悠人に対して、母が世話を焼く。それを煩わしいと感じずに、悠人は素直に有難いと受け入れている。ありがとうございます。照れ臭そうに笑う悠人を見ているときの母の顔が優しい。

 母が過ごしてきた背景を想像した。千尋製菓の直系の長女だ。下心を持って集まってきた人間から持ち上げられて、あやうく騙されるところだったことがあった。それでは人を信じられなくなり、心が頑なになるはずだ。

 プルルル……。

 エプロンを外したところで着信が入った。母だろうか?画面を見ると”遠藤健吾”と出ている。この時間に珍しいことだ。悠人が聞きたそうにしたが、先に食べていなさいと促した。

「もしもし。遠藤さん。おはようございます」
「おはよう。この時間にすまない。悠人君のことで話したいことがある。トラブルじゃない。……去年から家内と話していたことだ。悠人君を僕たちの養子に迎えたい。これから久田さんに話をするつもりだよ」
「驚きました。どこか具合の悪いところが……」
「今のところ問題ないよ。一番近い身内の若い子は、甥っ子の娘だ。悠人君が今の仕事の関係で、嫌な思いをすることを考えていた」
「ここに悠人がいます。話しますか?大丈夫ですよ」
「そうか。子ども扱いはいけないね。かわってくれ」
「ゆうとーー。電話をかわるよ」
「はーーい!」

 遠藤さんが悠人のことを“自分達の息子なら”と話しているのを知っている。黒崎と黒崎社長から聞いたからだ。実の親が健在だ。他人の自分達が、悠人のことを息子扱いするのには躊躇する状況を迎えている。

 IKU内での悠人の立ち位置が、微妙なものになっている。高宮さんからは秘蔵っ子の扱いをされている上に、佐久弥という強い先輩がいる。夏樹は黒崎家の息子だ。

 守られているほどに、悪い相手が近づいてくるものだ。利用価値があると判断される。何かトラブルに巻き込まれないだろうか?と、遠藤さんにしても悩みが尽きない。親子になれば、公私ともに守ることができる。あくまでも自分達の中でだと言っていた。

「遠藤さんだよね?具合が悪いの?」
「大事な話だよ。今は手短に伝えるそうだ」
「はーい。もしもし。おはようございます。……え?俺を?嫌じゃないですけど。ビックリして。……父には俺から電話します。遊びに行くので。はい……」

 悠人が驚きで目を丸くしている。スマホを返してきた手が震えている。どこか具合が悪いに決まっていると言って、沈み込んだ。それはないはずだと伝えた。
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